燃えよ、新たな闘志!!



 とある日の夕方である。

 俺と憲武が駅前の支柱の側で待機していると、改札を通って綺丞とよっちゃんが現れた。

 隣町組の到着である。

 ギターケースを背負ったよっちゃんは緊張した顔つきだったが、俺達を見つけるなりほっとした顔になる。


「よかったー。アンタなら当日に事故とかで遅刻とかありそうだったから不安だったんだよ」


「失礼な。俺はそこまで心配される人間じゃない……な、憲武?」


「三回も走ってくる車のサイドミラーにキスしそうだったヤツが何言ってんだボケナスビ」


 憲武も緊張のあまり気が立っている。

 綺丞はいつものように冷静であり、そのクールな立ち居姿にそこかしこで彼を話題にしているであろう女性のひそひそ話をする声が聞こえる。

 さて、俺はというと出かける前に雫特製のクロワッサンを四個も食べてきたお陰で満腹であり、少し眠い。


「それにしても、大志は本当にその格好で行くのか?」


「おうよ」


 憲武が眉を顰めて俺の服装を眺めている。

 前面にドアップで鳴いているヒクイドリの顔がプリントされたシャツと、雫曰くダメージジーンズと呼ぶ膝から下の裾が破れて短パンみたいになったストレッチジーンズである。

 なかなか前衛的なファッション、見た目からも魅せていくスタイル。

 俺が誇らしげに胸を張ると、憲武の手が優しく肩に置かれた。


「今度、一緒に服を買いに行こうな?」


「マジ? じゃあ憲武以外と行く!」


「張っ倒して連れてくぞワレェ」


 血の気の多い憲武はさておき、俺の服装によっちゃんも綺丞も注目している。

 ふ、仲間内から魅了してしまったらしい。適当に選んだだけで、俺には何が良いかさっぱり分からないけど。


「アンタ、それに紙袋を被るんでしょ?」


「……隣に立ちたくないな」


「綺丞。そんな不安にならなくても、俺の隣に堂々と立てるよう綺丞用の新装備を持ってきてあるからな」


「なん、だと……?」


 トナカイの被り物は用意してあるが、渡すのは目的地に着いてからだ。

 俺のサプライズに驚いてくれたようで、見開いた目からは拒絶の色が滲んでいる。


「ともかく今日が決戦の日だな」


「ね」


「しかしよ、大志。本当に一週間では用意できたのか?」


「アンプロブレム。抜かりはない。今日のライブで最高にイカしたやつをカマしてやるさ」


「ノープロブレムな? もう不安しかねえ」


 そう、今日はライブ当日だ。

 練習を頑張り続けて一ヶ月近く、遂に俺達の努力の成果を皆々様にお見せする時が来たのであります。

 雫も撮影用のカメラを取り出して来る気満々だった。

 扇っちや花ちゃんも遅れて来るという連絡は来ているので、観客の中に知り合いが何人か居るかもしれないけど紙袋で見えないだろうから知ったこっちゃない。

 俺は俺のイリュージョンに全力を注ぐだけさ。パフォーマンスだっけ?


「大丈夫。俺たちなら観客を盛り上げられる!」


「そうだな。あーちゃん達に絶対勝つぞ!」


「ん? ……あ、そっか。あーちゃんと勝負するんだったな」


 すっかり忘れていた。

 ここ一週間が特に忙しくて楽しかった所為もある。本来の目的はあーちゃんに勝つ事なのだ。

 ライブを楽しむ事しか頭になかったぜ。

 そんな俺の反応に、三人がジト目で俺を睨みつける。


「おいおい。いよいよ不安だぞ」


「…………」


「まあ、負けても大志と一生遊べるから私は別にいいけどさ」


「えー忘れてたのそんなに悪いか? 四人で楽しい思い出作るのが一番なのによ」


 心外な反応に俺が小さく反論すると、さっきまであんなに怪訝な顔で俺をガン見していた三人が目を合わせてくれない。


「よ、よくそんな恥ずかしいセリフが真顔で言えたもんだぜ」


「や、やめてよ急に。私の心臓うるさっ」


「……ふん」


 三者三様のリアクションに、ここまで揃っていないとなるとライブでの連携に不安を感じてしまう。

 切実に本番では頼むぞ、三人とも。

 あーちゃんに勝つためには、俺達それぞれが発揮できる全力を掛け算して四で割って生まれる力を観客とあーちゃんにぶつけなくてはいけないのだから。


「さて。そろそろ行くか」


「そうだね」


「っしゃ。それじゃ矢村、大志、よっちゃん、気合い入れて円陣とか組もうぜ!」


「ライブハウスでやれ」


 先に歩き出した綺丞に続いてライブハウスへと向かう。

 さあ、始まるぜ……最高の夜が!!

