与り知らぬ弟子


 私――藤堂とうどう綾香あやかは恋する高校二年生。

 実は、頑張って勉強した高校に入学した日に初恋を経験する。

 その相手は――矢村綺丞。

 理由は一目惚れ。

 でも、彼に知っていく内にますます魅了されていってしまった口だ。

 同じ歳とは思えないくらいに美しくて、寡黙で人付き合いも苦手そうだから難のある性格なのかと思ったら誰かがサボって欠員状態の掃除当番を無言で代わってやり遂げる完全無欠ぶり。

 余談だが、本来の掃除当番は自分が掃除当番であると忘れて帰った女の子で、友達から矢村くんが何も言わずに引き受けてくれた事を知って私みたいに恋する乙女の顔になっていた。

 ともかく、私はそんな矢村くんに恋をしていたけど、初恋とあってどうしていいか分からない上に他クラスで話せもせず、結局アピールを開始したのは二年生で同じクラスになってからで、少しは話せる仲になったんだけど……。


「矢村くんって、休日は何してるの?」


「……キャンプ。あとは、たまにDIY」


「へえ! DIYって、最近は何か作った?」


「大志の……友達用の揺り椅子」


「矢村くんって器用なんだね!」


 そう、話してはくれる。

 だけど、だけど。


「矢村くんってネットゲームやるんだ?」


「大志の……友達に誘われて」


 彼と話す度にある名前がしつこいくらいに浮上する。


「矢村くん。最近忙しそうだけど塾とか行ってるの?」


「いや……大志と放課後に練習」


 矢村くんがゲームや新しい事を始める切っ掛けの殆どが『大志』とかいう友達。元々友達が少なそうだけど、彼に楽しい思い出とか色んな話を聞こうとすれば確実にその人物が関与している。

 まるで、まるで……矢村くんの全部は自分で構成されているとでも言いたげなレベルで!!


 容姿端麗な生徒会副会長や園芸部のヒロインとすら言われる先輩、数多の男子の恋心を擽っては返り討ちにする小悪魔美少女後輩からも懸想されているのに無反応な矢村くん。

 まさか、異性ではなく同性……それも大志とやらに想いを寄せているのかと一時期は疑ったけど、これは保留。

 何にしても、私が振り向かせばいいだけの話だ。

 しかし、このままではいけない。

 恋にとって肝心なのは刺激。

 劇物的にでも緩やかでも、本人の中で私を意識させるアプローチが必須。

 でも、私がこれから何をしても大志とやらの二番煎じで味薄になるのは言語道断。


 そんなワケで、本格的に矢村綺丞攻略の為に動き出し、まずは分析から始める事にした。

 かつて驚く事に矢村綺丞と同じ中学で交流し、校内でも神聖視される彼に物怖じせず未だに関われる『鉄のいろは』で有名な如月いろはに相談する事にした。


「――というワケで、矢村くんについて教えて!」


「はあ……。あの人の何が良いのか分かりませんが、恋に罪は無いので私で良ければ微力ながらご相談に乗ります」


「助かるよーっ」


「えっと……具体的に、矢村先輩の何が知りたいんですか?」


「好きなタイプ!」


「……まあ、そうなりますよね」


 後輩のいろはちゃんは、顎に指を添えて一瞬だけ頭上の虚空を睨む仕草をした後に。


「守ってあげたくなる子、ですかね。」


「え?」


「ああ見えて、面倒見が良いんです。一緒にいる相手の趣味に合わせて行動し、愛想が悪い顔で分かりにくいですが実は内心同じように楽しんでくれています」


「へえ!」


「なまじ何でも出来るから、意識は他人に向きやすい。でも、結構モテるからやっかみとか多く経験していて、分かりやすい下心には敏感なのでアプローチは慎重にした方が良い……んですけども」


「ん?」


「実は特にグイグイと迫ってくる相手は意識しやすくて、しかもそんな子が怪我しやすいドジっ子だとかなり世話を焼いてしまうんです。……だから、そんな感じでいけば」


「ドジっ子……。矢村くん、そんな子が過去にいたの?」


「いたというか、今もいるというか……(妹の扇ちゃんがそんな感じだとお聞きするし)」


「ううん……守ってあげたくなる子かぁ」


 いろはちゃんからのアドバイスは正確で大変助かったが、しかし再び私に矢村くん攻略の難易度は高いと突きつける内容でもあった。

 下心に敏感で、惚れた腫れたの面倒事を非常に嫌うというイケメンの性に悩まされた気質。

 そんな人に分かりやすいドジっ子アピール……うん、無理だな。

 どうすれば良いのだろう。

 それから色々と試そうとしたけど急に行動を変えても鋭い矢村くんに不審がられて余計に距離を置かれるかもしれない。

 そんな怯えもあって、夏休みになるまで結局成果は無し。


 私は矢村くんにどう関わっていくべきかを悩みながら、夏休み初日に高校の園芸部の部活動をした後に帰路に就く。

 まだ日は高く、時間帯としては丁度良くお昼時。

 それでも前途多難な恋路に思いを馳せる頭が重くてお腹も空かない。

 これまで、私よりも断然可愛い子にアピールされても一切堕ちなかった男に何が通用するんだろうか。

 悩める私は、ふと目の前に矢村くんの後ろ姿を認めて――。


「やっと来たな、綺丞! 五分前行動のオマエじゃ、集合時間の六分前に来た俺には勝てないぞ!」


「ほぼ同じだろ」


 ため息をつく矢村くんに初っ端から無礼をかます男子高生がいた。

 制服は、隣町の悪名高いあの高校の物だ。

 まさか、矢村くんがそこに知り合いがいただなんて。


「さてさて、綺丞。今日オマエを呼び出したのは予て計画していたあの件があるからだ」


「あの件」


「話しただろ? 俺は内容忘れたけど、一昨日くらいに綺丞に話した事は憶えてるから説明は任せた」


「一昨日……金毛山でキャンプをする為の買い出しか?」


「それだ。俺は父さんが持ってるキャンプ道具を貸してくれるし、綺丞は自前のがあるからな」


「平沢は?」


「森の枝とか葉っぱを使って即席テント作るらしい。一応、晩飯用の材料は買うらしいけど」


「……(自然を舐めてるな)」


「さて、アイツはさておいてだ。俺達はまず、どんな料理をキャンプで作るか――っとぉん!?」


「退け!!」


 尊大な態度で矢村くんに話していた男の子は、突然後ろから走ってきた中年の男に肩で突き飛ばされた。――しかも。


「お゛ぅ? おおおお? おおおおお!?」


「っ!」


「ぎゃあああ、何か付いて来てる!?」


 男の子は突き飛ばされ、羨ましい事に一瞬矢村くんが受け止めようと腕を広げたが、蹌踉めいた体が急に方向転換し、自分にぶつかった男を追いかけるように倒れる。

 どうやら、走る中年男性の持つカバンに首が引っかかったらしい。

 引きずられながら絶叫する男の子と、それを見て悲鳴を上げる中年男性。

 そして。


「誰か、その人捕まえて! ソイツ窃盗犯……え、人も盗んでる!?」


 中年男性の駆けてきた方から、彼を指して叫ぶ女性がいた。

 なるほどね。

 どうやら、中年男性は町中で女性からカバンを盗んだ引ったくり犯のようだ。しかも、そのカバンに関係ない男の子を引っ掛けてしまった、と。

 そう冷静に分析していた私だが。


「おい、そこ退けガキ!」


「あっ」


 中年男性は私の方に走ってきていた。

 呑気に状況を観察していたせいで、というか矢村くんに見惚れて相手が迫っている事に今になってようやく気付いたのだった。

 ま、まずい……ぶつかる!

