五章「双星、現る!」後編
次回に期待だな
真夏の日差しに炙られた道を歩きながら、俺は今日のテストにおける手応えに不満を抱いていた。
隣では、朝から感情を失ったロボットのように真顔の憲武が歩いており、今この俺の心境を共有するのは難しそうだ。
あれだけバンド練習に打ち込んでいたし、前回のテストに比べれば勉強量は少ないと言える。
それなのに――分からない所が無かったのだ!
テストに歯応えを感じない!
今回は雫のマンツーマン指導以外に何も努力なんてしていないんだぞ。そう易易と解けるテストがあってたまるかッ!!
「まさか、スラスラ解ける事で苛立つテストがこの世にあるなんてな……!」
「オレは何も解けなかった。眼の前の景色みたいに、答案用紙も真っ白だった……」
「憲武。おまえ、もう目が……!」
感情どころか視覚も失っていたようだ。
憲武は前回もかなり先生に口煩く注意されていたので、いよいよ学年末考査までに取る赤点を減らさなければ進級も危うい。
見捨てるのも可哀相だから、今度は友達の誼で雫の家に招いて勉強会を開こう……俺の家では駄目らしいので。
俺もバンド練習に専心して勉強していなかったら、憲武と真に分かり合えたのだろうか。
そういえば、今回もまたテストの点数勝負を仕掛けてきた生徒会の……庶務である細川某だったが、学校掲示板に生徒会を辞任するという旨の報せがあった。
きっと、また彼も赤点を獲得したのだ。
うん、これが自然の摂理。
今まで俺達を導いてくれてありがとう。
さて、何はともあれテストは終えた。
俺達はいよいよ、ライブまでの残り少ない練習期間に全力を注げる。
また連絡先が消えていた花ちゃんだが、きっとライブ後に遊ぶ約束までは消えていないと思うのでやる気が漲ってくる。
「なあ、大志。ずっと気になってたんだけどさ」
「何だよ?」
「バンド勝負って、何を基準に勝ち敗けを決めるんだ?」
「おいおい。そんな事も分からず練習してたのかよ。俺だって今初めてその問題に気付いたぜ?」
「小馬鹿にしてるようで同類じゃねえか」
たしかにそうだな。
明確に勝利条件というのものを俺は把握していない。あーちゃんこと夕薙杏音から持ちかけられた勝負だが、一体何を競って勝ち負けを見定めるのか。
「憲武は何だと思う?」
「やっぱり、客の盛り上がりとかじゃねえか? それぐらいしか、違いって分からねえだろ」
「あのなぁ。ライブには雫だって来るんだぞ。観客なんてずっと興奮してるから俺たち全く関係無いぜ?」
「あー、そうかもな。……えっ、夜柳様来てくれるの?」
憲武も鼻息を荒くして興奮し始めた。
雫なんて俺が居る場所なら居るだろう。
家の中だけでなく、外部だって自分の手が届くのならお世話をしたくなる趣味に耽溺している末恐ろしい幼馴染だ。
いつか過労で倒れるのではないかと心配になって注意したのだが……。
『雫。いつもありがとうな』
『急に何……不気味だからやめて。何を企んでるの?』
『え。いや、単にいつも助かってる大好きだぞって話してるんだぞ?』
『はあ……。日本の法律だと学生婚は厳しいんだけど。そうやってこっちの心を掻き乱すの本当にムカつく』
『いつも俺の世話ばかりだから、本当に疲れたら休んでくれよ。俺のライブとかも来なくて良いんだし』
『行かないとまた蝿が調子に乗るでしょ。……まさかそれが狙いで甘言を垂れ流してた? なら、もうその舌は要らないって事でいいよね?』
終始話が通じない子である。
あれでまたどうせテスト結果は学年一位を取るんだ。
この世は実に理不尽である。
俺と雫は、一体何が違うというのだ。
食べる物も過ごしてきた時間も一緒なのに、見た目も性格も指の長さも何もかもが違う。
やれやれ、神様という存在がいるのなら悲しい不平等があったものだと嘆きたい。
「まあ、ライブハウスに着いたし。俺たちじゃ考えても分からないから店長とかに訊こうぜ」
「おお。大志にしては冴えた考えだな」
「ふっ。伊達に今回のテストがスラスラ解けた人間じゃないって事よ」
「ソウダネ」
先ほどまで血色と感情を取り戻しつつあった憲武が、また真っ白になって無表情に変わる。
リアクションが面白いから、今日一日はテストという単語で憲武を遊ぼう。
俺は残酷な決断を下しつつ、いつものように紙袋を装着して開店前のライブハウスの扉を開けて中へ入る。
ライブフロアまで行くと、ステージ前で唸っている店長の声が聞こえた。
「店長。どうしたんですか?」
「ん、ああごめんね。あからさまに悩んでるように見えたかな?」
「いえ。何も見えてません」
「そうだったね。……大志くん、吉能がバンドを辞めた理由は知ってる?」
「知りませんね。それがどうかしたんですか?」
「いや、その実は――」
「何であんなヤツとバンドなんか組んだの!!?」
突如として奥の方から響いた怒鳴り声に店長の声が遮られる。
やけに元気のいい子がいるみたいだ。
さては、俺のように勝ち負けによっては大事な物を失う勝負を控えてバンド練習に精を出している同志だな?
俺は声のした方へと歩いた。いてっ、躓いちゃった。
声がするのはスタジオの方で、憲武と一緒にわずかに扉を開いて中の様子を窺う。
「別に……今回だけ。あーちゃんを止める為に仕方無く組んだだけだから」
「アイツの所為で、あたし等がどれだけ惨めな思いしたか分かってる!?」
「……小野大志に悪意は無い。私たちが勝手に挫けただけだよ」
「何であんなヤツ庇うの!?」
声からして、複数人で夕薙吉能――よっちゃんを囲んで責めているらしい。
小野大志という単語が出てきたが、もしかして俺についての話題だろうか。父さんと母さんが三時間かけて一生懸命考えて付けてくれた名前なのでもっと優しく呼んで欲しい。
「憲武。いま俺たちって出た方がいい?」
「ああ。今日のオマエは調子に乗ってるから出て行って針の筵にされちまえ」
「針の……何?」
「そんな事も分からねえのかよ。だから針の筵ってのは……何だっけ」
二人で日本語が難しくてうんうん唸っていると、ふとスタジオが静かになっている事に気付いた。
隣では憲武が「あ、ヤベ」と何やら変な声を漏らしている。何も見えないから、俺には状況が分からないので説明して欲しい。
「紙袋……小野大志!」
「ん、どーも?」
「よくもノコノコとあたし等の前に姿を現せたね……!?」
「勿論。スタジオじゃないと練習できないし」
俺の返答が気に入らなかったのか、声の主と思しき人間に胸倉を掴み上げられた。
危険な空気を感じ取って、憲武が慌てて俺の後ろから前に躍り出たのを感じる。
「お、落ち着けって。コイツは多少考える力が乏しいだけで、別に君等を煽ったわけじゃないんだって!」
「変態で有名な平沢憲武もいるなんて……吉能、正気?」
「おい! 俺を変態って呼んでもいいけど、一緒にいる夕薙さんまで変な目で見るな! 悪いのは俺たちを勧誘した大志だから!」
憲武、俺を庇っているようで掌返しが速い。
まるで達人の御業である。
流石は今回のキーボード担当、期待が膨らむぜ。
さて、憲武が勇気を出して弁明してくれているようだし、俺一人だけ黙っているなんてそんな事は許されない。
俺は胸倉を掴む手に自分のそれを添える。
「そういう事だ。文句なら俺がバンドを組む原因になったあーちゃんに言ってくれ。そして俺がよっちゃんを誘ったのは神の悪戯だから神に文句を言ってくれ」
「オマエも責任転嫁するんかい」
うるさいぞ、憲武。
「……ふざけるな!!」
ばしんと紙袋の上から平手で叩かれた。
ふ、残念だったな。
頬を打ちたかったのだろうが、今のは俺の顎だ!
それに雫の打擲にいつも耐えられる俺に効くとでも思わないで欲しい。だから足が震える程度で全くダメージは入っていない。
「っ、大志に何してんの!? 今のは流石に許さないから!」
よっちゃんが俺に平手打ちをした人に怒鳴る。
俺の前で二人による喧嘩が始まってしまった。
どうしたものかと悩んでいると、後ろから肩を叩かれる。
この手の大きさは、店長だ。
「喧嘩するなら他所でやって。ここで練習したい人が沢山いるんだから」
店長の一声にその場が静まり返る。
やがて、一人ずつスタジオを出ていく足音がした。途中、弾かれるような強さで誰かと肩が強烈に擦れ合った。
ううん、騒がしい一幕であったな。
「ごめんな。大志」
よっちゃんが俺を抱きしめながら謝罪した。
俺としては何も気にしていないが、それよりも最近やたらと雫がよっちゃんの匂いに敏感だから、あまりくっつかれるとまた帰った後で乱暴に風呂場に叩き込まれるので勘弁して欲しい。
「それで、あの人たちは?」
「……私の元バンドメンバー。色々あって解散したんだけど、大志を目の敵にしてるみたいで」
「へー」
「でも気にしないで。一応何かあったら私に連絡して。絶対に守るから」
「了解。気にしないでおくよ」
「じゃ、練習始めよ」
ぱっとよっちゃんは俺から離れた。
「大志。今着いた」
「おお、来たか綺丞。早く練習しようぜ」
「ああ。分かっ――!?」
今しがた到着した綺丞が急に固まる。
そして、ずかずかと素早く歩み寄って来る足音がして俺の紙袋が強引に取り払われた。
開けた視界には、至近距離で俺を見る綺丞。
彼は俺の顎に触れて何かを調べているようだ。
「大志、誰にやられた?」
「何で紙袋の上からでも分かるんだよ……矢村も大概だな」
憲武が呆れている理由は不明だが、俺が打たれた事を察してくれたらしい。
やっぱり親友ってのは、言葉にせずとも意思や情報が伝わる特別な繋がりがあるのだろう。
「大丈夫。顎にいい一撃が入っただけだって」
「……夜柳に連絡するか?」
「死人が出るからやめろォ!?」
本当に憲武が喧しいが、顎の痛みは大した事は無いので気にしない。
それよりも、四人が揃ったので練習がしたいのだ。
「ま。俺の怪我は良いから練習しようぜ。残りわずか、ここからが仕上げだ!」
俺がそう言うと、不承不承といった様子で綺丞は俺に紙袋を装着し直した。
うん、やっぱり落ち着く。
俺と綺丞、よっちゃんと憲武は改めて楽器を手にして練習を開始した。
全員が集中して取り組んでいるようだが、俺はギターを掻き鳴らしながら、さっきの出来事について考えてしまう。
気にするなとは言われたが、あのスタジオを騒がせていた面子……解散したバンドのメンバーという事は俺の大好きなあの曲を奏でていた偉人という事になる。
可能ならサインが欲しかった。
「次回に期待だな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます