昨日の敵は、今日のトモ!



 さて、困った事になった。

 よっちゃんとの絆の深さを見れば、あーちゃんが優しい子である事なんて誰の目にも明らかである。

 だから、勝敗に未だ疑問を持って後から文句を垂れるような性格ではない……が、今回はレアケースなのだ。

 あーちゃんといういい子にさえ恨まれるほど俺の方に過失があるらしいので、たった一戦で蟠りを解消できる方が奇妙な話だ。

 だから、てっきり喫茶店で和解はしたが、双子の片割れとしてよっちゃんへの対応に関する手厳しい注意事項でも付けられる物だと思い込んでいた。


「……うん。俺もあーちゃんの事は嫌いじゃないが、急にどうした?」


「ち、違うって言ってるでしょう!」


「なるほど」


 これは、あれかな。

 流石に普段から感性が鈍いだの察しが悪いだの頭の中身が空っぽだのと幼馴染に散々言われている俺にも分かる。

 この子は――恥ずかしいのだッ!!

 これまで家族の為に強く敵対していた相手に謝罪も何もかも済ませて仲直りしたとはいえども、今さらどんな風に話していいか分からず混乱している。

 その状態でもう敵意がない事を改めて伝えようとしたが、逆に伝え方が分からず極端な事を言ってしまった……といったところか。

 やれやれ、俺も成長したものよのぅ。


「いいさ。あーちゃんの伝えたい事は分かってる」


「へ、へぇっ? う、嘘!?」


「だから、そんな風に気負わないでくれ。だって俺たち――もうだろ?」


「ふぐぅッ!? ふ、フラれた……!」


「うん?」


 悲壮な表情であーちゃんが胸を押さえる。

 もしかして、間違えたか。

 いやはや、俺もまだ未熟者よのぅ。


「……うん。じゃあ、何が好きなの?」


「ち、違いますから。単にライブ後に思い返したらステージ上ではちょっとカッコよかったなとか、思えば真剣な顔した時もそうで、これまでもちらほらそんな雰囲気してたから好きみたいな話であって、もう敵対する理由も無いから改めて見直すと良いかなって思ったりして、べべ別に恋愛的な意味じゃなくて異性として好きってだけの話ですから!!」


「……うん。要約すると?」


「うるさい! 察してください!」


「おかしいな。テストより難しいぞ……俺の国語の点数ってまやかしだったのか?」


 国語教科の点数は、学年一位だったのに。

 作者の気持ちを読み取る読解力は養われた筈だが、あーちゃんの言いたい事はまるで分からない。

 でも、テストの後にバンドの練習に打ち込んで勉強した内容もほとんど失っているから、理解力も損なっていて当然か。

 悪いのは俺じゃなく、この話の近くに予定しなかったテストの日取りが悪いのだ!


「それはさておき、話って?」


「さておき……!? い、いえ取り乱しただけなので良いです」


「うん」


「こほん。本題に入りますね……実は敗者としての義務ですけど、平沢憲武からデートの件は断られました」


「ああ、本人から聞いたよ。今度簀巻きにして綺丞の家に送りつけてやる」


「は、はあ? それでですね、これでは勝者になった大志様に何の利も無いので、改めて何か要求して下さい……という話です」


「えー。欲しい物かぁ」


 あーちゃんは憲武が手前勝手に報酬を辞した事で俺が損をしていると思っているようだが、正直ライブを満喫した身としてはもうこれ以上に求める物が頭の中に浮かばない。


「思い付かないなぁ」


「……お、思い付かないなら提案があるんですが」


「お? なになに?」


 もじもじと何やら居住まいを直しながらも、こちらを見ず耳を真っ赤にして俯いているあーちゃん。

 何だか様子が変だな。

 言うまでにこんな長い間を矯めるなんて、何だか必殺技のチャージ時間みたいでカッコよく見えてきた。

 しかし、そろそろだろう。

 いざ放て――あーちゃん!


「わ、私が勝った場合は大志様は一生よっちゃんと私の小間使いという事になっていました」


「そういえば、そうだったね」


「なので、逆に――わ、私が一生大志様の小間使い……ど、奴隷というのは如何かと」


「んえ?」


 言葉の意味が分からず、変な声が出てしまった。

 何だか喫茶店の空気が冷たくなった。

 夏の店内だから空調は十分利いているので、これは過剰だと思うぞ。……店内を見渡すと、喫茶店で憩うていた客が一斉にこちらを見て顔を強張らせている。

 人の顔を見て何だその反応は!?

 失礼だと思わないのか。


「別に小間使いは要らないかな」


「なっ……?」


「身の回りの世話をしてくれる人が増えると、いよいよ俺は生きていける気がしないからな」


 学校でさえ皆から介護じみた対応を受けている。

 これであーちゃんからも優しくされたら、俺の将来が不安である。具体的に言うと、嫉妬した男子に明日から命を狙われる事になるだろう。


「つ、使える手駒が多い方が大志様も良いんじゃないですか!?」


「手駒? いや、最近ハマってるのはソリティアだから手駒っていうより手札が欲しい……いや、あれは山札か」

 

「じ、じゃあ他に要求は?」


「うーん。……じゃあ、気軽に遊びたい時に呼んでもいい?」


「ふくぅっ!?」


 俺とあーちゃんは、もうお互いに腹を割って話した仲になったので友だちとして遊べると嬉しい。

 そういう意味で伝えると、一瞬だけ色っぽい声を出して体を跳ねさせたあーちゃんが嬉しそうに微笑む。


「あ、遊ぶ……弄ぶ……い、如何様にでも」


 どうやら納得してくれたらしい。

 さて、本題というのがこれで解決したのでもう話は終わりだろう。

 窓の外でずっとこちらを見ている雫に手招きして、店内で一緒に話そうと誘う。

 すると、俺の合図を見取った雫が間もなくして入店し、俺達の場所まで来た。


「大志。帰るよ」


「え。折角店に来たのに? さっきメニュー表見たら、ここのパンケーキが美味しいって話だぞ」


「家で焼いてあげる」


「雫のパンケーキがあるなら良いか。……それじゃあ、あーちゃん。また今度な」


「はい、大志様」


「大志様……?」


 怪訝な眼差しであーちゃんを見る雫を連れて、俺は机の上にあーちゃんの分のお金も残して退店した。


「雫。夏休み前だけど生徒会の仕事とか無かったのか?」


「急用があると言ったら、皆が快く請け負ってくれたから。アンタは気にしなくていいの」


「へえ。流石だな、雫の人望は」


「アンタも夕薙さんに『様』付けで呼ばれてたじゃない。……随分と仲良くなったのね?」


「昨日の敵は今日の強敵、って言うだろ?」


「何で昨日より強力になってるのよ。今日の友でしょ。どうせ一昨日辺りに読んでた漫画の『強敵と書いて友と読む』に感化されたんでしょ」


「雫も読んでたのか。面白いよな、あれ!」


 雫と談笑しながら、日差しの強い夏空を見上げる。

 もう夏休みかぁ。

 それにしたって、中々に濃厚な一学期だったな。恋人作りを始めただけで、女子の友達が沢山できてしまった。

 肝心の恋人はできていない事が唯一の難点だが、きっと大器晩成型とかいうやつだ。いずれこの努力が実を結ぶだろう。

 さて、よっちゃんやあーちゃんとの問題も解消できた事なので、これで本格的に夏休みに本腰を入れて挑めるぞ!

 そう意気込んでいた俺の携帯に一通の着信。

 応答すると、よっちゃんからだった。


『ちょっと大志! あーちゃんに何をしたの!?』


「え? また遊ぼうって約束しただけだぞ」


 隣で「は?」という低い声が聞こえたが、それよりも耳元に掲げた携帯から放たれるよっちゃんの怒声で鼓膜が痛気持ちいい。


『あーちゃんが大志の奴隷になったとか、大志様とか意味わからないこと報告してきたんだけど! ちゃんと説明しろ!』


「奴隷? そんな話はしてないぞ。よっちゃん、もう勝負は終わったんだから、ちゃんとあーちゃんと正面から話しなさい」


『そういう事じゃないから!』


「大志。スマホ貸して」


 貸してと言いながらひったくるように俺のスマホを雫が奪う。


『ちょっと大志! 聞いてる?』


「後で私から言い聞かせますので。――それでは」


 ぶつり、と雫が通話を切る。

 電話を切るという事は、よっちゃんも納得したのだろう。一言で制するとは、流石は雫だぜ。


「……さて大志。パンケーキは何枚食べたい?」


「三枚食べる」


「分かった」


 雫が俺の手を取って歩く足を速くする。

 きっと雫もパンケーキを早く食べたいのだろう。

 俺も歩調を合わせて、家路を急いだ。

 


 



































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