 中年男性は男の子の時のように、私を肩で突き飛ばそうとやや前傾姿勢になり、私はぶつかる予感に見を固くして――。


「ぎゃあッッ!?」


「……え?」


 いつの間にか私と中年男性の間に割って入った矢村くんが前傾姿勢になった男性の肩を両手で掴み、腹部に膝蹴りを叩き込んでいた。

 そして、息をつかせる暇も無く足を払ってその場に転ばせ、男性の片腕を捻り上げて拘束した。


「……藤堂、怪我は無いか?」


「あ、ありがとう……」


「いや。礼ならこいつに」


「え?」


 矢村くんが足元に目配せする。

 その先では、カバンの肩紐で首を絞められながら倒れた状態の男の子。気さくな笑みを青白い顔に浮かべてこちらを見上げている。


「こいつが咄嗟にカバンにしがみついて男を止めてくれたから間に合った」


「…………あ、ありがとう」


「気にしなくていいぜ。それより君こそ大丈夫? 何か目が四つもあるけど」


 未だに首が絞まっていて、どうやら幻覚を見始めたらしい男の子を矢村くんが介抱する。


「ふへーっ。死ぬかと思った」


「大志。他に怪我は無いんだな?」


「うん。ふ、この町に来るのに雫と『怪我や事故、事件に巻き込まれでもしたら二度と家から出さない』って約束で来てたからな。危なかった……」


「……夜柳には何もなかったと言え」


「ん? 分かった」


 男を取り押さえて一段落していたところに女性が追いつき、同時に駆けつけたお巡りさんが矢村くんに代わって男を拘束する。


「おおぅ。空が赤いな、いつの間に夕方に」


「まだ昼だ。しばらくこのまま休め。買い出しはまた今度だ」


「えー」


 男の子を横抱きで持ち上げた矢村くんと男の子が至近距離で言葉を交わしている。

 な、何かいい感じだけど……何これ。

 ん、ちょっと待って。

 今この男の子を矢村くんは大志って呼んでなかった?


「……えっと、大志……さん ?」


「おう、どした。 ところで君は誰だ!」


 男の子――おそらく私を悩ませていた大志とかいう矢村くんの友達本人が顔色の悪いまま元気よく返答する。 


「いや、それにしても怪我が無くて良かったよ。もし女の子に怪我させてたら今日寝るまで罪悪感引きずってただろうし」


「寝るまでなんだ……」


「寝てる間の記憶は無いし。安心してくれ……明日の昼、きっちり罪悪感を背負い直します。夏休みだから朝には起きないんだよね!」


 私はけらけらと笑う大志さんを見て気付く。――この人、とんでもないド天然だ。

 初対面の私や矢村くんにも忌憚なく話しかけ、矢村くんにお姫様抱っこされた状態なのに周囲から集まる野次馬の視線にも物怖じしない。

 納得である。

 こんな性格でなければ、矢村くんの思い出ナンバーワンの友達にはなれないだろう。


「……藤堂、すまない。大志は誰に対してもこんな感じだから気にしないでくれると助かる」


「君も綺丞の友達? 綺丞は良いやつだろ、いっつも怪我しそうな時に助けてくれるんだ」


「う、うん。そうだね。……それより、話に聞いてた通りでびっくり。矢村くん、本当に仲良いんだね」


「……………………別に」


 私がそう言うと、矢村くんがふいと顔を少しだけ背ける。

 それは、何だか照れているような反応だった。

 あ、あれ……?


 その後、矢村くんと大志さんは事情聴取の為に交番まで同行する事になった。

 お巡りさん達と一緒に二人は去っていく。

 私は呆然と、その後ろ姿を見送るしか無かった。




 後日、私は高校の校舎清掃活動に来ていたいろはちゃんにその事の顛末を語った。


「私の方針が固まったよ。……私は大志さんを見本にして、矢村くんを堕とします!」


「た、大志先輩を見本……人の道を捨てる気ですか……!?」


「え?」


 誰も踏み込めない矢村くんの懐に入り、彼にあんなリアクションすらさせてしまう大志さん。

 彼は敵ではなく、先生だったのだ。

 私は彼を見習い、いつか矢村くんに影響を及ぼせるほど親しい存在になる。

 そして、ゆくゆくは……。


「それにしても、いろはちゃんの言っていた意味が分かったよ」


「はい?」


「矢村くんの好きなタイプ」


 結構グイグイと来る性格で、目を離したらすぐに怪我をしてしまうドジっ子……それってつまり。


「大志さんがタイプってことだよね。……手強い」


「――――」


「でも諦めないよ!」


「はあ」


「ようし、頑張るぞぅ!」


「……まあ、いいか(とりあえず、また変な虫が大志先輩に付かなくて良かった)」


 私の恋は、これからだ。

 これから、貴方の背中を追いかけていきますね……大志先生!!

 因みに、同じ内容を友達に共有したら夏休み明けに矢村くんが同性の親友に密かな恋をしているという噂が広がっていた事は別の話にしたい。








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