閑話休題!!!!!

高校入学の朝



 新しい生活の始まりを告げる桜――が近くに咲いていないのでカレンダーにて新生活を感じ取り、俺は自室に設えられた鏡の前で襟を締めていた。

 胸前に垂れるウロボロスの形に整ったネクタイの位置を微調整し、おそらく俺と同じように入学式を控えた幼馴染の待つ一階へと忍び足で降りていく。

 くくく、彼女のリアクションが楽しみだ。

 制服を仕立てる為の採寸等すべて同伴してくれた時に一度制服自体は見られているが、試着時だってブレザーもズボンも全て揃えて着た俺の姿を見せていない。

 完璧に仕上がった高校生の小野大志を披露し、度肝を抜いてやる。


 居間の扉を開けて中を覗くと、幼馴染の少女――夜柳雫が椅子に座って待っていた。


 背中まで伸ばされた艶のある漆黒の髪と美しい顔立ち、黙って椅子に座っているだけで見惚れるような姿は相変わらず神様から溺愛されているとしか思えない。

 ふ、だが俺は怯まない。

 明日は負けているかもしれないが、今日の俺は新高校一年生の小野大志初お披露目なのだ。

 さあ、見て慄け夜柳雫!

 これがオマエの幼馴染のは――


「そこでじろじろにやにやと人を見ている暇があるなら、三十分間の待機で退屈させている幼馴染に謝罪でもしたら?」


「待たせたな。これが新高校一年生の小野大志だぜッ!」


「謝罪も無いどころか何で興奮していつにないナルシズム出してるの? どうでもいい」


「え、反応が淡白〜。何かもうちょっと感想くれたっていいだろ? これでも結構イケてる自信あるのに」


「その程度で何言ってるのやら。……ほら、携帯の待受写真にするから黙ってそこに立って撮られてろ」


 俺の自信を根本から挫くような酷評を受けて、渋々と撮影の為に指示された壁際の位置に立つ。

 雫にネクタイの形を矯正され、言われるがまま五回ほど一人、続いてツーショットを十回ほど撮影する。


「あーあ。何かやる気が失せてきた」


「学校には行きなさいよ」


「分かってるよ。こうして制服も着てるんだからな」


「…………」


「ん? 雫、どうかした?」


 雫は物言いたげに俺をじっと見詰めると、そこでスカートの裾をふわりと揺らすように軽くその場で回転。

 軽やかに爪先一点でバランスを保ちながら華麗に回る幼馴染の身のこなしに感服し、思わず欠伸が出る。

 再び俺に正面で向き直った雫は、少しだけ前に体を倒し、こちらを下から見上げてきた。


「どう? 私の新しい制服姿は?」


 キラキラと雫は瞳を輝かせている。

 なるほどな――これは観察眼の勝負か。

 俺の制服姿は散々酷評したが、それは指摘する隙があるほどに着こなし方が残念だったからだ。

 本人すら気づかないダメな部分を捉えて見せたという証明だ。

 そして、雫のこの反応。

 さあ私はどこがダメか気付けるかな――という意味を含んでいる。


 つまり、今の雫は意図的に俺が酷評できるようどこかに隙を作っているのだ。


 何故こんな勝負を唐突に仕掛けてきたかは概ね察せる。

 高校という新環境において、雫すらいない男子校で果たして安全な人間関係を築けるだけの観察眼があるかテストする為だ。

 我が幼馴染は本当に心配症だぜ。

 だが、それは杞憂というもの。

 俺は既に、居間で待機中の雫を一目見た瞬間から気づいている点がある。

 ソレは。



「雫は三日前に着てた服の方が可愛いンダヘェアッッ!!?」



 確信を持って告げた解答に、雫が渾身の拳を鳩尾に返してくれた。

 おい、正解なら正解、不正解なら不正解とちゃんと言え。拳だと何を伝えたいのか分からないじゃないか!

 俺は床に突っ伏して痙攣しながら、雫を見上げようとしたが後頭部を踏まれて首が回せない。


「良かったね大志。私だったからこの程度で済んだけど、これを女子に言ってたら処刑されていたから」


 そうだったのか。

 女子という生き物の危険さを垣間見て、だからこそ俺に男子校を勧めて危険から遠ざけようとした幼馴染の慧眼っぷりに改めて感動する。


「それで、これは正解? 不正解?」


「不正解に決まってるでしょ」


「じゃあ、何が正解なのさ」


 雫が頭の上から足を退けてくれてので、俺は雫を見上げないよう立ち上がる。

 それから向き直ると、少しだけ不満げに唇を尖らせた雫が腕を組みながら俺を睨む。



「制服、可愛い?」



 いつもの雫にしてはやや小さい声で尋ねられる。

 ああ、何だ。

 観察眼云々じゃなくて、ただの感想が欲しかったのか。……それならさっきの俺の回答も正解じゃね?

 そう思うと不満が尽きないが、また間違えて鳩尾にパンチを受けたくないので早く答える事にした。



「いや、制服を着た雫が可愛いのは分かるけど、制服単体の可愛さは見た事が無いから分からん。――脱いでくれ」



 お手上げ、分かりませんと伝える。


「……正解。やればできるのね」


「え、正解!?」


「ほら。支度できたなら早く行くよ」


 鼻歌と共に先に玄関の方へと向かっていく雫に俺は唖然とした。

 てっきり制服の可愛さを褒めて欲しくて聞いているのかと思っていたのに、雫しか褒められなかったし、しかも制服を脱げと言ったら正解?


「相変わらず雫は意味不明だな」


「遅い。早くして」


 かすかに弾んだ声音で急かす雫の対応が腑に落ちないが、そろそろ入学式に遅刻しそうなので俺も玄関へと歩いた。


「明日からネクタイは私が結ぶから」


「え?」




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