近づく幻影



 歩き始めた俺達だが、愉快な並び順になっている。

 デート本命の憲武とあーちゃん。

 その後ろを、同伴者の俺とよっちゃんが付いていく形で商店街の中を進んでいた。眼の前の二人の間には、老夫婦にも似た何とも穏やかな空気が流れている。

 それにしても、流石は憲武だ。

 いつもなら下卑た欲望に歪めて見るに耐えない笑みばかりの顔に、爽やかなイケメンの仮面を貼り付けている。

 この調子なら、あーちゃん攻略も夢ではないんじゃないか?

 徐々に本性を出して幻滅されず、あーちゃんの中に下地を作って少しずつ慣らせば、気付いた時にはもう素で交際できるなんて話も夢では……。


「オイ」


「いたっ」


 二人の様子を感心して見ていたら、隣から肘で脇を小突かれた。

 やめろよ、昼の弁当が出ちまうだろ。

 俺が批難の目を向けるが、隣のよっちゃんの顔の方が険しい。中々にいい面構えをしているじゃないか。


「なに感動したみたいな顔してんの」


「いや。流石は忍者、と思ってな」


「双子だっつってんだろ。いつまで分身とか言うつもり?」


 デートを始める前に、一応分身か否かを尋ねたら双子だと否定された。

 なるほど、それなら性格の違いも納得だ。

 お淑やかな大和魂のあーちゃんに対し、強気で威圧的なよっちゃんでは、分身というにはあまりに人格が乖離している。


「大和撫子な?」


「読心まで……てか大和撫子って何?」


「綺麗な日本の女性を形容する時の決まり文句だよ。意味分からず使ってるのアンタ」


「知ってるか? 世界で最も難しい言語は日本語らしいぞ」


「十数年まともな教育受けて生きてるのにアンタほど理解してないのは論外でしょ」


 さらっと俺の内心を読んだよっちゃんは、どうしようもない物を見るような目で俺か俺の後ろの景色を見ている。俺だったらどうしよう。

 ううん、空気が重い。

 よっちゃんは、どうしてここまで俺に強い敵意を向けているんだ。二年前、本当に俺とこの子に何かあったんだろうか。

 思い出せ、俺の脳よ。

 二年前なんて、つい最近じゃないか。

 順番に今日の朝から記憶を辿って行けば、いずれは二年前のライブとやらに纏わる情報を手繰り寄せられる筈さ!

 まず今日の朝……何食べたっけ。

 飛ばして昨日……は何してたっけ。


「ほら、これ面白いぞ。これ普通のハンガーなんだけど、ここをこうすると……」


「わ、伸びたっ! 物干し竿にもなるんですね」


 雑貨屋に来て、あーちゃんと憲武は益々盛り上がっている。

 あれ、意外に順調だぞ。

 俺はサポートで経験値を積む魂胆で付いてきたのに、これでは幸せな憲武の顔を眺めるだけの日になってしまう。


「なあ、よっちゃん」


「だから、気安く呼ぶな。私をそう呼んでいいのはあーちゃんだけなの」


 どうやら、あーちゃんは特別なようだ。

 双子って、こんな風に仲が良いのが当たり前なのだろうか。

 綺丞と扇ちゃんだったり、花ちゃんの兄弟、歳の離れた家族は何人も見てきたが全く同じ日に生まれた存在というのは、もしかすると初めてか二度目かもしれない。


「あーちゃんってどんな子?」


「アンタに教えてどうなんのよ」


「え? あーちゃんの魅力を知ればさ、あーちゃんを凄く好きなよっちゃんがどんな事を考えてるか分かって仲良くなれるかもしれないじゃん」


「……」


 一瞬だけよっちゃんが驚いたような顔をした。


「まあ、今回の俺は友情出演のサポートだからな。有効な情報が手に入ったら、憲武に横流ししてお金を貰う」


「友情出演のサポートなら無償で提供しろよ……」


「憲武だけ特をするのはなぁ」


「平沢憲武の応援……もしかして、あーちゃんと付き合えるように?」


「おう。無理だとは思うけどなっ!」


「そういうちゃらんぽらんな所が嫌いなんだよ!」


 俺が断言すると、臑を蹴られた。

 ふ、甘いな。同じ箇所に受けた朝の雫の蹴りは、もっと冴えていたぞ。

 不敵に笑う俺を気味悪く思ったのか、よっちゃんに一歩分だけ距離を置かれた。心の距離は縮まった気がする。


「大体、私とアンタはただの同伴。二人の仲がどうなるか見届けるだけで、仲良くなる必要は無いの」


「それは寂しいだろ。俺はよっちゃんとも仲良くなりたいぞ」


 出会った人と仲良くしたいという思いは間違いだろうか。

 俺は一つひとつの出会いを大切にしている。周囲からは醜いだの肥溜だのと陰口を叩かれる我が校のどうしようもない連中との日常だって、俺にとって忘れられない思い出になっているのだ。

 どんな些細な関係だって、大切にすべきだと考えている。

 今回は憲武とあーちゃんを見守る会という関係でしかないとしても、だ。



「よっちゃんとだって思い出作りたいだろ。忘れたらまた作れば良いんだし」



 俺の意思表示に、しかしよっちゃんは失笑しただけだった。

 そんなに可笑しかったか?


「……あーちゃんを知れば、あーちゃんが好きな私のことも知れる……か。憶えてないくせに同じ事言うんだな」


「ん?」


「でも教えない。……また忘れられるなんて私には無理」


 そう言ったよっちゃんの横顔は、寂しそうだった。

 よっちゃん……失敬な事言うじゃないか。

 二年前の俺と、今の俺では記憶力が違う。

 今朝の事だって雫に蹴られた以外は何も思い出せない俺が、よっちゃんの事を忘れるわけがないだろ!


「あ。よっちゃんと俺が会ったのは二年前のライブ? なんだよな」


「そうだけど……唐突に何?」


「実はさ、近々友だちのライブを観に行くんだよな。招待されて、チケット貰ったんだ」


「……アンタは出ないの?」


「俺は出ないぞ。もう弾き方も忘れたし」


 そういえば、体育祭からの帰途にて合コン関連の話題で久しく出た音楽の時のライブの思い出を口にしたら、綺丞はまだベースが弾けると言っていた。

 何で俺が音楽の話をしているのに野球の話を持ってきたのかは意味不明だが、ユーモアが利いていたのでさすが綺丞と言える。


「それで、ライブが何?」


「良かったら一緒に行こうぜ。一人で行くか悩んでたんだよ」


「……!」


 赤依沙耶香に招待されたライブだが、渡されたのはチケット一枚。

 つまり、俺一人を指名している。

 しかし、よっちゃんもどうやら二年前はライブに来ていたような口振りなので、きっと興味もあるだろう。

 誘って一緒に楽しんで、あわよくば仲良くなろうという作戦。


「……他のやつ誘いなよ」


「えー。俺はよっちゃんと行きたい」


「はあ」


 よっちゃんが俺を睨む。

 俺も負けじとよっちゃんを見つめ返した。

 ここで折れたら、よっちゃんと遊びに行けないではないか。

 しばらく黙って見つめ合っていた俺達だが、やがて音を上げたよっちゃんがスマホを取り出す。


「じゃあ、連絡先教えなよ」


「お、いいぞ。これで俺たち……何になるんだ? 親友?」


「自惚れ過ぎ……メル友?」


 俺とよっちゃんは連絡先を交換する。

 よっちゃんは画面に表示された俺のSNSアプリのアイコン画像を見て、ふと笑う。


「何これ。カメレオン?」


「可愛いだろ。ラクダとコイツ、設定する時にどっちにするか悩んだんだよな」


「私が爬虫類苦手だったら、一発でアウトじゃん」


「カメレオンって爬虫類なんだ……」


「どうせ忘れられるってわかってるのに、私もバカだな……」


 何だか会話も最初より弾んでいる。

 これでまず一歩、かな。

 だが、ここで満足してはいけない。憲武たちのデートが終わるまでには、もっと仲良くなってやるのだ。

 ん……憲武のデート?

 俺はふと周囲を見回して、己の不注意に歯噛みする。

 憲武たちを見失ってしまった。

 すっかり二人の存在を忘れていた俺たちは、唖然としてその場に立ち尽くす。


「ん。憲武からメッセージ来た……『イチャイチャしてるみたいだから置いてく』だって」


「は? してないし……あーちゃんからも来た」


「何て?」


「えっと、『また小野くんと話せて良かったね』……今の無し。二人ともゲーセンの方にいるらしいから、行くぞ」


 歩き出したよっちゃんにネクタイを掴まれて引き摺られる。

 あーちゃんを見失ってかなり不安だったようで、顔を真っ赤にするほど動揺している。早く会いたいという気持ちが足の速さに表れていた。

 やっぱり、双子って仲良いんだなぁ。

 同い年の兄弟、か。……あ、まるで俺と雫みたいな感じかな。


 俺は、デート開始からずっと遠くでこちらを見守るように立っている雫の幻に向かって手を振る。

 すると、雫の幻影も手を振ってくれた。

 あれ……本当に幻?

 まあ、何でも良いよな。










 




 

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