あたし、小野大志子!



 あたし――小野おの大志子たいしこには幼馴染がいる。

 周囲からは完璧超人と持て囃され、その言葉の通り心身共に他人から好評価しか受けない才能の塊だ。

 しかし、本人はその才能に胡座をかかず十全に能力を活かせる努力も惜しまず、かといって周りへの配慮も欠かさないという直向きな姿勢と柔軟な思考が益々幼馴染を神聖視させる所以となっていた。

 外を歩けば右から左からと好奇の眼差し。

 知らない異性から誘いの声がかかる。

 正直、あたしの人生最大の運の使い所はそんな人間の隣の家に生まれ、親密な関係を築けた事だろう。


「大志子。今日出された課題はどうした?」


「勿論。未来のあたしがやり遂げる」


「現在を怠惰に過ごす言い訳にはならない筈だけど。こうして睨んでる僕の意図にはいつ気付いてくれる?」


「気付いてるさ。あたしと会話がしたくて課題を切り口にしたけど、自分も課題やってない事を思い出して苦い気分なんだろ?」


「いつ課題をやる?」


「そう遠くない未来だ。期待しててくれ」


 すらりと伸びた長身が繰り出す高所からの黒い眼光。

 見上げれば町中の人間を虜にする甘いマスクがあり、美しい顔立ちだからこそ発せる怒った時の迫力は寝起きに遅刻を悟った瞬間と良い勝負をしそうな恐怖を相手に与える。

 黒髪の艶で頭頂部に天使の輪を作っているが、部屋を揺らがすような怒気の所為で悪魔に見えなくもない。

 怒っているのは分かる。

 だが、何に対してかは不明だ。

 普段から完璧超人と持て囃されるこのエプロン姿の少年――夜柳よやなぎしずくにあたしは困り果てていた。


「言いたい事は口で言わないと伝わらないぞ」


「今すぐ課題をやれ。……何でこんな簡単な事が察せない?」


「まだお互いを理解できない部分があるからだな。喜べよ雫……これってむしろ、何年もかけて構築した完璧に見えるあたしと雫の関係にはまだ伸び代があるって証明だ。――成長しようぜ」


「ほざけ」


 襟を掴まれ、二階の部屋に引きずられる。

 雫とは高校も同じなので、こうして課題や定期考査で面倒を見てもらう事が多い。他にも両親が海外出張で家事も壊滅的なあたしに代わって色々してくれるなんてラノベでしか滅多に見れない状況だ。

 さっきの雫の怠惰という言葉は一理ある。

 あたしが自分の事も疎かにしてしまう状態で、雫はそれを案じて世話を焼くのだが、そこに時間を取られて放課後は部活動も何せず、あたしの家に直行して炊事洗濯。

 たしかに、そのとおりだ。

 あたしが家事を覚える……のは追々だな。

 せめて勉強が出来る……かは、この事態云々じゃなく基本的にすべき事か。

 他には……雫に一人前と認めさせる、心配しなくていいと言える要素……。

 何を成長させるにしても、今まで雫に頼り切りのあたしが独力で始めても迷走しそうだ。

 例えば、同じく心身の成長を志すパートナーの存在……。


「ん?」


 ふと、点けっぱなしのテレビでは情報番組が流れていた。


『過保護な親にずっと何をしても認められなかったけど、恋人が一緒になって根気強く説得してくれたお陰で、今はやりたい事をやれているし、結果的に親を安心させる事が出来ました』


 街頭インタビューを受けている女性は、隣の男性と仲良く身を寄せ合いながら、心配症な親との苦労や努力の末に手に入れた現在の円満な幸福について語っていた。

 良い恋人じゃないか。

 辛い時も一緒にいて、苦境なら親への説得にだって一役買ってくれる頼もしさ――。


 瞬間、あたしの脳裏に閃く。


「これだァァアィア!」


 あたしは、成長への活路を見出した。




「――てなわけで、恋人作りを頑張ります」


「…………」


 翌日、あたしはクラスメイトにして大親友の矢村やむら綺丞きすけに説明していた。

 雫に負けず劣らずの男前なこの男は、中学時代からあたしを支えてくれた。

 この作戦にも、きっと理解を呈してくれる。


「正気か」


「モチのロン!」


「……(血迷ったか)」


 綺丞が深いため息をついて興味を失ったように窓の外に視線を外す。

 ふ、親友よ。

 君の言いたい事は分かるぜ?

 お世辞にもあたしは可愛い女子とは言い難い。

 伸びた前髪が鬱陶しくて高い位置に縛っているし、最高にイカした丸形の伊達メガネ、体型は豹のようにスレンダーだ。

 どちらかと言うと可愛い系ではなくカッコイイ系なのだ。

 しかも、友だちは男の方が多い。

 周囲に乙女と認識されていないのだ。

 だから、身近な環境からだと中々に恋人は作り難い……って話だ。

 しかし、そんなものは障害にすらならない。


「あ、雫だ」


 廊下で甲高い黄色い声が上がり、そちらを見ると雫がいた。

 周囲を可愛い女子に囲まれながら、一人ひとりに鷹揚な対応をしながら何処かへ率いていく。


「見ろ綺丞。あんなに仲の良い女の子が沢山いるのに、一人だって浮いた話を聞かない!」


「……それはオマエが」


「あたしを心配する余り、一人に熱意を注げない状態にある……これはアレだ」


「深刻な事態」


「八十点」


「由々しき事態」


「そう! だからこそ、もう雫が心配しなくてもやっていけるってあたしも最高のパートナーを作ればいい」


「……理想は?」


「ん?」


「理想の相手のタイプは?」


 おお。

 いつも口数が少なくて、何時間だって黙ってあたしの話を聞いてくれる綺丞が妙に尋ねてくれる。

 そんなにあたしの真の企みに興味を惹かれたか。


「そうだな……まず雫に負けず劣らずのイケメン!」


「…………」


「あとは、あたしを適度に甘やかしてくれて、でもしっかりと厳しい部分もあって、あたしの行動にも否定から入らず寄り添って導いてくれる……そんな人がいい!」


「……そうか」


「おう」


「俺がそうなればいいんだな?」


「……ん?」


 じっと綺丞があたしを見つめる。

 いつもより真剣みのある表情にあたしは戸惑う。

 あれ、何か綺丞にあまり関係ない話なのに責任感じさせてしまったか。

 いつも何かする時は綺丞を一緒に連れて行っていたので、もしかしたら今回も自分がどうにかしなくてはと考えたのかもしれない。


「綺丞。その志は認めるが、今回は見守ってて欲しいんだ」


「見守る……?」


「ああ。実はこの作戦は、雫に認められる恋人を作るが目標だろ? そこで大きな問題がある」


「問題」


「恋人を作るにしても、あたしってまず周りから女の子って意識されてないっぽいから恋愛に発展しづらい」


「……………………………………………………………………それで?」


「かといって、校外にいる異性の知り合いなんて近所のおっさん……それも既婚者ばかり。さしものあたしでも夫婦の仲を引き裂くのは心が痛い」


「つまり?」


「発想の転換――相手は異性じゃなくていい!」


「――――」


 そう、あたしの恋愛は別方向からアプローチする。……ブローチだっけ?

 ともかく、視野を狭めてはならない。

 昨今は多様性。

 あたしにだって、切り開ける道は多い!

 つまり。



「あたしは、女の子と恋をする!」



 あたしのつい力が入って大声になった高らかな宣言に、教室の女子一同が振り返った。

 どうしたんだ、そんな驚く事か?

 何事かと固まっていたら、一斉に女子があたしの所に殺到した。


「小野さん! 今までごめんなさい……夜柳さんを狙っていないのなら、今日から友だちね!」


「一番強力なライバルが減って助かるぅ!」


「大丈夫。どんな恋でも応援するから!」


 皆一様に顔を輝かせ、あたしと握手したり肩を組んだり。

 今まで話しかけたら無視される程度の特に仲が悪い訳では無い関係だったので、急に距離を詰められてニマニマしてしまう。

 おお、こんなに女の子が大勢。

 何故こうなったかは不明だが、もしかして幸先の良いスタートを切れるんじゃないか?



「じゃあ! この中であたしと付き合ってくれる人は?」



 あたしがそう尋ねると、周囲を固めていた女子が示し合わせたようにほぼ同時に散開した。

 各々元通りの位置に、時間が逆行したように戻っていく。

 あれ?


「綺丞。あたし、何か間違えた?」


「……さあ」


「あれ、何か怒ってる? ……ああ、安心しろよ綺丞!」


「……?」


「新しい目標を見つけたとはいえ、大親友の綺丞を放置するなんて事はしないからな。行き詰まったら遊び相手してくれ!」


「…………はあ」


 綺丞の反応は微妙だが、これから大躍進を遂げた親友の姿を見れば自ずと興味を示してくれるだろう。

 さあ、俺の偉大なる恋愛への道は始まったばかりだ!!


「ん……俺?」


 はて、とはどういう事だ……?

 まあ、ただの言い間違え……気の所為だろう。

 何だか通っている高校の景色にも違和感があるが、これも特に気にするほど変ではない。


「大志子」


「んぉ? 雫、どーした?」


 後ろ髪を引くような違和感を振り払って再びこれからの計画を練り直そうとしていると、いつの間にか雫が近くまで来ていた。

 さっきまで周りを包囲していた女子たちは何処へ……?



「女の子と恋する、って何?」



 雫の声は、凍てつくような冷たさだった。

 これは、あたしがつい二週間前に昔のアルバムを見て小さい雫と一緒に風呂に入っている写真を見て、久しぶりに背中を流し合うかと意気込んで雫が入浴中の風呂場に突入して説教された時と同じ反応だ。

 これは慎重に返さないと、一時間ぶっ通しで説教される。

 一手間違えれば最悪の未来が待ち受ける状況……だが、不思議とあたしには不安がない。


 何故なら、慣れているから!


 伊達に普段から雫に怒られているあたしじゃない。

 豊富な経験から導き出される答えは、他の人より何十倍も精度が優れている自信がある。

 よし、俺の経験が言っている……ここは切り抜けられる、と!



「男の子と恋愛は無理そうだから、女の子ならイケると思ってぇあぎゃああああああああああああ!?」



 思い切り足を踏まれた。

 やっぱり怒られた。


 


















 


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