乙女心なんて任せなさいよ
「というワケで、雫とは喧嘩中だ」
昼休憩に到着するや否や、あたしは真っ先に事の次第を綺丞に説明していた。
あたしの悲劇的な状況を理解した彼は、深い深いため息の後に席を立とうとするので、手を掴んで止める。
「綺丞、早まるな!」
「話の展開から察するに、これから大志子といると碌な目に遭わない」
「碌な目に遭ってるのはあたしだ。綺丞には、これからあたしの作戦に付き合って貰おうと思ってるだけだって」
「それが予想できたから距離を置きたい」
どうやら、あたしの深遠なる考えにあっさりと辿り着いてしまった綺丞が協力を拒否しようとしているようだ。
嘆かわしい。
あたしがこんなにも苦しいのだから、それを一緒に味わってくれという友情が理解できないというのだ。
「頼むよ、綺丞! あたしにはもう綺丞と憲武しかいないんだ!」
「他にも男友達いるだろ」
「なぜか今朝からみんなと目が合わない」
「…………」
いつもなら大声で挨拶すると同じ声量で返してくれる筈の男友達は、今朝は返事すら無く、まるで通夜のように皆が暗澹とした空気で教室を満たしている。
まるで好きな女の子にカレシでも出来たような意気消沈ぶりにあたしも空気を読み、話しかけるのを控えずに根気強く話しかけたが余計に鬱ぎ込んでしまった。
どうしてこうなったのか女子にも尋ねてみたが、親の仇を見るような目で追い返されたのである。
そして、昼休みとなった今や綺丞以外にあたしの会話に応じてくれる相手はいなくなってしまったのである。
「これも何もかも、きっと雫の仕業だ」
「…………」
「みんな雫が大好きだからなぁ。あたしに盗られたと思って、さぞ心中穏やかじゃないんだろう」
「……」
「どうよ? あたしの名推理」
「五十点」
「赤点……ではないから良いか!」
ともかく、雫の恋人ムーブであたしは自由を奪われてしまった。
こうして話せる綺丞も、昨夜直々に雫から論外だと突っぱねられてしまっているので、どうしたものかと悩んでいる。憲武……は一縷の希望にすらなり得ない。
「どうしたもんかなぁ!」
「大志子が夜柳の気持ちを理解してやれば、万事解決だと思う」
「雫の気持ちかー。昔は分かりやすいコダツけど、最近は何を考えてるか分からない時が多いんだよな」
乙女心なら理解できるさ。
漫画でだって何度も読んで学んだし、あたし本人がそもそも乙女だ。カッコいい男の子を見れば少し心臓の鼓動が加速するし、何気ない男子からの気遣いに体がじんわり温まる。
それでも、雫は理解不能生物だ。
「夜柳の乙女心は一際複雑そうだからな」
「だよなぁ……って、ん? 乙女心?」
あたしは思わず綺丞を二度見した。
「雫は男だろ?」
「……何言ってる? それより、良いのか」
「え?」
「もう夏休みは始まったんだ。夜柳との旅行もあるのに、そんなんだといつか死に目を見るぞ」
ぼんやりと視界が白んで、綺丞の声が遠く感じる。
夏休み、だと?
さっきから綺丞は何を言っているんだ。
大体、夏休みに雫と旅行の企画なんて……と考えていたら、それらしき記憶が脳裏に蘇る。
あれは、夏休み初日に綺丞と金毛山なる山地のキャンプ場で綺丞の趣味であるキャンプに俺と彼、そして憲武の三人で臨もうと計画し、その買い出しから帰った夜の事だ。
いつものように台所にいる雫に計画について話すと、また仲間外れにされた事が気に食わないのか手元のハンバーグを握り潰していた。
『は? アンタの夏休みは私の物だって契約は忘れたの?』
『忘れてない上で遊びに行きます!』
『正直に話して罪が重くなっただけね』
『約束を破るようですまん。因みに言っておくと、謝罪以外に何もしたくないからこれで許して欲しい……!』
『その言葉選びでよく許可を勝ち取ろうと思ったわね』
『友達とキャンプするのがそんなに悪い事かよ。面子に憲武と俺がいる以外は完璧じゃんかよ!?』
『……約束を反故にされた私の気持ちが分からない? そんなに、アンタを大事に想う乙女な幼馴染の気持ちを踏み躙って楽しく友達と遊びたい?』
『分かるかよ! 俺、乙女じゃないから!――もういい、雫なんて明日の朝まで知らない!』
『大志……』
そうして、あたしはその場から逃げて、ハンバーグを食べず部屋に籠もった事をちょっぴり後悔しつつベッドに入った。
そうだ。
あたしは、雫と……女の子の雫と喧嘩別れして、明日の朝までに乙女心とやらが分かるようになりたいと思いながら寝た……。
そ、そうか!
ならばこれは――。
「夢じゃん!!」
俺はベッドから跳ね起きる。
カーテンの隙間からは、朝日が差し込んでいた。
ベッドの横には、昨日の朝にアラーム音が騒がしくて殴り飛ばしてしまった目覚まし時計が復活しており、午前七時を指している。
続いて枕元のスマホで確認すれば、今日は夏休み二日目。
夢の内容の所為で、あれから一晩しか経っていないというのが疑わしい程には時間の経過があったと錯覚してしまう。
しかも、女の子になるなんて新鮮な感覚である。
夢の中では自分が女の子だと信じて疑わなかったのに、今ではまるで違うと分かる。
ぽけーっとしている間にオフになった携帯画面に薄く映る自分の顔は、見慣れた男のものだった。
「く、くくく……」
我ながら、ふざけた話だとは思う。
しかしながら、俺はなんと向上心のある人間なんだろうと自画自賛したくなった。
俺は部屋を出て、一階へと下りていく。
リビングの方からは、既に家事に取り組む雫の足音が聴こえた。
俺は扉の前に立ち、深呼吸一回。
昨夜喧嘩別れをしたばかりだが、不思議と気まずさはない。……というか、雫が怖い事はあっても気まずいと思った覚えがないような気がする。
それよりも、不思議な夢を経て生まれ変わった俺で驚かせてやりたい。
そんな一心で、俺は意気揚々と扉を明けてリビングへと躍り出た。
「おはよう雫。今日も良い朝だね!」
「昼よ。どうせ時計を見たんだろうけど、アンタが殴って時間乱れてるから」
「そうか。どうりで目が冴えてるわけだ」
「……それで、大志」
「ん?」
「昨日の話だけど。……非常に嫌だけど、一泊二日くらいならキャンプ……」
「雫。こっちこそすまなかった」
「……え?」
「気付いたんだ。昨日、雫がキャンプを嫌がっていた理由」
「ホントに?」
「当然」
意外な物を見る顔を俺に向けた雫の失礼な態度も咎めない。
何故なら、今日の俺は――。
「あたし、小野大志子。乙女心はバッチリ理解したから☆」
「壊れてたのは時計じゃなくてアンタだったのね」
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