紙袋の天災5
私――夕薙杏音にとって悪人の基準は決まっている。
一つは、度を越して法律を遵守しない。
二つ目は、私の片割れ――よっちゃんを傷つけた人間だ。
私にとってのすべて。
よっちゃんは、いい子にしろと口うるさい大人の言の圧に負けて、常に言いなりだった私とは違い、逆境にも挫けず立ち向かっていた。
自覚するのは遅かったけど、容姿が良かった分だけ要らない注目を浴びていた私は男子からの好奇の感情に晒され、自身を見て欲しいがために気弱な私に悪戯を仕掛けてきた時もよっちゃんが庇ってくれていた。
よっちゃんが大好き。
よっちゃんが大好き。
中学でもそれは変わらなくて、よっちゃんは常に私の尊敬できる人間だった。
それが突然、変わってしまった。
「私、バンドは休んでしばらく受験頑張るからさ」
諦めを多分に含んだ声色で告げられた内容に私は唖然とした。
それから高校に合格した後も、バンドには消極的で昔のように強く輝いていたよっちゃんが鳴りを潜めてしまっていたのだ。
どうしてそうなったのかは、よっちゃんの元バンドメンバーに尋ねてすぐに理解したのだ。
ペーパーギター――小野大志。
私たちと同い年で、あらゆるジャンルに片足を突っ込んではそこで真剣に挑んでいた者を嘲笑うような好成績を叩き出しては飽きたと言って別の分野へと容易く転身する悪漢。
よっちゃんもその犠牲になったらしい。
自信を失くして弱ったよっちゃんを私は守りたいと思った。
再び立ち上がってくれるまで。
目の敵にされるよっちゃんの分まで親には優等生を演じて自分の発言力を高めた上でよっちゃんを擁護して双方の緩衝材になり、学校でよっちゃんに文句を言う教師や生徒には裏から攻撃して彼らの軽率な言動には制裁を加えた。
でも、小野大志に対して攻撃できた機会は無かった。
本来なら一番罰したい相手。
町中ではよく噂は聞くのに遭遇しない。
そんな私が小野大志を見つけたのは、バンドメンバーの学校で開かれた体育祭でのこと。
聞いていたとおりの野暮ったい眼鏡に締まりの無い情けない顔と意味不明で奇っ怪な言動。
聖志女子校の生徒と偽って話しかけてみたが、私の顔は記憶にも無かったそうだ。普段と髪型も違うし、二年前のよっちゃんとは雰囲気が違うけど顔は瓜二つな私に対して――憶えてない、と。
こいつ、あれだけ手酷いことをしておいてよっちゃんの事を微塵も記憶していなかったのだ。
「何でアンタ、落し穴に落ちてるの?」
「何か雫を慕う女子に、調子乗るなって落とされた」
「……そう」
「それより聞けよ、雫! 穴の中って意外と涼しいんだぜ? こっち来てみろよ」
「嫌。見苦しい事この上ない」
「おまえ、その発言は俺の為にこの穴を用意してくれた子たちに失礼だぞ」
「穴の底で天国みたいな思考してるところが凄いわね」
「ところで、そろそろ引き揚げてくれね? 穴の中って暑いんだな」
「手を出して。ほら、引っ張るよ」
「流石は雫。片腕で俺を軽く持ち上げるとは」
「少しは頑張って。私にすべて委ねて脱力するのやめなさい」
「でも暑くて力入らな……あ……何か意識遠のいてきて……雫、俺ここで終わりみたい……」
「うるさい。穴の底じゃなくて私の隣で死ね」
次に発見した時は何故か穴に落ちているところを夜柳雫に救出され、水を飲ませて貰いながら団扇で仰がれたりと甲斐甲斐しく介抱されていた。
いま文句を言っても届かないだろうし、日を改めようと考えた。
後に尾行なんかもして色々と情報を収集していたら、男子校に通っていると判明し、丁度良く開催されている体育祭にも偵察に行くと、やはりヤツはいた。
「何もしてない帰宅部のスポーツに対する飽くなき熱意を見せてやれ!」
よく分からない事を口走る小野大志を筆頭にして、グラウンドに男たちの重なった足音が轟いている。
しかし、観察しているとただのお馬鹿さんではない事が分かる。
怪我が絶えないそうだが運動神経は良いようで、運動部にすら引けを取らない。
一緒に見に来た沙耶香がメロメロになっていたけど、私からすればグラウンドの中央にてこの世のどんな言語にも当てはまらないような奇声で叫んでいる男に魅力が感じられない。
やはり、もっと直接話すべきか。
そう思っていた時だった。
「あ、あのっ! よかったら俺とデートしませんか!?」
後ろからかかった声とその顔に、私はある作戦を思いついた。
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