モチベーションが燃える!/削除、と
戦い抜くモチベーションが問題である。
綺丞のみならず、よっちゃんという強力なメンバーを加え、そこへ更に憲武という存在でプラスマイナスゼロにしたチームならば、あーちゃんとも正面から戦えるだろう。
後は、気持ちだけだ。
俺の中で、気持ちだけが追いつかない。
あーちゃんが憲武に謝罪した時点で、俺の目的はほとんど完遂されたも同然だ。
しかし、どうだろう?
今の俺は、何ならテスト勉強の方が断然やる気を出せる。
夏休みが賭かっているからな。
邪智暴虐の王こと夜柳雫に勝ち、俺だけの青春を手に入れるのだ。……夏だから青夏かな?
とにかく、頑張りたいと思う理由が欲しい。
誰か、オラに元気を分けてくれ。
「あれ? 大志くんだ」
「そ、その声は……花ちゃん!?」
行く手の曲がり角から嬉しそうに綻ばせた顔を出す花ちゃんに俺は立ち止まる。
連絡先が消えた所為で体育祭以来の会話。
我が家に来た時は雫を暴走させたり、外見も雰囲気も中学の時と何もかも一変して俺をいつも困らせる美少女の中の美少女。
「大志くん、学校帰り?」
「ああ。このままライブハウスに行く予定だよ」
「ライブハウス? また中学の時みたいに弾いてるのかな」
「え。中学の時に弾いてたの知ってたのか」
その頃には花ちゃんとの付き合いがかなり減っていた時期だ。
話してすらいないから、綺丞から聞いたのだろう。
「勿論。遠目でいつも見てたもん」
え、遠くじゃなくて近くて見れば良いのに。
告白以来、疎遠になったと思って俺がどれだけ胸を痛めながら日々を楽しく過ごしていたのか、この子は分かっているのか。
「花ちゃんがいたら、ドラムかカスタネットを任せたのに」
「どっちも一ヶ月で二人のクオリティに追随するのは無理かな。ライブも観に行ったけど達人みたいだったもんね」
「ライブ来てたの? 居たなら手を振ってくれよ、応えたのに」
「紙袋被ってたから分からないと思って」
その通りである。
何なら記憶まで無いという始末だ。
「しかし……そうか。俺が気付いていないだけで、花ちゃんって何処にでも居たんだな」
「ふふ。言い方」
「実は、今度ライブするんだよ。俺と綺丞、あと女の子のよっちゃんに憲武を添えて」
「四人でやるんだね」
グレードアップした俺達の音楽でギャフンと言わせてやるんだ。えっと誰をだっけ……あーそうだ、あーちゃんをね。
「よっちゃんって?」
「ライブハウスで会った女の子だよ。二年前からの仲でさ、最近再会したからバンド組んだんだ」
「……へー。可愛い子?」
「可愛いよ。料理中に味見して味付けが思い通りにいかなくて困ってる雫くらいに」
連絡先が消えた後は一切連絡を取っていなかった花ちゃんは依然として笑顔だ。
俺との会話を楽しんでくれているようで何よりである。てっきり、俺のことを嫌いになってしまったのではないかとドキドキワクワクしていた。
「良かったら、花ちゃんもライブ来てくれよな」
「勿論。打ち上げもやろうね」
「ああ。前回の失敗を省みて、俺はライブ後も倒れないように酸素ガスを持参するつもりだ」
前回の酸欠は中々に堪えた。
家に帰った瀕死の俺に対して雫が泣きそうな顔になっているという滅多に見せない表情を見れたので得したとも言えるが。
まあ……ライブ後に愛着があった紙袋がキッチンで燃やされた光景には流石の俺も泣いたから、やっぱり良い思い出ではないな。
「ふふ。こんな時も夜柳さんのことばかり考えるんだね」
「正直、思い返す過去が圧倒的に花ちゃんや綺丞以外に雫としか思い出が無い。最近の俺は色々他にもあるけどねっ!」
「じゃあ、私とも作ろうよ」
「良いよ、何する? ボルダリング?」
「運動は苦手かな。……でも大志くんが手取り足取り教えてくれるなら良いよ」
「任せとけ。……でも雫との約束があるから、少なくとも三ヶ月後な」
俺はきっちりと約束を守る男だから、雫の髪が戻るまでは如何に花ちゃんとて遊ぶ事はできない。
デートじゃないなら良いかもしれないが、最近は過剰に俺の純粋異性交遊にも敏感になっている雫だと有罪判決を下されてしまう可能性が大きい。
「ならさ。いい考えがあるよ」
すすと近寄ってきた花ちゃんが俺の耳元に口を近付けた。
「夜柳さんの手の届かない所に行けばいいんだよ」
雫の手の届かない所、とは。
マントルの下、とか冥王星かな。
「夜柳さんの手が届くのは、超瀬町全体……人脈的にも限界は隣町の陸戸根くらい。それよりもっと向こう側に行けば良いんだよ」
「そうなの?」
「あとは、大志くんがいつもの眼鏡もやめて変装すればバレないね」
花ちゃんの提案に、俺は下から雷に撃たれた気分だった。
そうか、その発想は無かった!
いつも近場を選んでいたから、合コンもライブもデートも体育祭も何もかも把握されてしまって頓挫していたのだ。
ならば、そもそも雫すら容易に邪魔にできない遠い場所でこっそりやれば、少し羽目を外す事も出来るんじゃないか?
雫の髪が戻って、俺も恋人作りを続行できる……一石二鳥じゃないか。
「なる、ほど」
「うん。だから、ライブ後に私とデート……しよ?」
花ちゃんの誘いに、俺は即座に頷いた。
久しぶりに遊べるのか、花ちゃんと!
「綺丞も誘っていい!?」
「いいよ。……当日来るかはさておいて」
「ん? 何か言った?」
「何も」
花ちゃんと久しぶりに、勉強会を除いて久しぶりに遊べる!
この瞬間、俺の心にモチベーションという名の炎が燃え上がった。……あれ、モチベーションの使い方ってこれで正解だっけ?
いや、今は日本語なんてどうでもいい!
これならば、俺はテストもライブも頑張れる気がするぜ!
「花ちゃん。楽しみにしてるぜ!」
「……そうだ。最近連絡くれないけど、どうしたの?」
「え? ああ、何故か知らない間に花ちゃんの連絡先が消えててさ」
「……そっか。じゃあ、大志くん少しスマホの設定を一緒にしよ」
「ふん?」
そう言って、花ちゃんと俺はしばらく携帯電話の設定を二人でする事になった。
今まで特にロックもかけていなかったから誰でも見れる状態だったが、今回からは花ちゃんの生年月日による八桁の暗証番号で解除できるようロックが掛けられた。
改めて連絡先に花ちゃんの番号は登録され、雫には一切自分と会った事を言うなと俺に厳命して花ちゃんは俺と別れた。
「ふむ、充実した時間だった。……さて、練習には余裕で遅刻だな!」
※ ※ ※ ※
「……開かない?」
私――夜柳雫は、入浴中の大志のスマホを開こうとしてロックに弾かれていた。いつもなら、スライド一つで簡単に開いてしまうスマホが私を拒んでいる。
これは、誰かの仕業だ。
大志なら絶対にこんな事しない。
実際、ネットやゲームのアカウントは当然必須だが、私が管理するようになってから一度だって設定をしてこなかった大志である。
誰の入れ知恵だろう。
八桁……安直に考えれば、大志の誕生日だろう。
しかし、このタイミングでわざわざ大志に画面ロックをさせるのだから、私への当てつけに他ならない。
候補として男子校の人間は論外だ。
大志と同レベルの集団が、他人のセキュリティに関して思慮深く注意を促すなんてまずしない。
そうなると、私との約束で女子との遊びを禁じている大志の身を考えている人間……主に体育祭で一同に会した面子。
その中でも、連絡先を消されて連絡が不可能になった事で私の仕業だと考え、私による操作を阻むべく手を加える人間……候補は二人。
その中でも、そこそこ強かでやりそうな人間ともなれば。
「瀬良花実、ね」
大人しいと思えば、気を抜くとこうだ。
私は大志のスマホを机に置く。
同時に、脱衣所から髪を拭きながら大志が現れた。
丁度いいところにきた。
「ふぃーっ! 練習の汗をシャワーで流した後って最高に気持ちいいぜ!」
「大志。スマホにロックかかってるけど、暗証番号って何?」
「え? 花ちゃんの生年月日だよ」
ほら、と大志が目の前で番号を打って解除する。
「大志。こういうのは自分の生年月日の方が忘れ難いからそっちを設定するのが良いのよ」
「え? 俺、友だちの誕生日は忘れた事ないぞ?」
「…………じゃあ、九月十日は何の日?」
「雫がこの世に生まれてきてくれた日だろ。俺が一年で一番苦労する日だ」
「……それなら一番忘れにくい暗証番号にならない?」
「なるほど。たしかにそうかも……設定ってどうやるんだっけ。花ちゃんと一緒にやったんだけどなー…………あ、やべ」
大志がまずいとでもいう風に口を手で覆ったが、時すでに遅し。
まあ、気付かないフリをしてあげよう。
「大志。ほら、私が手伝うから」
「お、サンキュー」
大志と肩を寄せ合って、一つずつ二人で決めていく。
はい……『瀬良花実』、削除と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます