訣別の時が来た!!



 お試し交際契約したその夜、あたしは自室でお試し交際を扱う人気の少女漫画を読んで勉強していた。

 しかし、いずれも参考にはならない。

 何故なら大抵が好きな相手に意識して貰える切っ掛けとして自身から持ちかけたり、思いがけず相手の事情でするしかなくなった場合という例ばかり。

 前者は主人公が予め好意を持っている。

 後者は巻き込まれ型。

 あたしの場合は、別に綺丞も憲武も恋愛的に好きなわけでもなく、自分から彼らを巻き込みに行ったのだ。

 参考にならなくて論外だな、この漫画!

 面白いから後で三回読み直してやる。


「でも、一つだけ収穫はあったな」


 参考にならない部分は多いが、その中でもあたしの現状で芯を突く要素はあった。

 それは、好意が無くとも交際中に相手の魅了を発見していく事で好意が芽生え、本物の恋愛に發展していく事だ。

 あたしも綺丞も、そういう意図でこのお試し交際を始めたのだが、どうやら漫画でも描写されるように間違った事ではないらしい。

 これも真っ当な恋愛の形、だと証明された。

 何より、長く友人関係だった相手も恋愛対象として意識するに至るケースもあるというのは近所の夫婦の惚気話で学んだ。


「イケる……これはイケるッ!」


「騒いでないで早く寝ろ」


 未来に明るい展望を見出したあたしを、既に先にベッドで待っている雫が隣を手で叩きながら呼んだ。

 そそくさと雫の元へ移動し、ベッドの上に横たわる。

 今日は色んな事があったな。

 特に、帰宅時の雫の説教はもう思い出したくもないくらいに辛かった……何を言ったか憶えていないけど。


「大志子」


「何? トイレなら付いてってやるぞ」


「お試し交際のヤツだけど」


「どした」


「あれ、僕ともやらない?」


「雫とやったら意味が無いんだけどな。あたしは雫があたしに構わなくても安心できるように他に男を作る予定だ」


「これ以上なく不純な動機だな」


 雫があたしの髪をさらさらと弄りながら失笑する。

 入浴後は、女子のあたし以上に拘りを持ってあたしの髪の手入れをする物好きなやつである。手触りから自身の仕事ぶりが感じられたのか心做しか顔は満足げだった。


「大志子。他の男を見てほしくない、って言ったらどうする?」


「雫の顔しか見れないのは、人生二割は損してるだろ。流石に嫌だなぁ」


「二割なら許容しろよ」


「何事も百パーセントは諦めたくないじゃん」


「テストで言えよ、それ」


「人生とテストは違うじゃん」


「何事も、って自分で言ったよ?」


 くぬっ、やはり口喧嘩で雫には勝てない。

 フィジカルでも舌戦でも勝てないのなら、人生経験で勝つしかない。

 だからこそ、お試し交際の相手に雫を選んだら差は縮まらないではないか。


「やはり駄目だ。雫が参加すると本末だ」


「そこまで言って何で転倒までいかない?」


「それだ。本末転倒」


「……僕に謎の対抗心を燃やしてるのはともかく、相手に矢村を選んだのも気に食わない」


「えー。じゃあ、憲武は?」


「論外だから明日には人間としての生を終えてもらう」


「そっか」


 綺助でもお眼鏡に適わないというのなら、憲武では以ての外という事だろう。

 辛くてもこれが現実だな。


「でも、雫以外かつ綺丞以上って条件が厳しすぎないか? そうなると、もう人類を諦めるしか道がないんだけど」


「やめてよ、大志子。本当に明日には猿の一匹と恋人になったとか言いそうだから」


「流石にそんな分別のつかない人間じゃないさ。人類を諦めるっていうのは比喩で、本気じゃない」


「……」


 あれっ。

 どうしてこうも信用が無いのだろう。


「わがままだな、雫は。それなら、俺に恋人が出来るプランを雫が提示してくれよ」


 何を言っても駄目だと言われれば万策尽きる。

 審査基準が厳しすぎるので、もう審査員にアドバイスを求めるしかない。本来自力で答えを見つけてこそ価値ある事なのに、頼るのは心苦しい限りだ。



「僕に任せるんだ……良いんだね?」



 何やら深い闇色を湛えた瞳で雫があたしを見詰める。

 良くはないが、雫が納得しないと話が進まない。雫の為の行動なのだから、雫を不快にさせたり不安にしてしまうなんて可能性は一切排除する事がベスト。

 百パーセントを諦めたくない男だからね、あたしは。


「じゃあ、明日は楽しみにしてて。大志子は、何もかも僕の言う通りにするんだよ?」


「もう思いついたのか? 悔しいが本当に頼もしいやつだぜ、了解した!」


 雫がリモコンで室内灯を消し、あたしを後ろから抱きしめながら眠る。

 ううん、筋肉で硬い。

 普段の雫は、もっと柔らかくて女の子特有の甘い匂いが……?


「あれ。雫が男? ……まあいいか」


 今までで一番つよい違和感に襲われたが、すぐに眠気に襲われて俺は眠ってしまった。

 取り敢えず、雫の考案したプランを遂行しつつ、俺個人の作戦も進めていかなくては。

 今回、雫が提示する物はあくまで雫が認められる基準等の見本。これを基にして、今後は恋人作りの行動を考えろというのが雫の真意だ。

 雫のプランをやり遂げたら、綺丞や憲武達と今後もお試し交際をどうしていくか詰めていこう。






 そんな風に思っていた日がありました。

 翌朝、校門で皆の注目が集まる中、あたしは髪に雫の口付けを受けていた。

 雫の奇行を目撃した観衆が悲鳴を上げており、憲武が腰を抜かして白目を剥いている姿も見受けられた。

 おいおい。

 これでは、雫とあたしが恋人だと五割勘違いされてしまうのではないだろうか、


「雫、何してんの? てか、いつになったら作戦の内容教えてくれるんだよ」


「黙って僕に従え。……いいね?」


「分かった。あたしは何すればいい?」


 そう尋ねたあたしに、雫は幸せそうに微笑むだけだった。

 まるで、このあたしと雫が恋人だと誤解される状況を喜んでいるようだった。


 その表情で、俺は察してしまったのだ。


 コイツ、まさか自分を安心させる為の恋人作りという幼馴染の気遣いを疑い、人生経験だけでも自身に勝ろうとあたしが画策していると勘違いして恋人ができないように、周囲に自分たちが交際中だという偽情報を信じ込ませる腹積もりなのだ。

 よく分かったよ、雫。

 案外、器の小さい男だったんだな!


 この日、あたしは幼馴染と完全に袂を分かつ決意をしたのだった。

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