ごめん、無理ィ!!
七月始めの金曜日である。
俺は校門の前に立っている人物に驚かされた。
下校していく男子高生の視線を恣にし、全身が痒くなるような数の注目を前にしても凛として佇む様はどこか雫に似ているとさえ思える。
美少女とは、得てして多くの人の視線に慣れているのだろうか。
その人物と俺の視線が合う。
ぶるり、と背筋が震えた……あれ、何かこの感覚どこかで……。
「あーちゃん。何してんの?」
「あ、小野さん。お待ちしてました」
「え? 俺を?」
校門の前に立っていた少女――夕薙、夕薙……えっと本名の方が言えるか怪しくなってきたが、よっちゃんの双子の姉妹であり憲武に体育祭でナンパされた奇跡のあーちゃんである。
たしか、隣町の満月だか半月とかいう名前の高校に通っていた筈だ。
本人は俺を待っていたというが、何しに来たんだろう。
「連絡先を持っていなかったので、平沢さんにお伝えして貰うようにお願いしたんですけど」
「憲武からはそんな話は一言も無かったぞ」
「そうなんですか?」
そうなんです。
憲武は、今日一日ずっと何処の言語か分からない言葉を呟きながら机の上に置いた砥石で包丁を研ぎながら俺を見ていた。
最初は見過ごしていたが、あまりに研ぐ音が騒々しかったので、途中で先生によって刃物と一緒に生徒指導室へ。
何がしたかったどころか、何があったか聞きたい異常状態だった。
「あいつ、今日は話の通じない状態だったから」
「そう、なんですね? 大変ですね」
あーちゃんも俺の説明に困っていた。
「それで、俺に用事って?」
「はい。先日お伝えしたデートの……は伝わってますか?」
「勿論。死刑宣告と一緒に」
雫が回復した翌日、登校したら教室に絞首台とギロチンの両方が設置されていた圧巻の光景をどう説明したものか。
その時も憲武は話が通じない状況で、ただ奇声を上げながら俺を死刑台に引っ張ろうとする妖怪と化していた。
用務員さんが止めてくれなかったらどうなっていたのやら。
「取り敢えず、歩こうぜ。凄く目立ってるし」
「はい」
「少し待っててくれ。いま雫に連絡するからさ」
「女と出かけるって?」
「お。なんだよ、居たのかよ雫。連絡する手間が省けて助かったぜ」
雫に連絡しようとして肩を叩かれたので振り返ったら雫が背後にいた。
相変わらず音もなく人の後ろに立つのが得意な子だ。将来は腕の立つ殺し屋になるだろうな。
「あーちゃんとこれから出かけてくる」
「……一応聞くけど、デート?」
「違うぞ。何で俺をデートに誘ったのか理由を聞くだけだから、デートはまた今度だ。晩飯までには帰るから、いっぱい作って待っててくれ」
「……分かった」
雫にしては珍しく聞き分けがいい。
てっきり俺を殺してでも止めるかと思っていたので、こちらも諦め気味だった。
去っていく雫を見送り、改めてあーちゃんの方へと振り向く。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
二人で男子校を離れて、この前のように商店街の方に向かう。
歩いている途中で「明日もギロチンだ」という声が何処からか聞こえたが、もし処刑されるとしても明日の事だ。今日の俺には関係無い。
「あーちゃん。早速だけど憲武とデートしたのに、何で次は俺としたいんだ?」
「元から小野さんに興味があったんです」
「元から?」
「はい。憲武さんが体育祭で私を誘って来た時に、不安ならお互いにもう一人連れてデートしようって話をして、その時に以前からよっちゃんの話で聞いていた小野さんの名前があったのは驚きました」
「どんな話を聞いた? 俺さ、実はよっちゃんと会った記憶が無くて」
あーちゃんは微笑むだけだった。
それから、彼女は少し先を歩き始める。
あ、これ。
いつも無表情な雫が見せる笑顔に似ている。
雫には二種類の笑顔がある。
俺がいつも見るのは、風邪の時のような無防備な笑顔は違い、柔らかい表情で取り繕っただけで奥には悪意が渦巻いた笑み。
現在のあーちゃんは、それに似た顔をしている。
どうやら、双子の姉妹を忘れる俺の記憶力に怒っているようだ。
「よっちゃんは話してくれないんだけど、あーちゃんは何か知ってる?」
「知ってますよ。――何もかも」
あーちゃんが突然足を止めた。
気付いたら、そこは商店街の裏路地だった。
いつの間に……あーちゃんももしかして迷ったのかな。
俺は昔から無意識で前を行く人に付いて行ってしまう癖があるので、何の注意もなく来てしまった。
「あーちゃん。ここ何処?」
「私、知ってるんです」
あーちゃんの声が低くなった。
あれ、この声を何処かで最近聞いた覚えがある。……何処だったっけ。
「お、マジで? なら帰り道も分かるよな。早く表通りの方に戻ろうぜ」
「小野大志。私の大好きなよっちゃんの心をへし折った――元凶」
「うん……うん?」
くるりと、あーちゃんがこちらへ振り返る。
そして、横髪をかきあげて耳を晒した。
厳ついピアスで装飾された耳朶の迫力に俺は唖然とする。……ん、あのピアスも見覚えがあるぞ! 何処かで!
「この前とは髪型も変えてたし、ピアスも取ってたから雰囲気が違って気付かなかった?」
「この前、も分からん」
「聖志女子高等学校体育祭」
突如として声色も威圧的な感じに豹変したあーちゃんが長々とした単語を告げる。
んー…………あ!
あーちゃんの顔とピアス、この声……思い出した!
雫の学校の体育祭で突然、知り合いだと言って話しかけて来た少女だ。綺丞が関わるなと言っていた相手である。
よくよく見れば、顔が同じだ。
あの時と化粧も少し違し、髪型やピアスも含めて色々と変わっていたので気付かなかった。
それに、校門前であーちゃんと目が合った時の違和感もそうだ。
女子校の体育祭の帰り道で感じた視線と同じである。
「なるほど、君だったのか」
「そう。同じバンドの赤依沙耶香の応援をしに体育祭に行ったら、まさかキミに会えるなんてねー?」
「へえ。沙耶香とバンドやってるのか。今度ライブ観に行くからよろしく!」
「本当は来ないで欲しいんだけどね」
うむ、嫌われてるな!
でも、妙だ。
よっちゃんの時といい、体育祭の彼女があーちゃんだというのなら、あーちゃん曰く俺とは以前から知り合いという話だ。
しかし、やはり会った記憶がない。
「昔、俺とあーちゃんって知り合いだったの?」
「私の顔はよっちゃんによく似てる。だから、私が知り合いって言って反応するか試したんだ」
「あ、なるほどね。さすが双子」
「でも気付かなかった。……それはつまり、よっちゃんの事も忘れていたという事」
「うん。……うん?」
何か不吉な事が始まりそうな予感がした。
「私は大好きな事に打ち込むよっちゃんが大好きだった。親の言いなりになる私とは違って、自分を貫くよっちゃんが……」
「おう。カッコイイな、よっちゃん」
「でも、ある日変わっちゃった。突然、バンド活動に手を抜いて、大人しく受験勉強なんて始めた……自信を失くした顔で。誰の所為かを調べる為に私はバンドを始めた。よっちゃんの心を折ったヤツを見つけるために……!」
「なる、ほど?」
よっちゃんが自信を喪失した?
一人で話し続けるあーちゃんの声にただ耳を傾ける。
流石に普段から鈍いだとか察しが悪いだとか雫に罵倒されている俺にだって、今のあーちゃんが怒っていることは分かる。……もしかしたらお腹が痛いのかな?
「そして見つけた。でも、ソイツはよっちゃんなんて微塵も憶えてなかった! どうでもいい事みたいに忘れて、のうのうと生きてた!」
「はあ」
「だから、赤依沙耶香を通じてチケットを渡した。沙耶香もキミに興味があるみたいだったから……あの子もどうせ、一時の遊びってだけで直ぐ忘れられる。その前に――」
あーちゃんがキッと俺を睨んだ。
「勝負だよ、小野大志」
「勝負?」
「私たちが一ヶ月後にするライブ……実はキミも演奏したライブハウスでやる事になってる。顔馴染みだから、頼んだら店長も喜んでたよ」
「昔ライブしたって……あそこか。店長に頼んだって、何を?」
「矢村綺丞にも伝えておいて」
一歩踏み出して接近したあーちゃんが俺のネクタイをぐいと引っ張る。
突然の事で潰れた蛙の鳴き声のような声が漏れた。
「昔のように、キミと矢村でステージに立って。――どちらが盛り上がるか勝負、負けたらよっちゃんに土下座してもらう! その代わり、私に勝ったら……恋人作りしてるんだっけ。――なら、私が恋人になってあげる」
あーちゃんの宣戦布告が裏路地に響く。
あーちゃんが俺に対して要求するのは、敗北した時はよっちゃんに忘れた事なのか理由は未だ不明だが、とにかく土下座しろとの事だ。
なるほど、ここまで熱意をぶつけられて何も返事をしないのは小野大志の名が廃る。
俺はネクタイを引くあーちゃんの手を掴んだ。
「分かった。その勝負――断るッ!!」
俺の返答に、今度はあーちゃんが唖然とする。
だって、期末試験があるんだもん。
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