いざ、夏休みのイベント!/宿敵再来
乙女心を完全にマスターして迎えた昼、俺は寝起きなのに意識は冴えている。
ただ、一晩で急成長を遂げた幼馴染の姿がそんなにも神々しく見えるのか、雫は怪訝な表情で俺から少し距離を置いている。
そんなに怯えることはないさ。
どんなにいい男になったって、俺は小野大志には変わりないんだぜ。
「大志。深くは訊かないけど、その変な自信は今後の為にも今捨てておくべきだと思う」
「それは、乙女として俺に追い抜かれたことへの焦り……だな?」
「以前から私の想像を超えているけど気持ち悪さまで許容範囲を逸するのやめてくれる?」
「おいおい。そりゃ乙女じゃなくても気持ち悪いは流石に傷つくぜ」
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」
今日はやけに雫の口が汚い。
普段から清らかな心による鉄拳制裁等の行儀の良さが何処へ行ったのかと言いたくなる怒涛の暴言ラッシュだ。残念なのは、雫の語彙の限界の所為で口撃が単調なところか。
「仮にアンタが乙女心を理解したのなら、今日は矢村くん達じゃなくて、私と過ごしてくれるのよね?」
「え? そもそも綺丞たちと約束なんかしてたっけ……」
「昨日言ってたわよ。約束を忘れるのは乙女どころか人間としてどうなの?その調子だと私以外の女を見ないって約束まで忘れてるでしょ」
「そっかー……え?最後のやつはしてないと思うんだけど」
「チッ」
キレのある舌打ちだった。
カッコよかったので、後で極意を伝授して欲しい。
「昨日の俺が何時から綺丞たちと遊ぶって言ってた?」
「私以外の男や女とした約束を私が話したいわけないでしょ。自分の携帯とか確認してみたら?」
「どうしたんだ……今日の雫は一段と冷たいぞ」
「別に。今日もアンタが気に食わないだけ」
「そっか。俺はいつも雫が超お気に入りだけどな」
「死ね。私と生涯添い遂げて死ね」
「雫の暴言がまた激化した……」
今日は途轍もなく腹の虫の居所が悪いらしい。
そんな風に会話している俺の腹の虫が鳴ったので、雫は食事を用意してくれた。
俺に対する暴言は絶えないが、同時に気に入らない俺にも思い遣りを止める事はしないからこそこの幼馴染の人間としての完璧さが知れるというもの。雫の心遣いが味噌汁と一緒に胃袋を通じて大脳に沁みる。
その間も自分は食べず、美味しく食事を楽しむ俺をじっくり見詰める雫と談笑する。
昨日は喧嘩をしてしまったが、一度や二度の諍いで引き裂かれるような仲ではない。
こういう関係だから、夢の中でも甲斐甲斐しく俺を世話してくれる幼馴染として記憶が設定に反映されたのだ。
そう、優しくて……そして……。
「そうだ。雫に夢の中でも恋人作りを邪魔されたんだった!」
「は?夢の中でも私以外の女に媚売ってたの?」
「いや男だけど」
答えた瞬間に机の下で足を踏まれた。
どうやら、自分より先にカノジョが出来る事は勿論の事、彼氏も作って欲しくないようだ。
最も親しい幼馴染の願いならそれも吝かではないのだが、男子高生の青春を諦めるには理由として不充分。
何よりも。
「成長した今の俺を試したい!」
「もう起きてるんだから寝言でしか許されない発言やめたら?」
「雫、本当に機嫌悪いなぁ」
「大志の夏休みを独り占めにする計画が台無し……アンタ何なの、本当に」
俺が完食して箸を置くと、食べ終えた食器を雫がため息をつきながら颯爽と流し場へと持ち去っていく。
俺は携帯を取り出し、雫の助言通りに今日の予定が何なのかを確認した。メッセージアプリでの綺丞たちとのやり取りを遡ると、どうやらキャンプの予定らしい。
そうか。
昨日買い出しとかで一通り揃えて、後はレンタルショップでキャンプ道具を借りてキャンプ場に行くだけなのか。
集合時間は……駅に午後二時集合。
あと四十分だな、ギリギリ遅刻する。
「仲間外れが恋しいなら、一緒に来る?」
「……キャンプなんだから、そんな簡単に即日同行は無理」
「そっか。……一泊する予定だから、明日の夜には帰る」
「二十四時間以上、私を放置……?」
「何時間かに一回は連絡するからさ」
「私も行く」
「……?」
「私も行く。二十四時間も目を離したら死にそうだから」
「結構大人数らしいから大丈夫だろ。綺丞や憲武もいるし、あと何人か強力な助っ人もいる」
「助っ人?」
「花ちゃんといろはと夕薙姉妹。実はあーちゃんが沙耶香を誘ったけど成績下がって補習らしいし、扇っちは梓ちゃんと一緒にお泊り会らしくて、このメンバー」
「…………」
そう。
さっきメッセージアプリを確認したら、綺丞がいろはと花ちゃんも参加するという追加情報があり、さらに何処からかこのキャンプについて聞きつけた夕薙家の双子まで参加表明。
そう言えば、花ちゃん達の参加については雫に話すなと注意事項を綺丞が明記していたのに口が滑ってしまった。
まあ、過ぎた事だ。
気にしたって過去は戻らないので未来を見よう。
「てなわけで、心配ないぜ。それじゃ、集合時間が近いし、急いで準備するわ」
「行く」
「おや?」
「集合している皆には、先に現地へ行くよう伝えて。私が準備を終えてから、二人で出発――いい?」
「雫もキャンプするの?大丈夫か?」
「大丈夫だから。それと、皆には私の存在は伏せておいてね 」
雫がてきぱきと支度を始める。
長年の付き合いから、かなり張り切っている事が見て分かった。
思えば、俺を自然に放り出すと危険だからと川遊びや海なんかも中々連れて行って貰えなかったから、雫とのキャンプというのもまた未知の体験と言える出来事かもしれない。
「そう思うと楽しみだな」
※ ※ ※
私――瀬良花実は、現地となる金毛山麓の平原にあるキャンプ場に来ていた。
急遽やるべき事ができたと言って集合時間には間に合わないので先に現地へ向かって欲しいと言われ、仕方なく先にキャンプ場入りした。
大志くん一人だと流石に不安だからと、矢村くんが大志くんの家に向かったので、それ以外のメンバーしかここにはいない。
それにしても……。
「キャンプ楽しみだね、あーちゃん」
「そうだね、よっちゃん。ここは温泉もあるから、夜はゆっくり浸かろうね。……ふふ、大志様の背中を流せたらいいけど」
「ぅオオオイ!?この前からその大志様って何!?やめて怖いよ!?」
「気にしないで、よっちゃん。私、幸せだから」
夕薙姉妹の杏音と吉能。
つい最近の一件で、またしても大志くんに寄り付いた二匹。純粋無垢でやり難い永守梓は、兄が不在で不安になっているであろう矢村家の家庭事情の私が知る限りを横流しして、扇ちゃんに惹きつけた。
赤依沙耶香は慮外の幸運、大志くんとのライブ勝負の練習に精を出して期末考査で失敗した事で夏休みも補習。
夜柳雫には矢村くんに厳重注意して漏洩を阻止。
この機会を最大限利用して、私という女性をしっかり大志くんに刻むのだ。
「杏音さん、吉能さん。みんなが来るまでに、早くテント設営をしたら薪を買いに行こっ」
「あ、そだね。花実ちゃん、結構キャンプとか慣れてる?実はあたし、こういうの初めてでさー」
「私もだよ。だから、不安になったら調べたりとか、手が空いたら手伝いながらやってこうね」
「うわ……超良い子だ、この子」
「よっちゃん。この子、女の匂いがする……人の主人に擦り寄る臭いだって、犬の鼻が教えてくれる」
「犬?主人?あーちゃん、人の話しようか」
何やら杏音さんには警戒されているけれど、気にしてはならない。
勘でしか判断できていない内は、こちらが大胆に行動しない限り悟られる心配は無い。
それに奇怪な言動からして、大志くんに尽くしたいだけなので、正直怖い相手ではない。
目下最大の敵となるのは――。
「如月さんも、何か困ったら遠慮なく私達に相談してね」
「はい。……先輩、早く来ないかな」
明確に大志くん争奪戦に決意を表明した如月いろはさん。
私が夜柳雫の奸策に嵌められて動けない間、大志くんと親交を深めた挙げ句に一度は告白なんかもして自分を好意を持つ一人の少女として大志くんに意識させた人物。
しかも、フられたにも拘らす、めげずに再起する厄介なタフさ。
「敵は多いなぁ」
思わず独り言をこぼす。
たしかに、如月さんも敵ではあるけれど、厄介さで言ったら大志くんが断トツなのだ。
絶望的に空気の読めないので、如何にこちらを意識すべき異性としてストレートに受け止める状況を作るか。
ん……?
携帯にメッセージアプリの通知があったので確認すると、矢村くんからだった。
そこには、『すまん』の一言に写真が添付されていた。
「――――」
写真を見て、やはり一番厄介なのは大志くんかと呆れ笑いがこぼれる。
改めて見ると、自撮りモードで撮影されたその画像は電車内で輝くような笑顔を見せる大志くんと。
「本当に厄介だ、夜柳雫」
綺麗な笑顔でこちらを見ている宿敵・夜柳雫の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます