紙袋の天災8



 控室で自分の順番を待つ。

 その間、私たちのバントの緊張感に中てられた人たちの空気もピリピリとしていた。いつもの私たちを知る店長すら、確認に来る時にこちらを二度見している。

 いや、原因はそれだけではない。

 この緊迫した雰囲気に支配された控室で異彩を放っているヤツがいる。


「あれが幻のペーパーギター」


「横にいるの、新調したダークホーンじゃないか?」


「他にも犯罪者と……何か可愛い子が増えてやがる。今日のライブ、あいつらに盛り上がりを持っていかれないようにしないとな」


 二年前のライブで有名になった二人組に注目が集まっていた。

 入ってきた時は騒がしかったが、今は小声で話しながら何事か作業をしている。

 やはり、さっきまでの軽薄な態度はライブへの緊張を隠す為の演技だったのかもしれない。人並みの感覚はあるんだと少しだけ感心して――。


「聞けよ綺丞、今日の俺の運勢……八位だってよ! 絶好調だな!」


「割と低いだろ」


「だって一位から六位って運勢の良さに胡座をかいて足下を掬われそうじゃん。俺、一位と十二位の時が怪我が最も多い日なんだぜ?」


「運勢占いの意味が無い」


 感心を返せっ!!

 ライブ直前でする確認事項が今日の運勢だとか聞いた事が無い。

 どう足掻いたってライブは今日なのだから運勢の良し悪しなんて今さらの話だ。


「そろそろ私たちだって」


 苛立ちで集中力が切れていた私を沙耶香の声が現実に戻してくれる。

 そうだ、私も最高のライブをするんだ。

 演奏前から小野大志たちのペースに翻弄されてどうするんだ、全く。

 控え室の椅子から私が立ち上がると、よっちゃんと視線が合う。彼女はすぐ顔を逸らしてしまったが、気まずそうな表情は見えた。

 バンドマンとして小野大志のメンバーとして全力の演奏、でも戦う相手は私という板挟みな状況に苦しんでいる。

 大丈夫。

 すぐに小野大志から解放してあげる。

 すれ違う瞬間に私はよっちゃんの肩を軽く叩いてステージの方へと向かった。私たちの前に演奏したバンドに労いの言葉をかけつつ、舞台袖から上がる。

 観客の熱は十分、ここから誰も追いつけないくらいに私たちに夢中させるだけ。

 集中。

 集中……!


「げっ」


「沙耶香?」


「いや。し、知り合いがいただけ」


 ある方向を見て沙耶香の顔が強張ったので、私もそちらを確認した。

 すると、そこには観客のほとんどからチラチラと視線を送られる美しい少女が立っていた。

 一切愛想のない無表情だが、カメラと三脚を用意した態勢は何かに対する熱意だけを感じ取らせる。

 あれは、沙耶香の女子校や小野大志の男子校の体育祭で見かけたこの町一番の有名人。


「夜柳雫か。最悪……」


 ステージの外で目立つ物があっても困る。

 幼馴染のライブを観る為に足を運んだという経緯は察する事ができる。

 だが……。


「ふふ」


「ひっ」


 私と目が合った途端に妖しく微笑む反応に背筋が凍りつく。

 眼差しは慈愛を宿したように優しいが、体感するのは真反対とも言える冷たい殺意に似た鋭い敵意だ。

 もしかして、私の事や勝負について小野大志から聞き及んでいて、彼同様?に敵対心を燃やしているのだろうか。

 怖い、すごく怖い。

 で、でも容赦はしない。

 私だって大事な家族のために戦うのだから、物怖じしていたら全てが無意味になってしまう。


「よし、気を取り直して――いこう」





 ライブについては、大成功だった。

 いつもと違う曲順や、他にも勝負すると決めた日から念入りにバンド内で作戦会議した内容が悉く功を奏して結果に繋がった。

 ライブ中に夜柳雫の姿が見当たらなかったのは気の所為だろう。

 たしかな手応えを得て、皆で熱い汗を拭いながら控室へと戻る。


「大志。負けたら今日の晩御飯は無しだから」


「じゃあ、その時は四人で飯食ってくるよ」


「財布は預かっておく。直帰しないと全部没収ね」


「仕方無いな。負けたら憲武の奢りだなっ」


「……本当に勝つ気あるの?」


 おそらくライブ中に控室に移動してきたであろう夜柳雫と小野大志が会話をしていた。

 小野大志は既にギターを装備していて、もう準備万端のようだ。一点だけ、何故か体の前にエレキギターを下げているが、同じようにして後ろにもう一つギターを背負っている。……何アレ?

 あれも演出なのだろうか。

 バンドメンバーは知っているのか、その状態の小野大志に対して特に反応を示していない。


「まあ、見ててくれよ。雫の前で無様は晒さないからさ」


「その台詞は日頃から目の当たりにしてる人間としては決して説得力無いんだけど」


 次の順番が来たようで、小野大志たちが動き出す。


「よし。本番前にトイレは行ったか!?」


「平沢憲武、問題無し! 膀胱的には五十パーセント、これがいい緊張感を保つ秘訣だぜ」


「行けよトイレ」


 私には理性の無さそうな小野大志と平沢憲武が談笑しつつ、ステージの方へと移動し、その後ろを矢村とよっちゃんが続く。

 不意に、隣をすれ違う瞬間に小野大志がこちらへと振り向いてピースサインを出す。


「あーちゃん達も楽しんでくれよな!」


「本当に勝てると思ってるの?」


 紙袋で見えていないのか、ピースサインの指が平沢憲武の鼻の穴に突き刺さっている衝撃的な光景に何を言ったか聞き逃してしまった。

 それでも態度から余裕を感じで思わず呼びとめてしまった。

 すると、彼はステージの方を向いたまま立ち止まる。


「たしかに。引退したよっちゃんと憲武を足しただけじゃ、あーちゃんには勝てなかったと思う」


「……?」


「だから、俺が今発揮できる全部を総動員しようって考えた時に、元からある物も使わなきゃなって考えたさ」


「は? それどういう意味?」


 私の問には答えず、意気揚々と上がっていく彼らの姿がステージライトに一瞬眩んだ後、大きな歓声が上がる。

 二年も空白それも一度きりの活動しかしていないのに、その後も情報を求めてライブハウスに人が詰め寄り、さらにこの盛り上がり方も含めて異常ではないか。


「どもども。どうもー」


 呑気に紙袋でこもった声で観客の熱気に応えながらステージ上でポジションに着く。

 こうして四人が各々の位置に立った時に、ますます風貌の奇妙さが際立つ。観客の歓声が一瞬だけ戸惑いの色を含んで萎んだのも自分たちが何を見に来たのか分からなくなって少しだけ不安になったからだろう。


「えー、初めましてかな? バンド『エクスナーギノツルギ』です!」


 エクスナーギ……何だって?


「えー、皆さん今日は盛り上がってるみたいで何よりです。久しぶりのライブという事は特に緊張する要素にはならないんですけど、新しく二人のメンバーを加えた新体制という挑戦はやっぱり緊張しません」


 しろよ、緊張。

 こういう時は顔役のボーカルであるよっちゃんが挨拶した方が良いのだが、大志が話している。

 それと、観客の中でやたらとシャッター音がすると思ったら夜柳雫だった。このライブハウスは無断撮影、許可してなかった気が……。


「今日は観客の中にチラホラと知ってる顔もいるので、カッコいい所を魅せ……いやもう見た目で合格してるなソレは。まあ頑張るんで楽しんでくれたらいいですね!」


「挨拶下手くそかっ!」


「えー、じゃあよっちゃんがやってよ。……んじゃ始めようぜ」


 全員の表情が引き締まり、ステージライトが一瞬消灯……いや三人とも覆面だからどんな顔なんてわからないけどさ。

 つくづく一言物申したくなる様相のまま、矢村綺丞のドラムを合図に演奏が始まった。



 その瞬間から、ライブハウスの空気が変わる。



 先ほどまでのぐだぐだした挨拶と見た目への困惑により、折角引き継いできた熱量も消えかかっていた。

 それは、今回の勝負において後攻となる小野大志たちにとっての唯一のアドバンテージを捨てているような愚行だ。

 なのに。


「うわ――」


 私は我知らず声を漏らしていた。

 今まで育まれた空気と余韻を消し去り、自分たちだけの空間を一から創造し始めた。

 まるで、今日のトップバッターさながらの緩やかなスタート、かと思いきや勢いを増していく。

 いつも、よっちゃんのバンドが最初に使っていた曲からのスタート。彼女らのファンだった私からすれば、小野大志たちがその流れを踏襲した事に癪だが素晴らしいと感嘆してしまう。


「やっぱり……上手い」


「すご」


「沙耶香は知らなかったっけ。小野大志のギターって、技術だけなら多分かなりハイレベル」


「やっぱり、上手いって話は本当だったんだ! ……ていうか、あれだね」


「うん」


 観客たちの様子に私たちは冷や汗が滲む。

 小野大志たちの演奏と、以前の状態を知る私からすれば多少はブランクを感じるものの透き通っていて、やはり胸を穿つような訴えかける強さを宿すよっちゃんの声によって着実に盛り上がっている。

 これだけでも、小野大志が挨拶で台無しにした熱量は取り戻されていた。

 そして、まだここから上がりそうな予感……!


「怖いね。ここからなにするつもりだろ」


「何するって……アレじゃない?」


「……」


 沙耶香の指摘に私も頷く。

 ライブ中、気になくなりつつあるが小野大志が爪弾くエレキギターとは別に、ずっと背中側に隠している

 あれが今回の勝負の鍵なのではないか、と考えていた。


「よく見えないけど、あれって」


「うん……」


 私達が小野大志を睨む中、二曲目が終わる。

 どっと歓声が湧いてライブハウスが震える中、最後の三曲目が始まろうてしている。

 そこで小野大志が少しだけマイクの位置を自身の腰の高さまで落とす。

 そして――体の前にあったエレキギターと、後ろのギターを同時に回して逆転させた。


「えっ……まさか本当に」


「マジかよ……」


 私たちはもう何も言えなかった。

 小野大志の言葉――元あるものを総動員する、と。

 その上で以前とは異なるアクションとして加えられる要素……沙耶香から、小野大志について奇妙な話は聞いていた。

 彼は元々、音楽の授業でその力を見出されていたが、その時はライブとは違う楽器を使っていた――。


「あ、アコースティックギター……!?」


 楽器を変えると激しい動きでズレた紙袋の隙間からニヤニヤと笑う小野大志の口元が覗く。

 もはや驚きで私も固まり、夜柳雫のシャッター音も途切れていた。





 






















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