短編「年越し」
俺は炬燵に入りながらテレビを視聴する。
画面には、全国各地の神社が除夜の鐘を待つ大勢の人で賑わう光景が中継されている。
雫は人集りが煩わしいからと断るし、そもそも補導される時間帯だから行くなときつく言われてしまったので仕方無く家で新年を迎える態勢だ。
今年一年は色々あったもんな。
何せ高校生になった年である。
他には……えーと……あれ、色々あったかな?普通に毎年通り幼馴染と過ごしていただけの味気ない幸せを噛み締めていた気がする。
「俺も除夜の鐘、鳴らしたいなぁ」
「大志。年越し蕎麦できた」
「お。毎年の楽しみが来た」
雫から椀を受け取り、残り二分で訪れる新たな年に備えた。
立ち昇る湯気と触れた椀から伝わる温もりに力が抜けて、危うく眠りそうになる。
「何か、あと二分も起きてられるか不安になってきた」
「駄目。私と明けましておめでとうを交換するまでは起きてて」
「雫って、毎年それに拘るよな」
「私の中では、これを死ぬまで毎年やるのが決まりなの。勿論、大志もね」
「雫が死んだらやらなくていいの?」
「私の死後も仏壇か墓の前で毎年やって。死んでもアンタに憑いてやるから」
「お。そうなったらポルターガイストってやつやってくれよ。人生で一度はそういうの見てみたいんだよ」
雫は大袈裟なため息をついて俺を睨む。
炬燵の中で足を絡めて来たが、がっちりと逃がすまじという強固な意思を感じるほどに拘束力が強くて関節がキマっている。
そんな会話をしている内に、気付いたら新年まで残り一分ではないか。
ますます盛り上がりを見せるテレビ内の人集りの活気を雫は静かに見つめている。
「いつか」
「ん?」
「いつか、大志が私以外と新年を迎えたいって言い出したらどうしようね。その時の私がどんな判断を下すか想像できない」
「俺は大晦日に雫の年越し蕎麦を食うのが絶対だから、多分無いだろ」
「私が大志以外と新年を迎えるって言ったら?」
「年越し蕎麦だけ作っておいてくれたら良いぞ」
「……私の価値は年越し蕎麦だけ? じゃあ、来年からはあまり世話しないから。一人で生きろ」
雫のこめかみに青筋が深く浮かび上がる。
怒る時によく見せる反応だが、相変わらず何を考えているかは分からない。
最近はもう癖だなと思っている。
中学校の時に、一緒に下校しようと雫が誘って来たのを断ると、ああやって青筋を立てながら俺を家まで引き摺った事があったな。
あれは俺が無神経だった。
他に下校を一緒にしてくれる相手が居ないから俺を誘ったのに、一縷の望みを託した誘いを無碍にされたから怒ったのだ。
うん、あれは俺が三割悪い。
だが、今回の場合は思い当たる節がない。
だって失礼なこと一つも言ってないもん。
「まったく。新年前にイライラさせてくれる」
「気にするなって。ほら、あと十秒だ」
テレビから盛大なカウントダウンの声が上がる。
刻まれていく秒数。
その数だけ、今年との別れを実感して少しだけ寂しくなった。
年越し蕎麦を啜り、汁を一緒に口に含んで味わう俺の肩に、隣に座る雫が寄りかかる。
そして――新年を迎えると同時に、俺は蕎麦を飲み込んだ。
「明けましておめでとう、雫」
「明けましておめでとう、大志。今年もよろしく」
「……へへっ」
「何?」
「いや。十秒前まで来年は一人で生きろとか言ったのに、やっぱり今年も一緒に居てくれるんだな!」
俺が嬉しくてそう言うと、俺の肩に顔をぐりぐりと押し当てるように雫は赤らめた頬を隠す。
おやおや、年越し前だと油断して普段なら滅多に無い揚げ足を取られて屈辱に震えているらしい。
幸先の良いスタートだ。
あの雫に勝てたのなら、俺のこの一年はいつもと違う事になるかもしれない。
「大志って、たまにずるい」
「雫ほどじゃないだろ。雫の笑顔に騙されて女神なんて呼んでる人たちを見る度に俺は鳥肌立つんだぞ」
「新年になっても口が減らないわね」
雫も蕎麦を食べ始めた。
相変わらず肩が密着した状態で、炬燵といい仄かに伝わる雫の体温といい、環境として何もかもが心地良くて眠気を誘う。
俺は手早く蕎麦を完食して机の上に置き、欠伸を一つした。
もう年越しもしたし、寝ようかな。
俺は新年の挨拶メールを両親に送信する。……秒で返信が返ってきた、好き。
「それにしても、雫は夜柳家で年越しとかしなくて良かったのか?」
「引き留められたけど、大志とするのは決定事項だから。……私がいないと、アンタは一人だし」
なるほど、余計な心配をさせてしまっていたようだ。
なら、来年は雫が安心して夜柳家で年を越せるように俺も別の人間と過ごすしか無いな。候補としては第一に憲武、次点で綺丞だ。
他には……。
「そういえば、今年は何か雫の祖母さん……陽咲さんに来ないかって誘われてたな」
「いつの間に連絡先交換してたの?」
「うん。二日に一回は連絡取り合うくらいだぞ。知らなかった?」
「何で孫娘よりも仲が良いのよ……」
そうかな。
会話らしい会話は無く、内容の九割は雫の機嫌を損ねないアドバイスが占めており、一つも覚えられず、後で雫に怒られた時にこれか!と後になって思い出す程度の他愛ない話である。
「んー……眠くなってきた」
話している内に、小さかった眠気がとうとう瞼を重くしてほとんど何も考えられないような状態まで成長していた。
部屋まで行きたいが、もう体が動かない。
力が抜けて思わず雫の方に寄りかかった。
「ここで寝ないで。ちゃんとベッドに行きなさい」
「……ちょっとだけ。日が昇って……目がすっきりするまで……」
「しっかり寝ようとするな」
雫が何か言っているが、もう堪えきれず俺の意識は闇の中に沈んだ。
「もう……おやすみ。今年も来年も再来年もその先もずっと私だけとよろしくね」
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