息の根止められそう


 さあ、ギターの時間だ!

 俺は学校が終わり、憲武を連れてライブハウスへと足を運ぶ。

 テスト勉強は家でやれば良し!

 学校は寝て、ギターは放課後練習!

 店長の厚意でスタジオをいくら使っても良いと言われたので、ライブまで目一杯練習するつもりだぜ。

 ただ帰りが遅くなるので、雫に怒られると思ったが、意外とそんな事にはならなかったりする。

 校門前で待ち伏せていた雫に理由も告げられず首筋を強く吸われただけで済んだぜ。……凄まじい吸引力で十分以上経った今も吸われた箇所が痛い。

 あれは何の儀式なのか分からないし、皮膚が剥げてないか心配になる。


「憲武、皮膚ついてる?」


「ああ、付いてるよ……羨ましいキスムァアアッッック!!!!」


「付いてるならいいや」


 本格的な練習が開始するとあって、憲武も興奮しているようだ。

 分かるぜ、その気持ち。

 俺も紙袋を被って周りが何も見えなくなると、何処から誰に見られているのか一切分からなくてドキドキするんだ。

 憲武め、同じ気持ちを共有してくれるなんて、早速バンドでの連携が楽しみになる絆を見せてくれるなんて。


「いけるか、憲武!」


「いつでも殺れるぜ、大志!」


 俺を睨みながら吼える憲武。

 うむ、その意気やよし!

 俺たちはライブ前に立ち、高鳴る鼓動を加速させるように三回スクワットしてから紙袋を装着して扉を開けた。



「遅かったじゃん――大志」



 開けてすぐに夕薙吉能――よっちゃんが嬉しそうに弾んだ声で迎えてくれた。

 声から分かる……まるで愛しい恋人を迎えたヒロインのお父さんみたいな顔をしているに違いない。

 紙袋の裏で、その表情が思い描ける。

 よっちゃんは俺の腰を抱くように横から腕を絡めてきて、ライブハウス内へとグイグイ引っ張ってくれる。

 ふ、周りが何も見えない状況で有り難い。

 まるで淑女をエスコートする紳士のように俺を店内に導くよっちゃんに従って歩くと、店長の呼吸が聞こえた。


「店長。こんにちは」


「大志くん、来たか! 今回もそのクールな紙袋で行くんだね?」


「そうなんスよ」


「それと吉能? この町の噂を知ってるよな? あんまり大志くんとその、イチャイチャしない方が……」


「べ、別にイチャイチャしてない!!」


 よっちゃんが俺の腰を抱いていた腕にさらに力を込めながら否定している。

 イチャイチャはしていない。

 これは、よっちゃんなりの友だちスキンシップ。

 あの日のスタジオ練習で俺がよっちゃんを思い出した時から土下座をするまでもなく今まで彼女を忘れていた事を許してくれたのだ。

 そして和解して俺に気を許した結果、俺にもこうして気安く触れてくれるようになったのだ。


「ん。大志、何それ」


「それって何? いま紙袋の表面しか見えていないから、それって指されても分からん」


「首のキ……赤く腫れてるやつ」


「これか。これは憲武曰くキスムゥアッックという名の折檻だ」


「いやそれキスマ……じゃなくて、誰に付けられたかって話」


 やけに不機嫌そうな声色で追及してくるよっちゃん。

 どうやら、俺が虐められているんじゃないかと心配してくれているようだ。泣ける話だぜ、ったくよぉ。


「心配するな。ただの掠り傷だ」


「いや、だからそれキスマーク!……って、あ」


「キスマーク? いやいや、あれはこんなにジンジン痛いわけ無いって。ただの攻撃だよ」


 雫がキスマークを付けるなんて、そんな幻みたいな事があるものか。

 帰りが遅くなる俺に対する雫なりの怒りの表現に他ならない。未だに痛むのだから、これが攻撃以外の何だと言うのだ。


「ようし、早く弾こうぜ!」


 今回の俺達が演奏するのは、一番手!……の前らしい。

 本来ならチケットを売り払ったりしないと自腹でステージに上がる羽目になるらしいが、俺達は単に場を盛り上げる為に入店してきた人たちの暇な待機時間を盛り上げてあげる役目。

 なのでそういった苦労は無いらしい。

 ライブハウスに通わないから、店長に色々とルールを話されたが、未だに全てを記憶はしていない。

 練習はスタッフや他のバンドを邪魔しない限りはやっていていいそうだ。


「取り敢えず、スタジオ行くか」


「そうだね。矢村はいなくて……あ、平沢憲武はいた」


「え。オレの存在ってそんなに味薄かった?――って、あ」


 憲武が何かに気付いて声を上げる。

 四人組の足音、先頭を行く足音はあーちゃんだ。そっと紙袋を持ち上げてあーちゃんを覗き見ると、今日はピアスも装備し、憲武とのデート時とは一変した雰囲気になっていた。

 あーちゃんと俺の視線がかち合う。


「小野大志……よっちゃんにはちゃんと謝罪したんでしょうね?」


「したぞ。そしたら仲良くなれた」


「はあ? 何言って――!?」


 あーちゃんは俺に引っ付いたよっちゃんを見てぎょっとするや慌てて駆け寄って来て俺から彼女を引き剥がした。


「よっちゃん何してるの!?」


「え、別に何も」


「そ、そんな……気を許した相手にしかべったり貼り付く習性のよっちゃんが……私以外に……!?」


 何か大事らしい。

 あーちゃんの声が動揺で震えている。

 分かるよ、少し前まで親の形見みたいに憎んでいた相手と仲良くなっているなんて、誰もが信じられないだろう。俺だったら絶対に薬か雫を使ったと疑う。

 でも、現実はそうもいかない。


「悪いな、あーちゃん。俺とよっちゃんで共闘する事になったのさ」


「なッ!?」


「それで、あーちゃん。前回の話の続きだけど、勝った場合の要求を聞こうか」


「考えてきたよ! 私たちが勝ったら二度とよっちゃんに会うな――」


「えっ……」


「――って言うのは嘘で、一生よっちゃんの小間使いになれ!」


 二度とよっちゃんに会うなと言った直後、悲しそうなよっちゃんの声を聞いて即変更しやがった。

 この早業、沙耶香から送信された動画で視た通り、やはり強敵だな。


「じゃあ、俺たちが勝ったら憲武と素のあーちゃんでもう一回デートだ!」


「平沢くん? まあ、別に良いけど」


 よし。

 元は憲武をぞんざいに扱うあーちゃんへの怒りから受けた勝負。

 それに前回は雫に妨害されて途中で撤退する羽目になったが、改めてデートをサポートする機会が得られる。何としても経験値を稼ぎ、雫の髪が戻り次第始める恋人作りに役立てるのだ。



「じゃあ、負けたら私とデートしようよ大志くん」



 後ろから聞こえた声に俺は振り返る。

 間違いない、これはきっと赤依沙耶香だ。見えないけど分かるぞ、多分!

 それと、何故か気配を消しながら素通りしようとしている綺丞の足音もする!


「まさか、巷で幻のギタリスト・ペーパーギターが大志くんだったなんてね」


「そんなに有名なのか、俺って」


 そう言えば、リバーシの大会も服や靴を白一色で統一して区大会に参加したら、準優勝という成績を得たのだが、そこから数ヶ月も経って高校一年になった頃に「君はもしやあの『白い貴公子』じゃないか」とか知らないおじさんに話しかけられたな。


「ね。勝負しようよ」


「いや、雫に禁止されてるから多分無理だ。予約なら二、三ヶ月後からだな」


「予約制……って、首のそれ」


 沙耶香が俺の『首のそれ』とやらを指摘する。

 だから、見えていないんだから分からないんだって。


「もしかして、夜柳さんが付けたキスマーク?」


「そうらしいよ」


「へー……」


 よっちゃんと沙耶香から不穏な空気を感じる。

 みんなキスマークだと誤解するけど、雫本人に聞いたら、きっと俺に対する躾だとか言うんだぞ。

 でも、仮にもしキスマークだったとしたら……そう思って『首にキス』で検索すると「息の根を止めてやるという意味」という惨たらしい検索結果。

 次にメッセージアプリでキスマークか否かを尋ねたら、『それ以外の何があるの?』と返ってきた。


 どうやら、ガチでキレているみたいなので、帰りに雫の好きなチョコアイスバーでも買って帰ると心に決めた。












 

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