 来る決戦に意気込んで歩く俺だったが、前を行く綺丞が手を横に出して先を阻む。

 何事かと綺丞の背中から顔を出して前方の様子を窺う。

 すると、そこには三人の女子が立っていた。

 うん、誰だ。

 どうやら憲武やよっちゃんは知っているようで、驚いて固まっている。


「どうした?」


「大志は……ってそうか、紙袋で顔見てないから憶えてないか。ほら、この前ライブハウスで絡んできたよっちゃんの元バンドメンバーだよ」


「俺の顎にイイやつくれた人?」


「どんな憶え方だよ」


 どうやら先日、よっちゃんを包囲して俺とバンドを組む事を断固拒否していた人たちのようだ。

 よっちゃんとバンドを組んでいた――すなわち俺が尊敬して止まず、知らない間に解散してしまったバンドのメンバー。

 しまった。

 前回に続いてサイン用の色紙を用意していない。


「駅で会うなんて偶然だな」


「いや、こっちを睨んで仁王立ちしてるぞ。明らかに待ち構えてましたって感じだけど」


 ひそひそと綺丞の背後で話す俺と憲武の横を過ぎて、よっちゃんは綺丞より前に躍り出た。

 四人は元バンドメンバーとは思えない眼光の鋭さで睨み合っている。


「吉能。行かせないよ」


「はあ? 何言ってんの」


「本気でソイツとバンドやるの?」


「勿論。今回だけだし、練習もしたんだからやらないと。それに今日ライブする原因はあーちゃんの件に巻き込まれちゃったからで大志に非は無い」


「……経緯がどうであれ、ソイツの能天気に吉能をバンドに誘う無神経さが許せない」


 一人がよっちゃんから俺へと視線を映す。

 ご無沙汰ですと手を振ると余計に相手の顔が険しくなった。


「アンタ、どうせ知らないんでしょ。あたし達がどうしてバンドを解散したか」


「うん」


「ちょっと! 大志にそれは言うなって――」


「あの日、ライブでアンタがあたし達以上にあたし達の曲をやった所為でみんなが落ち込んで、いつ何やってもペーパーギターはどうだとか言われて苦しくなって皆が辞めたんだよ!」


 怒鳴り声で告げられた内容は、俺が原因でバンドが解散してしまったという悲痛な叫びだった。

 彼女の訴えを皮切りに、隣で睨んでいただけだったメンバーの二人も目に薄っすらと涙を溜めて震えだす。

 駅前で展開された修羅場に、ちらりと俺はよっちゃんの顔を盗み見た……うん、前に立つ綺丞の後頭部しか見えん。


「あたし達が地道に積み上げてきた物をさ、たった一ヶ月かそこいらの努力で超えて、しかもあたし達が必死に育んでファンから集めた人気だって踏み台にされた……!」


「何だって……!?」


「それで吉能だってバンドに消極的になって、その裏であたし達はいつもペーパーギターについて尋ねられて……ほんとに苦しかった! 好きだったバンドが嫌いになりそうになった!」


「そうなのか!」


「店長に聞いたよ。あたし達にあんな事しておいて、今回もあたし達の曲を弾くんでしょ? 厚顔無恥って言葉知らないの!?」


「勿論知りません! 今日は大好きな曲の数々、精一杯やらせて頂きます!」


「さっきからちょっとは神妙にしろよ喧嘩売ってんの!?」


 真面目に聞いて、素直な感情を示していたら更に怒られてしまった。

 リスペクトしていたバンドが、まさか俺のライブが原因で大ダメージを受けていたという話を聞かされてショック以外の言葉が幾つかある。

 俺の態度が気に食わなかったのか涙を堪えていた一人が走って掴みかかろうとしてきた。

 その手が俺の襟にかかる直前に、横から伸びた綺丞の腕がそれを華麗に絡め取って関節技で拘束した。


「いいいたたたたたたた!?」


「事情については申し訳無く思うが、暴力だけは看過しない」


「じ、女子の腕を捻るなぁ!」


「危険に男も女も関係ない」


 悲鳴を上げる女子に容赦なく綺丞は技をかけ続ける。

 流れるような動きで攻撃前に女子を拘束したのは見事だが、いつそんな関節技なんて修得したんだろうか。


「綺丞って格闘技やってたの?」


「中学時代から、こういう風に無自覚に誰かを怒らせるオマエが攻撃された時に守れるよう本で学んだ」


「そっか。いつもありがとな」


 綺丞の腕の中で涙目になりながらも俺への敵意を絶やさない女子。

 喧嘩を売ったつもりはないが、相手が不快に思えたのなら謝罪すべきなのだろう。

 よっちゃんのバンドがそれだけ俺を理由に苦しんで、その末に泣く泣く好きな事を諦めて解散してしまったのならば尚更だ。

 俺は雫や周りの人間が助けてくれるから、好きな事を気が済むまでやっても咎められないし、誰かの手で諦めさせるなんて経験をした事が無いから彼女らの気持ちは分からな……あれ?


