魅せ方を見つけたぜ!
ライブまで残り一週間を切った。
俺も遂にかつての技量を取り戻し、これからが俺たちにとっての本当の戦いになる。
現在もスタジオ練習の真っ最中で、キリが良いので休憩を取っていた。
憲武はキーボードに突っ伏し、綺丞はドラムスティックで延々とペン回しをして遊び、よっちゃんは俺の胡座の上に座っている。
うむ、よい緊張感だ……!
「ねえ、大志。ほんとに演奏するのは私のバンドの曲でいくの?」
「当たり前じゃん。俺それとシカゴ・ブルースもどきしか弾けないからな!」
「無駄に変な特技増えてる……」
俺の胸に寄りかかって首元でため息をつくよっちゃんは、きっと複雑な心境なのだ。
理由は不明だが、色々と問題があって解散したバンドの曲を再び演奏、しかもよっちゃんはボーカルなので思い出したくない物まで想起してしまうのかもしれない。
だから若干乗り気ではないのだ。
「まあ、俺が大好きだからやりたいだけ。よっちゃんが他にやりたい曲あるなら――」
「大志が大好きならやってやる」
「そっか。助かるわ」
目をギラギラと輝かせるよっちゃんからは並々ならぬ覚悟を感じる。
俺もそれに応えて、もっと練り上げないとな。
さて、俺とよっちゃんはライブに臨む熱量も充分なのだが、残る二人はどうなのだろう。
クールな綺丞は、動機としては俺がやるからやるという本人の意思が弱い物だった。
果たして俺達に付いて来れるかどうかは疑問である。
「綺丞。やる気とかはどう?」
「やる気は無い……が」
「が?」
「扇がライブの事を嗅ぎつけて楽しみにしている。だから全力は出すつもりだ」
「おお。流石はお兄ちゃん」
相変わらず扇っちが関わると強くなる男だ。
俺に妹はいないが、妹のような存在である雫がいる。雫にはクオリティの高い物を披露したい、という気持ちがあるから実に共感できるぜ。
でも、雫は何をやっても俺以上の技を披露するんだけどな。
三年前だって、三日間も練習を重ねて頭の上で独楽を回して見せる技を会得して目の前で見せたら、その場で雫は足の爪先で独楽を回してしまったのだ。
まぐれかと思ったら、次は立てた人差し指の上で独楽を回していた。
うん、勝てる気がしない。
だから、ギターがどれだけ上手くなっても雫が本気を出したら意味が無い。
俺にできて雫にできない事、何だろう……。
「あ、憲武を忘れてた」
話が脱線してしまった。
雫は今どうでもいいのである。
綺丞のやる気は伝わったから、後は憲武のモチベーションがどうなっているかを確認したい。
俺に近づく為だけに自分を利用したあーちゃんとの対決、心の傷もまだ癒えていない状態で全力を発揮できるのだろうか。
「憲武。やる気の方はどうだ?」
「あるに決まってんだろ。勝ったらあーちゃんとデートできるんだぞ?」
「ほーん。そっか」
「それに」
「それに?」
「負けたらオマエは生涯吉能さんの小間使い兼夜柳様の未来の夫になり、更には赤依さんとデートなんて羨ましい事態になる……それだけは絶ッッッッ対に許さん!!!!」
「え。負けたら大志って一生私といてくれんの?」
よっちゃんが目をキラキラさせ始めた。
何で負けた時の方が魅力に感じているのだろうか。
俺は雫一人で手一杯なので、他の人間と生涯に亘るような密接な関係は遠慮したい。
「とりあえず、俺も憲武も綺丞もよっちゃんもやる気は十分か」
「そうだね」
「問題は、あーちゃんの方だな」
「家とかで見ると殺る気は十分って感じだけど。勉強机の上にシャーペンで何度も刺した大志の名前を書いた紙があったし」
「へー」
あーちゃんも気合が入っているな。
赤依沙耶香は毎晩のようにメッセージを送ってきており、勝った時のデートでやりたい事は何かと意見を求めてくるなど気の早い子だ。
そういえば雫にそれを話したら。
『そう。じゃあ、そのやりたい事を全部私とやればいい。その女には勝負で勝って』
『沙耶香とやりたい事だから、雫としても意味が無いんだけど』
