一旦、落ち着き給え
ライブから二週間後。
遂に夏休み前の終業式を終えて、皆がこれからの予定について話し合い、教室ではそして期待に胸を膨らませている。
中には先刻しれっと恋人ができたから、その子と最高の思い出を作るのだと宣っていた男子がおり、十分後の美術室にて処刑台に拘束されている所を発見されたとか。
仲がよろしくて何よりだ。
その友情は、きっと夏休みをより彩ってくれるだろう。
俺はどうせ美少女な幼馴染と過ごすだけの日々なので、いつも通りだから刺激に飢える事になるだろう。
「大志。夏休み遊ぼうぜ」
「いいけど、雫に許可取れよ」
「何でそこでワンクッション夜柳様を介さなきゃオマエと遊べないんだよ」
「俺の夏休みは、雫の物らしいから」
「意味不明だろ。そんなんじゃ一生夜柳様尽くしの人生になるぅうらやましいィイイイイイイイイイイッッ!!!!」
「急に大声出すなよ。驚いてため息が出ただろ」
「驚いてねえじゃん。……しかし、今年の束縛は一段とすごいな。去年は俺達とだって普通に遊べてたのに」
不思議がっている憲武だが、それは俺への理解力が低いとしか言いようがない。
今年は色々と事情が違うのだ。
切っ掛けは恋人作りとはいえ、俺が精力的に校外でも人付き合いを増やしたので今まで確保できていた趣味――俺の世話の時間が減ってストレスになっているからだ。
難儀な趣向の持ち主だが、俺が本人の好き嫌いに一々物申しては器が小さい男になってしまう。
雫は俺との時間を最低限でも確保する為に、去年よりも制限を増やしたのだ。
「まったく将来が心配になる幼馴染だぜ。俺の世話がしたいとか毎日感謝するしかないよな」
「……逆に夜柳様と夏休みは何する予定なんだ?」
「旅行とか、色々するんだよ」
「旅行か……オマエが羨ましいぜ。夏休みを美少女と一緒に満喫か」
「俺としては美少年でも満喫したいんだけどな」
「どんな欲張り方だよ。……てか、その前に片付けるべき事があるんじゃねえの?」
「ん? テストは赤点じゃないから補習無いし、昨日配布された夏休みの課題なら雫にお尻叩かれながら片付けたぞ」
「そうじゃなくて、ホラ。杏音さんの件だよ」
「あー」
そうだった。
たしか、ライブ後に二人きりで会いたいと言われたが、たしか指定されていた日にちは今日だった気がする。
「あーちゃんといえば、憲武はデートいつになったんだ?」
「ああ、それか。――オレの方から断った」
「え何でェ!? 俺があんなに頑張った勝負の報酬を……憲武、貴様は放棄したというのか!!」
「何か敗けた相手にデートを強要する感じがして気が引けたんだよ。それに謝罪なら受け取ったから、もう大志をボコるだけでオレは気が晴れる……ありがとな、大志」
「おう。感謝してるならボコるなよ?」
「うるせー! 夜柳様と夏休みキャッキャデュフフするテメェを一片でも許せる心があるなら男じゃねえんだよ!!」
「んだと!? 雫だけじゃなくてオマエや綺丞とかとも遊びたいのに何も出来ない夏休みのどこが羨ましいんだコラ!!」
できるなら、今年広がった交友関係全体を味わうように皆と遊びたい。
だが、この話を切り出そうとするといつも雫特製パンを口に突っ込まれて思考が停止し、何も言えなくなってしまうのだ。
だから、悪いのはパンに屈してしまう俺の思考回路ではなく、それを見越してパンを焼く雫の策にまんまと引っかかる俺がすべて悪いのだ。
「……ま、遊べる日があったら誘えよ。オレは新しい事を始めようか悩むレベルで暇だからな」
「憲武……ちょっといいヤツだな」
「何で評価が微妙なんだよ。結構いいヤツ感が出てたろ」
憲武と話していると、先生が最後のホームルームの為に教室に入った。
俺達も着席し、先生から羽目を外すなとか人様に迷惑をかけるなとか学校の名前を貶める事だけはするなといういつもの三箇条をこれでもかと強調する文句をつらつらと述べて解散となった。
「相変わらず信用が無い。ここ最近は大人しかっただろうが」
「憲武は教室で俺を殺すための包丁を研いでたしな」
「まあな。お蔭で愛刀エクスナーギノツルギは家の台所で静かに眠っている……てか、大志はそれバンド名にしやがって。事前にオレから許可取れよ」
「カッコいいから良いじゃん」
「だろ? いやでも勝手に名前使うとか著作権侵害じゃねえか?」
「は? 何言ってんだよ」
「あ? もしかして実はオレより前からその名前を使ってたとか?」
「いや、著作権侵害ってそもそも何だよ?」
「名前を知らないだけかよッ!!」
「っと。そろそろ集合時間だし、あーちゃんに会いに行かないとな」
「大丈夫か? この前まで険悪だったし、無いとは思うが万が一でも勝負に敗けた腹癒せなんてあったら」
こちらを案じる憲武の不安顔に俺は心配ないと手を振った。
「安心しろ。こう見えて潜った修羅場の数には自信があるんだ。事を穏便に済ます方法だって人一倍心得てるつもりだぜ?」
「そうだな。オマエはフラグ建築に関しちゃ一級品だよ、大志」
何やら失礼な事を言っている気がするが、もう憲武に構っている余裕は無い。
俺は先に教室を出て、彼女が待っているであろう校門まで向かう。ライブ勝負をする為の宣戦布告の為に来た時と同様にわざわざ隣町にある我が校までご足労頂いているのだから、長く待たせるのは良くない。
急いで昇降口で靴を履き替え、校門まで駆ける。
すると、下校する男子たちの視線を恣にして静かに佇むあーちゃんがいた。
ライブの時と違って優等生風の装いであり、ピアスも無ければシャツも第一ボタンまでしっかり留めている。
「オッス。あーちゃん、お待たせ」
「じゃあ、行きましょうか」
「……どったの? 何かやけに穏やかだけど、もしかして来る途中で猫でも触れた?」
「違いますよ」
くすくすと笑うあーちゃん。
だが、俺の経験から察せたのは内心ではあーちゃんが全く笑っていない事が分かる。
人目に付かない所に行ったら、相手をズタズタにしてやろうという仄暗い意思を感じる。
「それで、何処に行くんだ?」
「適当に商店街にある喫茶店にしましょう」
「喫茶店で何頼もうかな。……油そばってあったっけ?」
あーちゃんはニコニコと笑顔でこちらを見るだけで会話には応じてくれない。
道中一人で虚しく話し続ける愉快な時間が続き、あーちゃんが選んだ喫茶店へと入る。
木造の落ち着いた空気感の店内で窓際の席を選び、メニュー表を開いてお互いにアメリカンブラックを注文した。
「それで、今日は何の用? 流石に俺でも、今日はただのデートだとは思っちゃいない」
「…………」
「何か、話したい事があるんだろう?」
できるだけ真剣味を装ってまっすぐあーちゃんを見詰めると、さっと顔を背けられた。
注文の時以外、ひたすら押し黙っている様子から何か異常事態なのだとは薄々勘付いてはいたが、流石に場が整った今ですら質問を無視されるとなると深刻さが増す。
あれ、会話すらしてもらえないってどういう事だ?
もしかしたら、実は今俺が無自覚にあーちゃんの知らない言語で話している可能性がある。
俺は携帯の音声翻訳アプリを起動させて卓上に置いた。
「あーちゃん。話って何だ?」
『聞き取れません』
「何!? 日本語に訳せないのか貴様! 何年俺のスマホをやっているんだ!?」
『聞き取れません』
「ええい! もういい、休んでろ!」
『翻訳を終了します』
やれやれ、使えないアプリだ。
「あ…………の、ですね」
「ん?」
俺が翻訳アプリの仕事不足に呆れていると、あーちゃんがようやくか細い声だが話しかけてきた。
しかし、それからまた長い沈黙が始まる。
このまま閉店までずっと続くのではないかとさえ不安になる雰囲気だ。
いよいよ、どうしたものかと悩み始めた頃に注文したアメリカンブラックが届く。卓上に置かれたコーヒーをあーちゃんは空かさず手に取るや薄く湯気の立つ熱々の状態の物を一気に飲み干した。
豪快な飲みっぷりに唖然とする俺は、ふと飲みきった時に今まで背けられていた顔が正面に向いた事で、ようやくあーちゃんがとんな顔をしているかが見えた。
その顔は――真っ赤だった。
「……熱かった?」
「好きです!!」
「………………ん?」
「……………あぇ?」
再び沈黙。
しかし、今度は相手の言葉を待つ時間ではなく、理解不能による硬直だった。
しかし、やがて自身の放った言葉の意味が分かったのか、あわあわと唇を震わせてあーちゃんが涙目になる。
「ちちちちち違うのぉ!!」
うん、何が?
俺もコーヒーに口をつけて、一口だけ啜る。
そして窓の外に見える怖い顔の雫に手を振っておいた。
よし、一旦落ち着こうか。
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