ハプニング、それは神の試練
天気は快晴、山の麓にあるキャンプ地に到着した俺は、電車で凝った背中を解すように体を伸ばす。
道中でも色々あったが、要点だけを掻い摘んで説明すると、一緒に来ていた綺丞や雫と逸れてしまった。
車窓から見える青々とした夏の緑の強さに惹かれ、乗っていた電車が駅に停車している間にちょいとホームに出て撮影していたら、気付かない内に発進していたのである。
幸い、自分の荷物一式を持っていたので財布とキャンプ道具は備えてあり、食料皆無な事以外は真に問題無し。
雫には電話で怒鳴られたが、後で追いつくからと言って何とか許してもらった。
後から駅に到着した電車に乗り込み、金毛山最寄りの駅に降りて――遂に俺はみんなに追いついた!
「着いたぞ、金毛山ァ!!」
「お客さん。ここ、銀毛山」
「勝手に濁点を付けないで頂きたい! それだと金じゃなくて銀になるでしょう……がッ!」
「だからね、銀なのよ」
ログハウスのような受付所で一泊二日の契約も済ませ、俺はキャンプ場として開放されている山の麓の平原に来ていた。
来る前に調べた時に見た画像とは違って、大分狭い上に湖畔だし、穴場スポットのような人の少なさ。……皆も見当たらないな。
「知らない内に隠しルート的な場所に踏み込んで金毛山裏ダンジョンに突入してしまった? もしかして伝説の冒険の始まり……」
「金毛山は二駅くらい違う場所だけど」
「独り言に答えてくれるナレーションまで……もしかしてチュートリアル始まってる?」
「導き甲斐のない愚か者だねぇ」
「愚者って何かカッコいいよな。ファンタジーだと大体ジョーカーみたいな立ち位置だったりするし。リアルだとよく言われてるから逆に落ち着く」
「この人ダメダメだねぇ」
さっきから隣で何か聞こえてくるので、もしかして顔の横に虫の羽を生やした美少女もといファンタジーなら典型的な主人公を導くチュートリアル担当の妖精でもいるのではないかと期待を込めて振り向く。
しかし、俺は後悔した。
隣には、キャップ帽子を被った体格のいい中年の男性のような妖精と虫の羽が生えていない美しい妖精がいたのだ。
まず前者。
俺より頭一つ分高い位置からこちらを見下ろす青い瞳は穏やかで、見ているこちらまで落ち着く。
しかし、その肉体は服の下から筋肉の線が見て取れてしまうほど盛り上がっており、山で熊と戦う為に鍛えていると言われても一切疑わないレベルに仕上がっている。
続いて、その横で静かにしている妖精。
身長は、俺より頭一つ分は低い。
こちらを見上げる青い瞳の上で、風に長いプラチナブロンドの睫毛が棚引いている。睫毛同様に日本人離れした銀に近い色の髪の毛先は切り揃えられていて、その毛先が晒された白い鎖骨を擽るように流れていた。
華奢ではあるが、ショートパンツからすらっと伸びたニーハイソックスに包まれた足でこの真正面から受けると目を瞑りたくなる強風の中でも揺らぐ事なく地に立っている。
おいおい、スタートから早くも大概の敵を薙ぎ倒せそうな戦士系のサポート妖精と、冒険の華と呼べる非戦闘員系の可憐な妖精まで付いている。
冒険が始まればきっと、さぞ楽しいだろう。
うん、でも。
「思ってた妖精と違う!」
「妖精?」
「もっとこう、手のひらサイズの可愛いやつ」
「何の話だろうねぇ」
「つまり、あなたのように美しくカッコいい男や、そちらの娘さんみたいに人間大の超可愛い女の子は今需要が無いって話です!!」
「ずっと情緒が分かんない。怖いねぇ」
取り敢えず、ここが皆のいない場所である事は理解できた。
しかし、残念な事に受け付も済ませてしまった以上は皆と同じキャンプ場で過ごすのは無理そうである。
やむを得まい、ここは秘境で一晩を越すとしよう。
取り敢えず、雫に連絡だな。
俺はスマホを取り出して……充電が切れている事に気付いた。
因みに、荷物の入念な確認を行うとモバイルバッテリーやその他充電可能な道具も家に忘れているようだった。
「お客さんや」
「何ですか、大きな方の妖精さん!」
「知り合いに連絡するなら、私のケータイ貸すよ。困ってるみたいだから」
「すげー! なんて有能な初期サポート!」
「RPGじゃないから。いい加減に現実見なさいね」
強そうで大きな妖精……のような男性の隣りにいる少女に化身した妖精から注がれる冬の湖底のように冷たい眼差しがこの夏には丁度よかった。
それから一分の説明を経て、俺は現状を正確に把握した。
ここは銀毛山キャンプ場。
目的地である金毛山キャンプ場の管理人の親戚である大きい男の妖精こと漣アンガレスさんが運営するキャンプ場だという。
隣の妖精のような妖精である少女の漣恋は、夏休み中のお手伝いらしい。
金毛山キャンプ場は二つ先の駅であり、人気のあるそちらから溢れた人が楽しめるようにある。
「つまり、俺は場所を間違えたと」
「キャンセルして、金毛山の方へ行くかい?」
キャンセルできるのか。
それならば、何の支障も無く雫たちのいる金毛山麓のキャンプへと合流できる。
しかし、人が少なくて中々に良いところだ。夏の水辺だというのに虫も少なくて、時折吹く風が運ぶ涼しさならば、キャンプをするのに快適である。
「そうですね。皆に金毛山キャンプ場の方をキャンセルしてこちらに来てもらいましょう」
「ううん。無茶言うねぇ」
「雫……一緒にキャンプをやる予定の幼馴染に連絡したいので、もし良ければケータイ貸して頂けませんか?」
「うん。構わないよ――あっ」
アンガレスさんがポケットからスマホを取り出した――その瞬間、頭上から滑空してきたカラスによって颯爽と手の中のスマホは奪われた。
二人で唖然としながらもカラスを視線で追うと、円を描くように上空でしばし旋回した後、アンガレスさんの愛機は湖へと投じられた。
んんんんん奇跡っ!!
何の意図かは知れないが、神が俺に試練を与えている気がする。
重い沈黙に包まれ、耳に届くのは波の音だけだった。
しばらくして動揺から立ち直ったアンガレスさんが苦笑しつつ隣の漣恋へと振り返る。
「恋。すまないが、ケータイを……」
「っ……」
ふるふる、と漣恋が悲壮な顔で首を横に振る。
髪が乱れるのもお構い無しに強く頭を振っていた。
強い拒絶反応にアンガレスさんは残念そうに俯く。
「すまない、悪かった」
「……」
「悪いね。えーと、小野大志くん……だったかな」
「なぜ俺の名を……!?」
「うん。受付で君が名前書いてたからね」
「はい。私が小野大志です」
「すまないけど、私と一度受付に来てくれないかな。そうすればキャンセルの手続きと、受付にある電話で金毛山に連絡できるから」
「了解です! 何処までも付いていきます!」
「うん。受付までお願いね……恋は掃除を頼むよ」
「……わかった」
漣恋は短く答えて、その場から駆け足で去っていく。
何だが物静かな子だな。
俺とアンガレスさんが会話中もずっとこちらを警戒していた。まるで俺が凶暴なレッサーパンダにでも見えているような目である。
仲良くなれる予感がする。
「すまないね。恋も悪気があるわけじゃないんだ」
「分かります。俺と仲の良い幼馴染も、よくあんな目で俺を見ますから」
「うん。本当に仲が良いのかなぁ?」
ややアンガレスさんが俺と雫の友情を疑うような事を言いつつ、俺と一緒に受付まで歩いた。
皆も心配しているだろうし、連絡は早めにしないとな。
そう思っていた矢先だった。
「うん……金毛山麓の駅とこっちを結ぶ線路上で土砂崩れだ。今日中の移動は無理だねぇ」
やはり、神が俺に試練を与えていた。
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