ふむ、寝言だな
雫によって家に連行され、よっちゃんと別れた俺は家で寛いでいた。
持ち帰った成果はゼロ。
気配を消し、俺に幻だと錯覚させて監視していた雫と共に帰宅し、テレビを一緒に見る空気は帰り道の緊張感が嘘のように穏やかだ。
憲武のデート、どうなったかな。
サポートの一つもできずに撤退したので、あいつの恋が成就しようとしまいと微塵も興味がない。
「大志。晩御飯は何がいい?」
「じゃあ、スパゲッティ。できるだけパスタ長めで」
「意味不明」
俺の注文を受けて、雫がキッチンへ移動する。
晩御飯ができるまでゲームに興じたいところだが、帰るなり風呂にブチ込まれ、そこを出るなりリビングとトイレしか行き来できない範囲に縛る手枷で繋がれている。
これが意外に筋トレになって楽しい。
今度は腰にもつけてくれ。
「裏切り者。裏切り者。大志の裏切り者」
「何が?」
「女の子と約束しないって言ったじゃない。私の髪、もうどうでもよくなった?」
「あれは恋人作りの為じゃなくて、ただ女の子と仲良くなりたかっただけだ」
「有罪、私の管理下で禁錮三百年ね」
「雫にはできても、俺は三百年も生きられねえよ」
「来世と来来世まで持ち越して貰うから」
「来来来世が楽しみだな」
来世はエベレストより高い山になり、来来世はユーラシアプレートより強い男という夢も儚いな。
俺の自由は三つの人生を生き抜いた後に始まるらしい。
仕方無い。来来来世の死海より塩分濃度の高い湖になる夢だけは死守すべく、これ以上の有罪判決だけは避けよう。
「憲武のデート、どうなったかな」
「平沢くんのデート?」
「そ。今回の趣旨は、果たして憲武があーちゃんと恋人になれるかってのが懸かったデートだったんだよ」
「そして、それを忘れて他の女に現を抜かしていたと。平沢くんもサポートメンバーの人選を見誤ったのね」
今日は妙に手厳しい。
女の子をライブに誘っただけであって、デートがしたかったわけではないのだ。雫の髪の件は、恋人作りの一環でなければ問題ない筈なのに。
そうやって目の鯨を立てるのか潮噴するのかはしらないが、そんなに怒らないで欲しい。
俺はただ純粋に憲武を踏み台にして、この経験をこれからの恋人作りに役立てようと考えただけなんだ。……駄目か?
「大志。練習なら私ですればいい」
また俺の心を読んだのか、雫が俺に練習相手には自分をと提案する。
「雫相手だと練習にならないだろ」
「そう? 身近な異性だからこそでしょ」
「いや、雫なんて可愛くて自慢の幼馴染ってだけだろ。どこに練習相手になれる要素があるんだよ」
「その口振りだと要素満載なんだけど」
やれやれ、浅はかな雫よ。
俺の進化を促すなら、慣れ親しんだ雫よりも未知の
雫とデートなんてしたって、ただの家族の時間にしかならない。将来結婚したらこうなるのか、幸せだなぁ程度の感想と実感のみで終わっては何も成長なんて望めないのだ!
「俺は雫以外とデートがしたいんだ」
「有罪、禁錮四百年ね」
「俺の死海超えが……」
「何目指してるか知らないけど、私の隣以外の人生は許してないから」
キッチン越しに怖いことを言う雫には、大人になるまでに俺よりも良い男は沢山いるぞと説いて改心させてやらなければ。
よくよく思い返すと、細川なんとかさんが雫と交際しているのは嘘だったとは本人の言だが、雫本人からは否定されていない。
そこで、俺は思い至ってしまったのだ。
もしかして、相手がなんとか太河さんだったのではなく、別の高校の生徒会長なのではないかと。
俺の高校に通う人間の知能、それも赤点補習常連ながら生徒会長に赴任している異次元の経歴を持つなんとかさんの事だから、元々他で流れていた噂をさも自分の事のように語って恋人になろうとしていたなんて馬鹿な話も嘘ではないかもしれない。
どちらにしろ、雫は将来俺と結婚するとかいう幼稚園の頃に交わした約束はもう無い物扱いだ。
うかうかしていられない。
初心に還り、俺もまた恋人作りに励まなくてはならないのだ。
有罪判決で禁錮何百年とか桁を間違える可愛いミスをしている雫だが、冗談で言っているつもりで本当は俺一人だと安心できなくて管理だとか遠回しに強い言葉で誤魔化して心配しているのだ。
「雫の為にも頑張らないとな」
「はい。スパゲッティ」
「頑張るのは後でいいや。いただきまーす」
ミートソーススパゲッティが俺の前に置かれる。
俺はフォークとスプーンを両手に持って歓喜のままに眼の前の料理を貪る。パスタに絡めたミートソースの味わいに思わず声を上げて震える。
そういえば以前、ミートソースの味を良くするために雫は醤油だっけ? いや酢だったか? いや酒? ……まあ、何か色々入れて工夫しているのだと教えてくれた。
うん、雫の飯がやはり一番旨い。
将来、結婚するなら雫の料理と同じ味の作れる人が良いな。
「うま。雫も料理上手くなったよな」
「そう?」
「最初は、包丁で手を切って血塗れになってたのが懐かしいぜ。あのときは本当に冷や冷やしたもんだ」
「それは私の心情ね。もう二度とアンタに包丁握らせないって決意したから」
そうだった。
雫の手が血塗れだったのは、俺の血で濡れていたからだ。雫に料理を教えて貰っていたが、あの時はキッチンを覗いていた両親までもが絶叫していた気がする。
記憶が曖昧だが、その後病院のベッドの上だったな。何でだっけ。
「私、あの出来事の影響で一時期は血が駄目になったから。忘れたことがない」
「へー。今は克服できた?」
「発想の転換。アンタの血の一滴まで愛してやれば良い……って考えたら、アンタの流血を見ても特に怖くなくなったわ」
「ふうん。ファンタジーだな」
理屈がよく分からないが、もしかして途中でSFの話に変わっていたりするのかな。
雫って、色んなジャンルの本を読むからな。
この前だって、俺にライトノベルを貸して欲しいなんて言ったから雫の好きそうなラブコメ系の物を渡したんだ。
一巻で完結する完成度の高い物語で、たしか主人公と美少女幼馴染とイケメン男子転校生の三角関係で、最後は主人公とイケメンが結ばれてハッピーエンド……美少女幼馴染の失恋も少しいい味を出しているんだよな。
雫に貸したけど本は返ってきていない。
そういえば、貸して少しした後にまるで中古の本を売った程度の分のお金を突然渡されたけど、あれも関係しているのかな?
「ご馳走様でした」
「お粗末様。大志、今度は私とデート……の練習するわよ」
「んー。練習はいいよ」
「は? 何、また結局他の女と約束があるって話?」
「いいや。最近は雫以外と一緒に出かける事が多かったし。クールタイムって事で、雫と何処か遊びに行きたい」
「…………………ほんとに?」
雫の確認に頷いて答えてから水を飲む。
何気に最近は幼馴染と遊ぶ時間が減っている気がして、家に帰ると酷く安心する瞬間が多くなったのだ。
やれやれ、何だかんだで俺も雫が放っておけないのだな。顔と性格と性別と生まれた日とありとあらゆる物が違うだけで、案外雫とはある種の似た者同士なのかもしれない。
でも、似た者同士というだけだからお互い違う人生を歩む事になるだろう。
この生活だって、いつまで続くかは分からない。
いつか、雫も自分の人生を見つけて進んで行く。俺とは別れ、もしかしたら一生交わらない道に入るかもしれない。
そうなった時の為に、俺は快く雫の門出を祝えるよう自分の事も頑張らなくてはならない。
雫が心配で俺の方を振り返らなくてもいいように。
「あ、憲武からメッセージだ」
憲武からの通知。
時間的にはデートが終わった頃だろうか。
俺がメッセージアプリを開き、憲武の送信してきた内容を確認する。
『何故かあーちゃんが今度はオマエとデートがしたいと言い出した。許すまじ』
ふむ、寝言かな?
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