「大志?」


 様子を訝しんで俺を呼ぶよっちゃんの声がするが、それよりも先に胸の中に湧いた違和感に思考が集中する。

 好きな事を誰かに妨害された、だって?

 それってまるで最近の……。


「最近の俺じゃないか!?」


「え、何の話?」


 俺はよっちゃんの元バンドメンバーの顔を見回す。

 そうか、そうだったのか!

 平手打ちされたり、ライブハウスに行くのを阻まれたり、また手を上げられそうになっても彼らを憎めないどころか好きな気持ちが消えない理由が分かった。


「今までごめんなさい!」


 俺は睨んでくる三人に頭を下げる。


「俺が理由で色々と迷惑をかけてしまって、しかもよっちゃんに至っては余計にしんどい思いさせたよな」


「ちょ、大志?」


「君たちの気持ちがやっと分かったよ……俺も今は恋人作りってブームが来てるのに、それを容赦なく幼馴染に邪魔されて内心むしゃくしゃしてたんだけど、この気持ちだったんだな!?」


「分かってないでしょアンタ」


 そうか、彼女らは同志だったのだ。

 好きな事を断念させられ、自分たちの屍の上で楽しんでいる連中が許せない。

 彼女らにおける俺、そして俺にとっての雫。

 俺も雫の髪が原因で今恋人作りを止めているのに、雫は毎日を優雅に過ごしている。誰のせいでこんな事になっているか素知らぬ顔で、だ。

 雫は俺の態度次第で髪を伸ばさないと宣っており、最低三ヶ月で再開と見ていたが、場合によっては永遠に恋人作りができない。

 そんな中でバンド対決とかテスト勉強だとか好きでもない事が連続して起こる日々……。


 俺は綺丞に関節技をキメられている女子の肩に手を置いた。


「君たちの分の悔しさも、今回の演奏に乗せて最高のライブをやるから是非見に来てくれ」


「は? ちょ、何言って」


「そして君たちの曲は、今なお現役のあーちゃん達にすら勝る物だって事を……諦めてしまった俺達をさしおいて人生を謳歌している連中に見せつけてやろう!」


 そうだ。

 この悔しさを呑気に録画カメラを回してライブを観ているであろう雫にもぶつけてやる。

 花ちゃんとの遊びの約束やその他諸々の俺を奮い立たせていた理由の全部を合わせても足りない熱量で新たに生まれた闘志が燃え上がる。 

 やる気に満ち溢れた俺を、何故かその場の全員どころか話を見守っていたであろう周辺の部外者までもが呆れた目で俺を見ていた。


「……どした?」


「いや、アンタってほんとに」


「真面目に相手にするのがバカバカしいというか」


「変わらない……」


 味方である三人からも散々な言われようだ。

 ライブ前でここまで志が揃わないと、いよいよ今日のパフォーマンスであーちゃん達に負けるかもしれない。


「……そこまで言うなら、ライブは観に行く」


 綺丞に拘束されていた女子が呻くように呟いた。


「それでもし、もしも悲惨なライブしたら今度こそ殴るから」


「来てくれるの? じゃあ、ライブ成功したらサイン頂戴。俺もファンだから」


「認めたわけじゃないから馴れ馴れしくすんなぁいだだだだだだいい加減に放せーー!!」


 どうやらこの場で攻撃はやめて、一先ずライブの結果に判断を委ねる方針を決めたよっちゃんの元バンドメンバーたちは、綺丞から解放された一人を支えながら先にライブハウスへと向かって行く。

 ふらふらと頼りない足取りで去る三人を見送ると、よっちゃんが大きなため息をついた。


「あーあ。あーちゃんとの対決なのに、赤依沙耶香との件といい、さっきのもそうだけど一度に何個も勝負の約束作りすぎ」


「勝てばいいんだって」


「負けたらどうすんの」


「その時は三発歯を食いしばって攻撃に堪えるだけで、あとはよっちゃんの小間使いして沙耶香とデートして雫に怒られるだけだから」


「そのうち死ぬぞ、おまえ」


 たしかに、負けた時の犠牲は大きい。

 だが、そんな物は関係ない。

 今日のライブに対して、さらにモチベーションを上げて挑めるのだから必要な犠牲だと受け取れる。

 見ているよ、雫……と観客とよっちゃんの元バンドメンバーとあーちゃんと扇っちと花ちゃん……!


「さあ行くぞ、みんなが待ってる!」


「はいはい」


「どうなっても知らん」


「ま、やるだけだろ」















 





 

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