『大志の生涯において何事も初めての経験は私。そして最高の思い出も私として刻むつもりだから』
『ほへぇ、雫はカッコいいな。でも雫、俺と山で熊と戦いたい?』
『赤依沙耶香に何させるつもりだったのよ』
という会話があった。
沙耶香には申し訳ないが、俺も負けるつもりは無いので熊との戦いや津軽海峡をバタフライで渡るのは雫とする事になりそうだ。
よっちゃんのバンドは四人であり、配役としても丁度良く揃っているので、二年前の綺丞とやった二人だけの時よりは再現度が高くなっている筈だから負ける気はしない。
それでも、動画で見たあーちゃんのバンドもまた強敵だ。
ライブ中のあーちゃんは、観ているだけで惹き込まれる感覚がある。
俺達には、それがあるだろうか。
技術面で勝っていても、憲武が言っていたように勝敗を決する為の判断基準が観客の盛り上がり具合だとすると人を魅せる力の強いあーちゃんのバンドが強い。
俺達に不足した重要な物は……魅力か。
「大志。どしたの?」
「いや、どうやって観客を盛り上げるべきかと」
「ペーパーギターとダークホーンの再臨だけで充分過ぎると思うけど」
「ダークホーンって何だ?」
「矢村綺丞の異名」
「……俺はもうシカはやらない」
わかってるよ、綺丞。
シカが嫌だろうからトナカイの物を準備している。
邪悪な印象のあるダークホーンじゃなくて、聞いただけで癒やされるような感じになるホーリーホーンにしてやるぜ。
「仮装はもうやってるからな……他の魅せ方か」
「折角仮装してるなら劇とかやるか?」
「却下。私のバンドの曲やるなら、それに合った世界観の物にしないといけないし、その為に台本も作って、さらに台詞と立ち回りも覚えて練習しなきゃいけないの一週間じゃハード過ぎるでしょ」
「そうだよなぁ……」
「そうそう。既にやれる事で工夫するならまだしも――」
その時、よっちゃんの言葉にピンと来た。
既に、できる事――?
「そうか……!」
「え、何?」
「よっちゃん、ありがとう!」
俺の膝の上で小首を傾げるよっちゃんを抱き締めて最大限の感謝を伝える。
そうかそうか、その手があったか。
何か改革を始めなくてはとバンドメンバーを増やし、バンドを頑張る為の理由を作ったりと新しい事に執着していたが、元からある物を利用するという発想は無かった。
俺にはまだ、とっておきの武器があるじゃないか。
「よっちゃん、憲武、綺丞」
「え、何?」
「三人は、気にせずそのまま自分のパートに集中してくれ。何があっても俺がみんなに合わせるから」
「……まさか」
綺丞だけは気付いたようだ。
俺はにやりと笑って、隣の綺丞の胸に拳を置く。
流石は親友、まさに以心伝心だ。
「……おまえができるというなら、信じるだけだ」
「任せとけって」
「ねえ。二年前もそうだけど二人だけ通じてる感じ出すのやめてくれない?私だって今回は一緒にやる側なんだけど」
「そうだぞ。観客相手ならまだしも、俺たちにまでサプライズとかされたら混乱して手元が狂うからな」
よっちゃんと憲武に睨まれてしまった。
気にせず自分のパートを頑張ってくれと言ったのに、これでは納得がいかないようだ。
仕方無いので、俺は思いついてこれから実行しようとした事を打ち明ける。
すると、二人は呆れ笑いをこぼした。
「アンタらしいっちゃらしいけど」
「まあ、ビックリショーにはなりそうだな。俺と矢村と夕薙さんは混乱しないように頑張るだけだ」
二人も納得してくれたようなので、もう止まる理由は無い。
「っしゃ、残り一週間やりきってやるぜ」
あーちゃんに対抗する俺なりの魅せ方を見つけた事で、もう不足はない!
俺は方針を新たに定め、一週間後に向けて気合を入れ直すのだった……あとは雫のパンだけだな。
――――――――――
新作ラブコメ『俺以外の恋が実った教室で知らない恋人ができた』を投稿しました。
作風は全然?違いますが、暇潰しに是非。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます