紙袋の天災6
偽デートにて条件の通りに平沢憲武が連れてきた男は、体育祭で話したあの憎き男だった。
彼を利用してセッティングしたデートだけど、相手は上手く引っ掛かったようだ。
来た理由としては、おそらく街に伝わる平沢憲武の悪評からそもそも女の子が誘いを受ける事自体を罠だと考えて彼を守るべく同伴したか、それとも最近の噂通りに恋人作りの為にフラれる事が確定的な平沢憲武から私の興味を惹く動きに出たか。
どちらにせよ、自分に対する罠だとは思うまい。
何故なら、軽薄で生きる事を放棄していると揶揄されても仕方無い考え無しなのが会った瞬間に分かってしまった。
より扱いやすいと思うと同時に、こんな人間によっちゃんが弄ばれたのかと思うと益々憎しみの念が深まる。
憶えていないという態度によっちゃんは憤りながらも傷付いていた。
また、また私のよっちゃんを傷つけた。
しかもこの男、いつの間にかデートの途中でよっちゃんを巻き込んで私達と逸れるどころか勝手に帰るというあるまじき愚行に出た。
後で問い詰めれば、幼馴染に連行されたのだと聞くが、それにしたって間が抜けているにも程がある。
「あのさ、あーちゃん」
「どうしたの?」
「私って、そんな記憶に残らないほど印象薄いかな……」
デートがあったその晩、ふとした時によっちゃんが弱々しい声で尋ねてきた。
度を越した能天気さで、また私のよっちゃんを傷付けやがった。
もう容赦する余地など残されていない。
私は即座に平沢憲武を通じて、小野大志個人と話し合う場を設ける事にした。
そこで当初の予定通りに勝負を仕掛け、私たち姉妹の雪辱を果たす……つもりだった。
これだけ散々私たちの怨恨を感じ取っていながら、特に思い出そうと努める様子もないのであれば、よほど私たちに関心が無いと見える。
実際に私とよっちゃんはキミと因縁があると突き付けられても惚けた態度で流され、マイペースでいられるのは呆れを通り越して感心すらしてしまう。
ならば、私がすべきは小野大志が勝負に乗り出したくなる興味を惹く条件を突きつける事だ。
こう見えても、私はモテる。
よっちゃんは周囲の人を見る目が圧倒的に無いだけだと思うが性格の面で敬遠されているだけでルックスにおいてはバンド活動時代からそれ目的でライブに足を運ぶファンすらいた。
それと双子という至高の幸運に恵まれた身であり、且つ高校では優等生を振る舞っている私はよく異性から好意を寄せられては告白される機会が多いので嫌でも自覚している。
小野大志は現在恋人を募集している程に女に飢えている。
ならば。
「分かった。その勝負――断るッ!!」
「……は?」
曰く、幼馴染と期末テストで夏休みを賭けた勝負をするので余力は割けないとのこと。
更には幼馴染の髪の毛を取り戻す為に如何なる異性との約束事もが感じられているという意味不明にも程がある理由まで付け加えられた。
明らかに言い訳である。
そんな一言で嘘と分かる断り方までして勝負を避ける……否、勝負に関心すら抱かないなんて。
人が恨み辛みを打ち明けて各方面に根回しまでしてフィールドを整えた上で真剣勝負を申し込んでいるのに、のほほんとした笑顔できっぱり断りやがった。
ここまでマイペースな人間だと、一度通用しなかった手は執拗に迫ったって通る事は無い。ならば急いで他に提示できる条件を考えなくてはいけない。
何とか絞り出そうと思案している最中も勝ってしまったらとか明らかな煽り文句まで言ってきて苛立ちばかりが募る。
しかも、無関係な平沢憲武を呼んで場を搔き乱そうとしたので断ると。
「あーちゃん。受けるよ」
「ん? 何が?」
「勝負の話だよ」
急に何でだよ。
意味分かんないよ。
ただ、声色といい雰囲気といい、特に彼の表情が一変した。
険しくこちらを睨める顔に――なぜかゾクリと甘く背筋が震えた。
今のは一体……?
自分の体の反応に違和感を覚えながらも、どうやら勝負を受ける気になったらしい小野大志に密かに安堵する。
どうやら友人を利用された事が彼の逆鱗に触れてしまったらしく、勝負を受ける条件として平沢憲武への謝罪を求められた。
意外なことに、人の為に怒れるらしい。
それで、あんな顔……。
その後、私たちは後日ライブで対決する約束をして別れ、家に帰った。
我が家の玄関扉を開けて迎え入れてくれたよっちゃんが、私を見て小首を傾げる。
「あーちゃん、どしたの?」
「え? 何のこと?」
「いや、何か恋した乙女みたいな顔してるし」
「ふ、ふわぁっ!? そ、そんな顔してないし、そんな顔になるような恋なんてしてないよ!?」
「そ、そう?」
「まあ、大きなイベントと言えば……あったけど明日言うね?」
「そ、そう?」
よっちゃんは驚くだろうな、きっと。
私がよっちゃんをライブに呼んで、目の前で盛大に仇討ちしてやるんだ。
そして、もう一度よっちゃんをステージ上に立たせて上げるんだ。
「じゃ、私手洗ってくるね」
「あー、うん?」
通り過ぎる瞬間まで怪訝に顔を覗き込んでくるよっちゃんから視線を切り、帰宅後よ手洗いへと向かう。
因縁の相手との会話、勝負の持ちかけ、色々とやった後で少しだけ精神的に疲れた。
深い息を吐いて、再びあの憎きちゃらんぽらんな顔を思い浮かべる。
ふ、楽しみだ。
絶望のどん底へと叩き落としてあの顔が歪む様はこの世の何よりも爽快だろう。
きっと、あの舐めた態度からしても勝負の直前までどうせ呑気にやっているに違いない。
でも、たしか前にライブハウスの店長にライブ映像を見せてもらった時は悔しいけど素直に凄いと思った。
紙袋で見えないけど、ライブ中はあの下の顔は一体どうなっていたんだろう。
演奏自体は真剣そのものだし、もしかして今日の怒った時みたいに引き締まった感じの顔をして――。
「いやいや、まさか――へ?」
洗面台の前で手も洗わず考え耽っていたしていた私は、それだけはないと思考を切り上げて前に向き直った。
そこで、洗面台の鏡に映る自分の顔に驚かされた。
「にゃ、にゃにゃにゃにこの乙女な顔!?」
そこには、まるで赤く蕩けるような笑みを浮かべた
――おまけ――
「雫。節分だし、豆まきやろうぜ」
俺――小野大志が豆の入った袋を掲げて豆まきに誘うと、俺の好きなヒロインの登場する漫画を読んでいた雫が胡乱げな目でこちらを振り返る。
まるで塵芥を見るような慈愛の眼差しを向けるのは、きっと子どものようにはしゃぐ俺が愛らしく思えたからだろう。
照れるぜ、俺だって童心に帰って戻らない時だってあるんだぜ。
「部屋を汚すだけだから嫌」
「俺が食って掃除するから良いだろ」
「第一、二人きりでやって何が楽しいの? しかも去年なんて、私が投げた豆でアンタ気絶したの忘れた?」
「そんな事あったの?」
「忘れたのね」
雫がため息をついて漫画を閉じる。
一瞬見えたが、俺の好きなヒロインが最高に可愛い名シーンがあるページがぐしゃぐしゃだったのは見間違いだろうか。
「まさかと思うけど、また去年みたいに鬼役を片方が担当しないといけないの?」
「鬼がいないと始まらないしな」
「なら、今度は私が鬼役ね。またアンタが生死の境を彷徨っても怖いから」
「は? いくら鬼みたいだからって雫に豆なんて投げられるわけないだろ」
鬼みたいの部分で雫が手元の漫画を握りつぶした。
さよなら、俺のヒロイン。
「鬼みたい……?」
「どうした?」
「別に。それで、私だと豆が投げられない理由って何?」
「え? 雫って大事な人に痛い思いして欲しくないからな――かひゅっ?」
言い終えたと同時に、一瞬だけ高速で飛来する豆が見えた。
そして、鋭い衝撃を脳天に受けて俺は二年連続の節分失神を経験する事になった。
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