好きな人に彼氏がいたから自分磨きを頑張ります

かんころもっちもち

第1話

 人にはそれぞれ大なり小なりルーティンがあるはずだ。朝起きてすぐに白湯を飲むとか、寝る前に半身浴をするだとか。


 貴方にはあるだろうか。私にはある。日常的に組み込まれた、最早私の中では当たり前となっている行動が。それをしなければ今では落ち着かないし、それをしていなかった頃のことなど思い出すのも難しい。そんな私にとってのルーティンは。



「冬華ちゃーん!一緒にかーえろー!」

「うるさい」


 帰りのHRが終わって放課後に突入してすぐ。私は同じ教室で荷物の整理をしていた美少女に向かって突撃する。


「ねねね、ヌタバに新作出たじゃん。あれ飲みたくない?ねぇねぇ飲みたくない?帰りに飲みに行こうよ!」

「うるさい」


 こちらを一瞥もせずに、長い黒髪を耳にかけて彼女は簡潔に言葉を告げる。


「あ、そうだ。そういえば今日のお弁当どうだった?新しいレシピ試してみたんだけどさ、美味しかった?若干味付け濃かったかなーって思ったんだけど、おかずとしては別に気にするほどでもなかったかな?」

「うるさい。………味は凄く美味しかったけど」

「ほんと!?やったー!冬華ちゃんの口にあってよかったよ!やっぱり食の好みは同じに越したことないからね。一緒に暮らすようになった時好きな食べ物違うとメニュー考えるの大変だろうし」

「うるさい」


 私の愛しの人である本部もとべ冬華とうかちゃんは鞄を肩にかけて立ち上がったと思ったら、さっさと歩いて教室の外に出てしまう。


「あ、冬華ちゃん待ってー」

「明莉も頑張るねー」


 冬華ちゃんを追って走り出そうとすると、教室内に残っていたクラスメイトが楽しそうに声をかけてくれる。


「うん!頑張るよ!冬華ちゃんと結ばれるために!」

「はいはい。頑張れー」

「うん!!」


 自分の机にあった鞄を引っ掴んで走り出す。なんだかんだ言って冬華ちゃんは校門辺りで待っていてくれるはずだ。あまり長く待たせるのも申し訳ないし、急がないと!





 これが私の放課後のルーティン。高校入学時に一目惚れした本部冬華ちゃんに振り向いてもらうため、あの手この手でアタックしている真っ最中だ。


 もう2桁回数以上告白して断られている関係ではあるけど、私は諦めない。もう半年以上アピールを続けてきたのだし、きっとそろそろ冬華ちゃんも私に惚れてくれる。


 そう思って色々頑張ってきたけど、そんなに世の中甘くはないみたいです。





「とーうかちゃーん!今日はどこ寄って帰る?」

「うるさい。悪いけど、今日は私用事あるから。先帰る」

「えー、途中まで一緒に帰ろうよー」


 この日はなんだか冬華ちゃんも忙しいらしくて、放課後の寄り道を断られてしまった。でも帰り道は途中まで一緒なのだし、そこまで御一緒させて頂いてもよいではないですか。


「その用事がなにか分からないけどさ、一緒に帰るくらいなら」

「それも無理。この後の用事は私にとって何より大切なことなの。今日は絢瀬に付き合ってる暇ないから。それじゃあ、また明日」

「え、あ、うん」


 普段見せないような冬華ちゃんの態度に少しだけびっくりした。急いでいるようで、なんだか嬉しそうな雰囲気が見え隠れしている。今日はなにか特別な日なのだろうか。


 走って教室を出ていった冬華ちゃんを見送って、のんびりと自分の家までの帰路に着く。


 冬華ちゃんが何よりも大切にしていて、私と歩いて帰る時間すら惜しいほど楽しみにしていることって……なんだろう。


 とぼとぼと亀のように歩いていると、普段20分もかからない家までの道のりが嫌に遠く思える。


「気持ち切り替えよっ」


 なんだか真っ直ぐ帰っても気が滅入りそうだったから、1度頬を叩いて気合いを入れ直す。こういう日だってたまにはあるだろう。折角こうして1人で帰れているのだし、普段冬華ちゃんが居たら行けないところに行こうかな。例えばスーパーとか。


 いつもなら冬華ちゃんが退屈しちゃうといけないから、私が日常的に買い物するようなお店には行かないのだ。


「今日はー、確か鶏ももが安かったような」


 頭の中のチラシを思い浮かべながら商店街の方に足を向けると、今日はもう会えないと思っていた人の後ろ姿を見つけた。


「お、冬華ちゃー……って誰?」


 久方ぶりに見た私服姿の冬華ちゃんは、見知らぬスーツ姿の男性と歩いていた。


「冬華ちゃん一人っ子のはずだし…。ほんとに誰だろ」


 そこそこ距離はあるので自信はないが、パッと見20代から30代くらいに見える。男の人と歩く冬華ちゃんはなんだか楽しげで、私には見せたことがないような安心しきった顔をしていた。


「おぉ……これが失恋ってやつか。これは、なかなか……」


 その場で立ち止まって離れていく冬華ちゃんを見送った。


 今まで何度も冬華ちゃんに振られてきた私だけど、勝手にまだチャンスはあるものだと思っていた。まだ冬華ちゃんは誰とも付き合っていないし、それならば私の付け入る隙はあるはずだと。だがそれはただの空想に過ぎなかったらしい。


「うわぁ……きっつ。なにこれ………」


 何処か覚悟していたこととは言えども、なかなか心に刺さるものがある。歩道のど真ん中で立ち止まって、すれ違う人達に怪訝な目で見られているけど、それすらも気にならない。そんなこと考えて居られるほど私の頭は動いちゃいないからだ。


「もう……帰ろ…………」


 来た道を戻りながら、先程の冬華ちゃんを思い返す。あんな嬉しそうな顔するなんて知らなかった。もうそこそこ長いこと一緒にいるのに、私ではあの顔をさせることが出来ないのだ。そう思うと、失恋の悲しさよりも自分の不甲斐なさに悔しさが溢れてきた。


「修行し直そう。私の特技なんて少ないんだからそれ磨いて、そんで………」


 もっと冬華ちゃんが喜ぶように自分の出来ることを磨き直そう。そう考えて我に返る。喜ばせてももう意味ないのかもしれないと。


「いや!私は諦めんぞ!」


 ネガティブな思考に陥りかけたすんでのところで踏みとどまる。確かに冬華ちゃんには今年上のイケメンな恋人がいるのかもしれない。だが10年後は分からない。高校卒業して、大学も出た頃には別れてフリーになっているかもしれない。ならば再び冬華ちゃんが独り身になった時を見据えて、自分磨きに励むべきだ。そうすればきっとその時には振り向いてもらえる。


「頑張れ私。負けるな私…!」


 溢れる涙を拭い去って、帰り道を全速力で走った。


 私の冬華ちゃんへの恋心は儚く散った。だがそれは高校生編だ。次のチャプターでは絶対にハッピーエンドを迎えてやる。そう意気込んで自分の部屋に飛び込んで、スマホを開いた。なぁなぁにしてたら私が甘えてしまうから、一旦ケジメをつけなくちゃならない。


『冬華ちゃんこんばんは!突然で申し訳ないんだけど、明日からお弁当は作れません!なので前みたいにご自分でご用意お願いします!私からお弁当作らせてもらえるようにお願いしてたのに、突然取り下げてごめん!』


 滲む視界で必死にフリック入力してメッセージを送る。


 無事にチャットが送信されたのを確認してからスマホの電源を落とした。暫くは冬華ちゃんとの関わりを絶って、修行の再開だ。



 ひとりぼっちのキッチンに立って、おばあちゃんとお母さんが遺してくれた何冊ものレシピノートを取りだした。涙でノートが汚れないように気をつけながら、読み込んでいく。いつか来る冬華ちゃんと結ばれて、同じ家に住んで手料理を振る舞う日々を夢見て、来たるその日のために私は料理の勉強を再開したのだった。



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