六章「真夏の夜の夢の後ってヤツか」

妙策の綺丞、奇策の憲武


「何がいけなかったんだろうなぁ」


 雫に説教を食らい、いつしか隣から姿を消していた綺丞と合流してあたしは帰り道を歩いていた。

 このまま直帰すると興奮冷めきらないままの雫の相手をする事になり、まだ同性と恋愛をする以外の解決策を思いついていないので再び怒られるのは目に見えている。

 良いじゃないか、別に。

 女の子同士の恋愛は百合、男の子同士は薔薇なんて綺麗な呼ばれ方をされるくらいには尊い恋愛なんだぞ。

 第一、恋なんてした事ないあたしからすれば相手が同性異性関わらず一歩踏み込んで他人と『恋愛』という名の深い繋がりを結べる彼らは称賛に値する。

 ああいう雫だって恋はした事がない筈だ。


「先を越されると焦った……?」


「……大志子」


「ん?」


「恋愛をする相手として、夜柳は対象外か?」


 唐突な綺丞の問に思わず鼻から噴き出してしまった。


「雫は家族みたいなものだし。男子があたしを男の子と意識しづらいように、あたしも雫を恋愛対象って思うのは難しいんだぜ?」


「…………」


「さて。雫にもう怒られたくないので、別の道を探さないとな……」


「……一つ方法がある」


 綺丞が足を止める。

 あたしも内容が気になり、彼の一歩先で立ち止まった。


「うむ。申してみよ」


「……現状、男子は普段からの距離感で恋愛に発展しづらい。女子は教室での反応が当然な上に大半が夜柳に恋をしている」


「……たしかに!!!!」


「うるさい」


「それで?」


「大志子にとって、夜柳は家族……これが盲点だ」


「盲点、だと?」


 今日の綺丞はよく喋るぜ。


「身近な人間では無理、という部分がだ。

 ただ夜柳の方も、今の生活を見る辺り恋愛のできる相手がいそうにない。大抵が虫……ただの隣人だと思いこんでいる。

 そこで、身近な人間にも意識させられる方法があるとすれば――『お試し期間』だ」


「オタメシ……」


 綺丞曰く、『お試し交際』。

 期間や条件を定めて、それらの範囲を出ない程度で交際関係を結ぶ。

 例としては条件として期間は一ヶ月間やキス以上の行為は禁止等。破った場合のペナルティも厳密に決めると過ちは無くなるらしいが、逆に相手を慎重に選ばないと自分自身を悪用されかねない諸刃の剣。……カッコいいけど諸刃ってどういう物だっけ。


「お試し、か」


「これなら、身近な相手でも恋人としてという意識を植え付けて認識を変える糸口になる」


「なるほど。それならたとえ普段なら恋愛の芽も無い相手でも無理やり意識させて関係に変化が生じる可能性がある、と」


「……従って、この作戦で現状絶対に無理だと思う夜柳と交際関係になれば互いに恋愛ができ――」


「なるほどな。信頼できる相手と、って話なら綺丞かアイツがベストだな」


「…………!?」


 綺丞の理論は概ね理解した。

 要するに、条件を有耶無耶にして必要以上の事をしようとする悪人や、お試し契約期間外にまで弊害が及ぶような事もしないで後腐れ無く別れられる人間。

 その相手として適当なのは、最も仲の良い相手だ。


「……大志子。よく聞け」


「その手があったか。なら帰ってもこれを話せば雫には怒られない! 助かったぜ綺丞、さすがは親友!」


 あたしが感動のあまり肩を叩いて称賛すると綺丞は腑に落ちないような反応だった。

 あたしですら思い浮かばない天才的な閃きで奇策を披露しながら未だ手応えを感じないという底知れなさ……末恐ろしいぜ。


「じゃあ、早速相手をどちらかにしないとな。……といっても、仲が良いとはいえアイツは何だか変な事しそうだし……」


 仲の良い友人は二人。

 綺丞と

 ちらりと隣にいる前者を見れば、しっかりと身嗜みを整えた美男子。しかも雫ほどではないが気心の知れた相手である。

 あたしのやる事為す事に文句を言ったり嫌そうな反応をするが、結局は最後まで付き合ってくれる上に危ない時は手助けしてくれる。

 性格的には申し分ない。

 でも、は……付き合ってると面白いし根は良いヤツだと理解しているが、時折あたしですら下衆と思えるような事を言ったり、時間や金にルーズで異性との交遊で良い噂を聞かないし、それが全て事実なのは毎日聞いている本人の愚痴で把握している。……恋愛は厳しそうだな。


「……あのな、大志子」


「綺丞は俺と付き合うのは嫌か?」


「俺?」


「あ、間違えた? こほん、気を取り直して」


「……別に嫌ではない」


「よし。なら、相手は綺丞に」


「――その話、聞かせてもらったぜ!」


 俺の言葉を遮って喧しい声が響く。

 折角、新たな一歩を踏み出そうとしたというのに邪魔立てするのは一体何者だ。

 辟易しながら声のした方を見れば、見覚えのあるニヤけ面があった。


「おまえはたしか……平沢憲武!」


「毎日会ってんだろ! まだ二回しか会ってなくて名前うろ覚えなヤツみたいな反応するな!」


「丁寧なツッコミ! 偽物だな!?」


「オレそんな雑な人間に見られてる?」


 がっくりと肩を落としながら、あたし達の方へと、これまたイケメンの男友達――平沢憲武が現れる。

 雫や綺丞とは対照的に一見、というか中身も軽い男なのだが、黙っていればその二流顔……二枚目だったような……で女子から好評価は受けている。


「憲武。何か異論でもあるのか」


「お試し交際だろ? それなら、オレにしないか?」


「まさか、だけどさ。どれだけセッティングしても主催の合コンで他人の恋だけ実るから、これしかないと思って飛びついたのか?」


「勘の良いガキはアレだよ」


「何で最後ふんわりしちゃったんだよ、その台詞」


「最後に読んだのが八年前の漫画の台詞だからな。ありゃトンデモない名シーンだったぜ……」


「逆に何で忘れられるんだよ……」


「こんなオレだが、付き合ってみない?」


「今の流れでどうしていけると思った?」


 相変わらず口を開けば残念な男だ。

 面白いのだが、恋愛関係を結ぶにしては危険である。

 やるなら、せめて真っ当な交際がしたい。

 憲武だと契約内容をすぐ忘れて、それに巻き込まれて当初の目的すら見失いそうだ。

 

「夜柳に殺されても知らないぞ」


「雫に殺されるなんてあり得ないだろ。怒ると怖いけど、何だかんだ優しいから殺さないさ。精々足の骨を折られる程度だって」


「おい矢村。日頃の扱いの所為であの被害想定で安心してやがるぞ大志子のヤツ……」


「乙女どころか畜生未満の扱いか」


 二人に何故か温かい哀れみの眼差しを注がれる。

 たしかに、何もかもあたしより秀でている雫だが、それを鼻にかけて俺を嘲るような事は無かった。

 だから、恋愛という一分野で先を越されたとしても嫉妬に狂ったり、焦って可能性を握り潰そうなんてあたしを泣かせるような器の大きい事はしないさ。


「なあ、大志子」


「んぁ?」


「矢村はいい男だが、そればっかりだとまずいぜ?」


「ふむ。何か言いたそうだな、申してみよ」


「美味い飯だって何度も食ってれば飽きるから、適度な口直しが必要だ。団体スポーツでも同じ役割ばかりしていると視野が狭まってしまうから入れ替えだって常識だ」


「まあ……たしかに?」


「大志子は恋愛初心者だ。最初から良い男ばかりじゃなく、時に危ない男だって経験してみるべきだぜ。……その方が気付きも多いし、仮にオレや矢村でピンと来なくても次に恋愛する時に参考にできる情報が増える」


「あたし、バカだからよく分かんないけど……憲武で口直ししろって話?」


「そう! 日替わりでオレとも恋人してみないか!?」


「えー……」


 あたしは改めて憲武を見る。

 言っている事は納得できるし、筋が通っている。

 だが、本人が認めているように憲武との恋愛は最初からダメな恋だと分かっているタイプの交際関係。

 経験としては貴重な財産にはなるかもしれないが……。


「あたしも初心者だけど、憲武だって初心者だろ」


「それは言わないお約束だぜ?」


「してねえよ、そんな約束」


 この軽薄な感じが俺を踏み止まらせる。

 また俺って言っちゃった。

 不安が大きい……が、初心者が折角手に入れた選択肢を試さずに捨てるのは愚の骨頂か。

 憲武の提案もまた、あたしでは気付けなかった物だ。

 憲武ともお試し交際をする事で、彼の独特な視点を共有して多くを学べるかもしれない。


「じゃあ、そうするか。――よろしくな、綺丞と憲武」


「…………」


「おうよ!」


 あたしは二人とお試し交際関係を結び、詳細な条件等は後で決めるとしてその場で解散した。

 新しい事を始めると、予期しない刺激が多くて何だか楽しい。

 何より、新しい方法を見つけたので雫にも怒られずに済むのだ。

 あたしはウキウキした気持ちで家に帰宅した。


「ただいま、雫!」


「おかえり。……何だか嬉しそうだな」


「ああ。だって今日カレシが二人もできたんだぜ!?」


「――へえ」


 その冷たい声に、あたしはあっと小さな声が出た。

 どうやら、お試し交際も駄目らしい。

 何故だ。







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