第2話<冬華side>

 私は昔から殆ど友達がいなかった。


 父親が転勤族で、それにくっついて引越ししまくってたから、長い間交友関係を続けられるような人がいなかったのだ。


 だから高校生からは人付き合いを頑張ると決めていた。私が中学卒業までは、流石に一人暮らしさせる訳には行かないと言われていたけど、高校生になって転校も簡単ではなくなったおかげで一人暮らしを許されるようになった。


 お父さんは渋っていたけど、海外で働くお母さんの説得もあって無事に高校近くの家で暮らすことが出来るようになった。


 そんな背景があったから私は張り切っていた。慣れないコミュニケーションを頑張って入学式の日にクラスメイトに声をかけたのだ。まず1人友人を作って、その人を起点に交友関係を広めるんだと意気込んでいた。


 しかし1人目に声をかける人間を完全に間違えた。


 交友関係の起点にするには、優しそうで話しかけやすく、私と違ってコミュニケーション能力が高くて様々な人と仲良くしている人がいいと思った。それに加えて、男子は苦手だから出来れば女子に声をかけたかった。その条件にピッタリと当てはまるのがたまたま絢瀬あやせ明莉あかりだった。



 私は勇気を振り絞って入学式の日の放課後に絢瀬に話しかけた。幸いなことに絢瀬は最初から私に友好的で、私は上手くいったと心底安心しきってしまった。絢瀬がとんでもないモンスターだとも知らずに。


 入学式の翌日から絢瀬は私に執拗いくらい構ってきた。初めは嬉しかったのだ。友人と呼べる人がいなかった私は朝の教室や昼休み、放課後に仲良くさせてくれる人がいるのは有難かった。だが絢瀬の私への構い方は少し常軌を逸していた。


 違和感は最初から感じていた。だが友達いない歴=年齢の私には確信が持てなかった。絢瀬が本当にヤバいやつだって分かったのは、私のお弁当を絢瀬が作るようになった時だ。


「今日からさ、冬華ちゃんのお弁当私に作らせてくれない?」

「え、な、なんで?」

「そりゃあ私が作ったご飯で冬華ちゃんの身体が作られることに興奮を覚えるからね!冬華ちゃんの肉体が私を覚えれば必然的に離れられなくなるということだよ」


 コミュニケーションに難ありの私ですら分かってしまった。コイツヤバいやつだったと。


 絢瀬を選んで失敗だったと思った理由は多々あるが、まず一番目に思い浮かぶのは絢瀬が私に恋心を抱いていることだろう。


 別に人から恋愛感情を向けられるのなんて初めてじゃない。自慢じゃないが、私の両親は娘目線からも美形と思える整った容姿なのだ。それだから私も人並み以上には綺麗だとか可愛いとか言われて育ってきた。だから告白なんて慣れっこだった。


 今まで誰かに好かれて迷惑と思ったことはないけど、絢瀬の場合は話が別だ。だって今までの人達なら告白を断ればそれで終わった。執拗く付き纏って来る人なんていなかった。ましてや振ったはずの相手とクラス公認のカップルのような扱いを受けるなんて想像したこともなかった。


 私が何度告白を断っても、絢瀬は諦めずに私に迫ってきた。そのあまりの熱量に周りも引いてしまい、私と絢瀬を遠巻きに眺める始末。挙句の果てに私が友人を作ろうと誰かに話しかければ、綾瀬に悪いからと表面的な付き合いしかしてくれない。


 入学式からかなりの時間が経過した今だからこそ、過去に戻って話しかける相手を選び直したいと思ってしまうのだ。


 だからと言って、絢瀬を心底嫌っている訳でもない。


 今からでも絢瀬を拒絶して他の人と仲良くすれば新たな交友関係は築けるのかもしれないが、臆病な私にはその選択が取れない。執拗くて若干うざい絢瀬だけど、私と一緒に居てくれるのは今絢瀬だけなのだ。もし絢瀬から離れたりして、誰とも仲良く出来なかったらまた私はひとりぼっちになってしまう。それだけは嫌なのだ。


 絢瀬は面倒くさいやつだけど、私から離れないで居てくれることだけは少しだけ感謝をしている。


 絢瀬が居てくれるお陰で、授業で2人組を作る時にひとり溢れたりしないし、お昼に空き教室で人目を気にしてご飯を食べる必要も無い。放課後行きたいお店を見つけても独りだと気後れしてしまって入れないなんてことにもならない。


 だから私はちょっとだけ絢瀬に感謝しているんだ。ほんの少しだけ恩を感じていたりするから、絢瀬に付き纏われても明確に拒絶したりはしない。


 でもこの日は大事な用事があって、絢瀬とは別々に帰宅した。


 入学してから絢瀬とはいつも一緒に帰っていたから、1人の帰路はどこか寂しく感じた。だから予定を済ませるため、寂しさを紛らわせるために走って目的地に向かった。


「お待たせパパ!」

「あぁ、おかえり冬華。診察券は持ったかい?」

「もちろん」


 絢瀬との帰宅を拒んだ日、私は飼い猫のお迎えの用事があったのだ。


 少し前に体調を崩して、動物病院に入院することになった我が家の猫である小雪のお迎えが今日なのだ。家族の一員である小雪が心配で、少しでも早く迎えに行きたくて、初めて絢瀬の誘いを断った。


 病院で2日ぶりに会えた小雪は元気いっぱいで、不安だった心もようやく落ち着く。パパも心配だったみたいで、スーツ姿のまま小雪に会いに来たものだから、綺麗なスーツに小雪の毛が沢山くっついてしまっていた。


 たまたまパパが本社に用があった時に小雪の体調が崩れたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。私1人だったらどう対処したらいいのか分からず、小雪を助けられなかったかもしれない。


 私の手の中でニャーニャー鳴く小雪を撫でてその可愛さを堪能する。小雪ほど可愛い生き物はいないだろうと考えたところでふと綾瀬の顔が浮かんだ。


 なぜ綾瀬を思い出したのかは分からないが、普段のお礼にでも小雪を綾瀬に見せてやろうと思ったところでスマホが震えた。


『冬華ちゃんこんばんは!突然で申し訳ないんだけど、明日からお弁当は作れません!なので前みたいにご自分でご用意お願いします!私からお弁当作らせてもらえるようにお願いしてたのに、突然取り下げてごめん!』


 綾瀬から送られてきたメッセージに目を通して、私の時が止まった。


「…え?」


 綾瀬からのメッセージは元々在るべき形に戻るだけの話だったが、何故か私には綾瀬に突き放されたような錯覚を覚えて、かつて唯一の友達だった子と離れ離れになった記憶が過ぎった。


 小学生になるよりもずっと前。幼稚園で1年の間だけ一緒にいられた、顔すら朧気にしか記憶の中にないもう会えない女の子を思い出して、その子と二度と会えなくなった日と同じだけの衝撃と、あの時に味わった悲しみが、綾瀬からのメッセージによって蘇った。

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