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 あーちゃんと勝負すると決めた日の翌朝、俺は自ら処刑台に立つ憲武を目の当たりにする。

 両膝を突き、辛苦に堪える表情で片手に包丁……教室で俺を睨みながら研いでいた刃物で、おそらく名前は例のエクスナーギノツルギとやらを握っている。

 駄目だ、何も理解できん。


「何してるんだ、憲武」


「止めてくれるな、大志。オレは、オレは深く傷付いている……!」


「そっか。黒板見えないから、授業が始まるまでには片付けろよ」


「オマエは、オレの命が惜しくないのか!? どうせ授業なんて聞いたって何一つ入ってないだろ、その頭!」


「正論が世界を救うと思うなよ」


 憲武の名誉の為にあーちゃんとの勝負を受諾したが、その次の朝には後悔させてくれるなんて流石は憲武だ。

 俺が自分の席に着くと、手慣れた様子で憲武が処刑台を解体していく。他の生徒も手伝っているのを見るに、クラスの合作なんだろうな。

 まあ、一丸となって俺を処刑しようとしていたのだから、皆で作ったのは納得である。

 体育祭での連携力といい、熱い絆が成せる業だ。


「その処刑台って、本来は俺用だったんだろ?」


「ああ。珍しくおバカ共で図書室に詰め寄って歴史コーナーの処刑の歴史に関する資料を読み漁って再現した」


「だから完成度が凄いんだな。でもデカくて邪魔だし、普段は何処にしまってたんだよ?」


「大志処刑用なのに、無駄に凝ってるから美術の先生に褒められてさ。普段は美術室に置かせて貰ってる」


 作品として美術室に保管する物なので、現在解体してはいるが昼休みに再び組み立て直すという。

 今度はコンクールに出す予定らしい。

 何か受賞したら皆で打ち上げ会にしよう。


「大志。あのよ……」


「ん? どうしたんだ、らしくもない深刻な顔をして」


「すまん。オレの所為でオマエに迷惑かけた」


 憲武が俺に頭を下げる。

 はて、何の事だろうか。

 迷惑というのなら、お互いに数え切れないほど掛け合っているので、思い当たる節が無数にあると謝罪もどれに対して行われているのか見当がつかない。


「え、何の話?」


「オレが……夕薙さんに騙されてた件だ!」


「そんな最近の話をされても……」


「困るほど昔の話を持ち出されたみたいな反応すんな。昔なんて全部水に流されたから良いだろ」


「許してないぞ、昔のこと」


 雫が作った俺の弁当と自分の弁当をすり替えたり、俺の鞄の中で無駄に音の大きいオルゴールを起動させたりと許していない過去の罪は沢山ある。

 初対面で俺のことをダサい眼鏡野郎と言った事だって、まだ記憶に新しい。

 雫が最高に似合わないと思って俺に買ってくれた眼鏡に低評価を付けやがって。


 しかし、あーちゃんの件での謝罪か。


 たしかに、テスト期間中にギターの弾き方を思い出し、且つあーちゃん達に負けないよう演奏技術を練り上げなければならない。

 受けたはいいが、中々に不利だ。

 勝敗に係わらずよっちゃんには土下座をするとして、負けた場合はあーちゃんから更なる要求をされる危険もある。

 夏休みも雫に総取りされている俺が何か要求されても差し出せる物なんて憲武しかない。……あ、憲武はどうでもいいと言っていたから駄目か。


「あーちゃんと勝負、か」


「勝てそうか?」


「そうだな。あーちゃん達のバンドが一体どんな物かを見るまでは何も分からない」


「赤依沙耶香と一緒のバンドなんだろ。なら、その子に聞いたらどうだ?」


「憲武。俺がそれを考え付いて既に実行していないとでも?」


「そうか。やっぱり敵だから教えてくれなかったか」


「いや、これからするから分からん」


「してねえのかよ、カスめ」


 つくづく口の悪い男だ。

 そんな事だから顔面だけは良い男だと俺に言われるんだぞ。

 俺は赤依沙耶香にメッセージアプリで連絡を入れる。


『沙耶香! 今ちょっといい?』


『何かな。もしかして杏音ちゃんの件かな』


『うん。勝負するからさ、実際に沙耶香のバンドがどんな物か知りたくて』


『ライブの動画送るよ。勝負って形だけど、大志くんともしかしたら一緒に演奏できるかと思うと楽しみなんだ』


 沙耶香は可愛いメッセージと共に、次々と動画を送信してくれた。

 俺はイヤホンを付けて動画を再生する。

 うん……うん……処刑台の解体作業の音で何も聞こえない。

 俺はイヤホンを外し、深く息を吐く。


「大志。敵の強さはどれくらいだ?」


「音が聴こえないから未知数だな。これから化けるかもしれない」


「オレに出来ることがあったら言えよ。キーボードくらいなら三年間やってたから手伝えるぜ」


「おお、助かる。実は前のように綺丞と二人にするか、助っ人を呼んでグレードアップするか悩んでいたんだ」


 前回のままでは駄目だ。

 テスト勉強で練習も以前のようには出来ない分、前回のライブと同じ評価を頂けるとは思えない。

 ならば、前回は無かった物で魅力を付加すれば良いのだ。クオリティを補うどころか、また違う形を見せるかもしれない。


「助っ人……宛はオレ以外にいるのか?」


「そりゃ勿論。強力すぎる助っ人がな」


 俺はにやりと笑う。

 憲武はそれだけで、一体誰の事を言っているか分かったようだ。




「それで私、ってこと?」


 放課後、俺は家で雫に助っ人を頼み込んでいた。

 この完璧超人なら、バンドでもいつものような力を発揮してくれるのではないかと期待したのだ。

 果たして、俺の必死の嘆願は。


「嫌。大志以外もいるでしょ」


「ライブハウスなんだから当たり前だろ」


「はあ。……生徒会の仕事もあるし、楽器もトロンボーンぐらいしか出来ないから」


「歌は?」


「……校外では大志以外に聴かせるのが嫌」


 雫がぷいと顔を背ける。

 昔から歌が上手いことを知っている俺からすれば、何を恥じることがあるのかと思いたくなる。

 小学生の時に聴かせて貰った時なんて。


『雫は歌も上手いんだな』


『そう? 全力で歌ったの、大志以外でした事ないけど……そんなに良かった?』


『俺だけにしか全力見せてない? そりゃレアだな……何か他の人に聴かせたくないくらいだぜ!』


『わかった』


 褒めた時も少し照れていたから、ライブハウスで披露するのは難しいのかもしれない。


「分かった。誘うのは諦めるけど、ライブは観に来てくれよな」


「暇だったら録画カメラ回して永久保存しとく」


「しかし、雫が駄目となると他に誰が……」


 学校を出た後に視聴した動画から、あーちゃんのバンドが凄い事が分かった。

 注目の新人バンドについて掲載している有名な記事に名前が載せられている人気も有しているとかで、俺達とは一階と二階ほどの差もある。

 もう一人くらいは欲しいと考え込んでいると。


「ん、よっちゃん?」


 スマホに着信が入ったので確認すると、相手はよっちゃんである。

 俺は雫を尻目に応答した。


「もしもし」


『ちょ、何でアンタとあーちゃんが勝負する事になってるのよ!?』


「まあ、これには深いわけがあってだな。詳細はあーちゃんに聞いてくれ」


「あーちゃんに聞いても分からなかったからアンタに説明を求めてんの!」


 かなりご立腹のよっちゃんの怒鳴り声が耳に響く。


「まあ、理由は今度話すよ。……んで、バンド対決する事になったんだけどさ、今は助っ人を探してて」


「助っ人?」


「そう。パワーアップしたいんだよ……現段階で面子は俺と綺丞、憲武がいる」


「はあ……。もう一人欲しいなら、私の元バンドメンバー紹介しようか?」


「元? ……よっちゃんってバンドやってるんじゃないの?」


「…………もう辞めたの」


「何で?」


「深いわけがあるの」


 おい、深いわけがあるなんて説明で分かるわけがないだろうが。

 ちゃんと説明しなさい!

 いや、待てよ。

 よっちゃんって今、バンドやってないのか。



「じゃあ、よっちゃんも一緒にやらないか?」



 そう提案した瞬間、電話の向こう側でよっちゃんが息を呑む声がした……気がするが、後ろで落ちた食器の割れる音でよく聞き取れなかった。








 


 

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