紙袋の天災7



 あれから小野大志の顔が頭から離れない。

 それだけでも煩わしいというのに、ライブハウスに練習で顔を出すアイツと遭遇した時にはよっちゃんと仲直りをしているどころか、より親密になってぴったりとくっついているなんて異常事態が起きていた。

 そうされるのは双子の特権なのに!

 女の子に密着されても平然としている小野大志の態度もまた気に入らない。離れてよ、よく分からないけど気に入らないから!

 さらに悪い事は畳み掛ける。

 なんと私との対決によっちゃんまで動員してきたのだ。

 どこまでも人の地雷を踏み抜いて来る……!

 しかも、よっちゃんだけに飽き足らず沙耶香にまで魔の手を伸ばしていて、デートの約束までちゃっかり交わしている。

 腹立つ。

 腹立つ。

 腹立つ。

 そんな風に悶々と過ごしている内に、私たちはライブ当日を迎えていた。

 沙耶香ともう二人と共にライブハウスで最後の確認作業を行う。

 今日の勝負、歴然とした差を見せつけて小野大志の脳天気な顔を絶望一色に染めてやる。二度と生意気を言えないようにしてやるんだ。


「杏音。気合入ってるねー!」


「沙耶香こそ。いつも以上って感じ」


「それはだって、気になる男の子とのデートが懸かってるんだもん。杏音ちゃんほどの執念は無いけどさ」


「……私の動機って、やっぱり幼稚なのかな。小野大志は憎いけど」


「いつだって悪気が無いからね。いい子に育てられた幼稚園児がそのまま高校生になったみたいな性格だし」


「どんな性格!?」


「杏音も話せばわかるよ。悪い人じゃないでしょ」


「それは……」


 たしかに生粋の悪人ではない。

 物事を考える力が著しく足りていないだけで、他人の為に怒れる性格の持ち主だ。私の周囲にだってそういないだろう。

 この前の平沢憲武への謝罪を求めた時の態度を見るまでは、ただ単に考え無しに相手を貶す最低な人間という印象でしか無かった。

 だからこそ、未だに心の内で燻る小野大志への悪感情も、そんな自分を認めたくないと意固地になっているだけじゃないかって疑心暗鬼にも繋がっていた。


「まあ。過ぎた事だから勝負には勝ちにいかないと。……あれだけ啖呵を切ってたんだからさ?」


「……沙耶香が意地悪」


「杏音が突っ走り過ぎなだけだよ」


「そうかな」


「あ、来たっぽいよ」


 控室の扉が開き、四人組が入室する足音に私は振り返って――絶句した。


「さあ、今宵はブイブイ言わせようぜ!」


「そうだな憲武。今日はおまえのカスタネットが火を吹く時だな!」


「平沢はキーボードだろ」


「アンタたち、ちょっと黙ってホントに」


 入ってきた四人組に、私以外も困惑している。

 何故なら……その風貌があまりにも奇抜にすぎたからだ。

 先頭を歩くのは、おそらく平沢憲武。

 しかし、その顔は目と口の部分だけに穴を開けた黒頭巾という不審者の代表例もさながらの格好だった。

 次に小野大志。

 相変わらずの紙袋だが、服装がもはや布切れ同然のダメージジーンズである。もう言葉が見つからない。

 そして、おそらく矢村綺丞。

 おそらく、なのは顔が見えないからだ。…その頭に雄々しい一対の角を戴くトナカイの被り物で表情は窺えず、上背なのもあって怖い。

 そして最後によっちゃん……よっちゃん!?

 何故か、よっちゃんは裾にフリルをふんだんにあしらったメイド服を着用していた。真っ赤な顔を俯かせてひたすら可愛い……じゃなくて恥ずかしがっている。

 え、え?

 サーカスの一団?


「何で私はメイドなわけッ!?」


「よっちゃんにも個性を出したくて、綺丞と一緒に色々考えたんだけどな。綺丞がメイド衣装を激烈に推したからさ」


「……」


「止めろよ矢村!!」


「他にもウイルス感染三日目の頭が半壊したゾンビとか捕食する瞬間のクリオネとか寄生虫タイノエのオスの衣装も用意してたんだけどさ」


「他が最悪すぎるでしょ、ありがとう矢村! 大志は絶対許さないからね!?」


 よっちゃんが激怒し、小野大志に掴みかかっている。

 やめて、よっちゃん!

 その胸元の開いた今の状態で小野大志に密着しないで。男が喜ぶだけだから! ……いけない、私も鼻血が出てきてしまった。

 く、まさかライブで勝てないからってよっちゃんのメイド衣装でこちらを撹乱しようという卑劣な作戦に打って出るとは!


「お? あーちゃん、俺たち来たぜ!」


「ねえ、真面目に勝負する気あるの? 今日やるのはバンドによるライブであってサーカスじゃないんだけど? 頭大丈夫なの?」


「おいおい。そっちこそ大丈夫か? この格好のどこに不真面目さもサーカス要素もあるよ。 さては今日、調子が悪いな?」


 相変わらず母親のお腹の中にブレーキを残してきたような言動である。

 真面目に取り合うだけ、こちらのペースが崩されるだけだ。私と沙耶香以外なんて、もう会話に入りたくないのか一切こちらを見ないようにしている。


「安心しろよ。あーちゃん」


「……?」


「俺とよっちゃんと綺丞で、今夜しっかりあーちゃんを超えてやるぜ!」


「オレを忘れてんじゃねえ! オレとよっちゃんと矢村と大志で及第点を取るんだよ!」


「ふざけんな憲武! そんな低い志であーちゃん達に勝てるわけねえだろ!」


 なんだか漫才まで始まりだした。

 もう相手にしなくていいだろうか。


「いいか? あーちゃんのバンドってカッコいいんだからな。油断して俺グッズ買っちまうくらいカッコいいんだからな。――雫に捨てられたけど!」


「っ……」


 私は驚愕で思わず呼吸を止めた。

 またあの時のような真剣な声色で小野大志が私のバンドを称賛した。不意打ちで心臓が大きく跳ねる。

 わ、私のバンドのグッズを買っていたなんて意外だ。

 ま、まあちょっぴり嬉し……捨てたのは許さないけど!


「ふん。まあ、どれだけ吠えても私たちが勝つから」


「それは分からないぜ? 何せ、ウチのボーカルは俺が世界一愛した歌声の持ち主よっちゃんなんだからな」


「ちょっ、世界一愛してるとか急にやめてよ。危うく結婚まで思い描いちゃったじゃん……」


「よっちゃんを口説くな!!」


「口説いてないって。ありのまま愛してるって言っただけだろ」


 私と小野大志は至近距離で睨み合う。

 いや、紙袋で小野大志がどんな顔をしているか、睨んでいるかさえわからないけれども。

 反目する私たちの声が騒々しかったのか、疲れた様子で控室に入った店長に襟首を掴まれた。


「二人とも、そこまで。他の人達に迷惑だから」


「ご、ごめんなさい。だって小野大志が……」


「すみません。憲武が発情期だったので」


「オレは悪くないだろ!?」


「……平沢は年中発情期だろう」


「矢村テメェ!?」


 今度は私たちと関係ない平沢憲武と矢村綺丞が喧嘩を始めた。

 三秒で平沢憲武が関節技によって悲鳴を上げているが、あれは注意しなくていいのだろうか。


「とにかく――いざ尋常に勝負だ、あーちゃん!」


「覚悟しなよ、小野大志!」


 挑発的な態度の小野大志に、私も不敵に返す。

 ライブは、もうすぐだ。






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