五章「双星、現る!」前編

ヤツは分身の使い手だった



 体育祭休日も明けた月曜日だ。

 そこかしこに赤点補習を終えた者の燃え尽きた姿が見受けられる中、俺は放課後に備えて精神統一を図っていた。

 憲武の恋路を全力でサポートする。

 字面だけだと怪文だ。

 しかし、今回ばかりは虚偽ではない。

 ヤツは曲がりなりにもイケメンだ。

 その上、体育祭では活躍していたらしい……俺は自分のパフォーマンスに集中していたので知らなかった。

 そこで憲武イケメンの勇姿を見た女性が彼をデートに誘い、詐欺の可能性もあるのではとこれまた珍しく理性的な判断で真意を疑った憲武が俺同伴の元で誘いに応えた。

 うむ、やっぱり嘘じゃね?

 だが、茶番だとしても敢えて付き合おう。

 すべては、俺の恋人作りの為の経験値稼ぎ。


 他人の恋から学ぶ事もある。


 俺は恋というものを知らない。

 一般的に双方の恋愛感情から発展し、互いの想いがしっかりと結ばれた関係が恋人だと漫画で読んだ。

 生憎、俺は恋愛感情を誰かに抱いたことがない。

 悔しいが自分じゃ分からないんだ。

 具体的に言うと、大豆とグリーンピースって何が違うのってレベル。

 ならば、他人を見よう。

 そして学ぼう。


「――という意気込みで挑む」


 俺と憲武は、教室でデートについて語り合っていた。

 デート当日に話し合う時点で終わっているとも思えるが。


「オレの出会いを嘘っぱちだとか普段は理性が無いみたいな言い方しやがって」


「じゃあ、憲武って普段何考えてんだ?」


「オレが何か考えていると思ってる時点で愚かだな。その時に一番強い欲望に従って行動しているに決まってるだろ」


 やはり理性は無かった。

 ただ、別に憲武は異常ではない。

 俺の男子校に通っている人間は、一皮剥けば大概がこんな性格である。憲武を誘った女子だって、それも織り込み済みでデートに臨んでいるに違いない。

 だから、幻滅されても超納得する。

 今回のデートの俺の役割は、如何に憲武の醜い部分をカバーしつつ、フラレた時の心のダメージを最大限に抑えるよう立ち回る事だな。

 あれ、最大限だっけ。逆のような……でもその反対って何だったか忘れたな。


「おい。何だその憐れむような眼差しは!」


「まともなのは俺だけかって」


「へっ。今に見てろよ……オレに可愛い恋人ができる瞬間をな!」


 何か豪語しているが、きっと遺言だ。

 慰めの言葉をデート終わりまでには考えついておこう。

 さて。


「約束は今日の十七時に近くの商店街だよな」


「わざわざオレの高校の近くをデート場所に選んでくれた……心遣いだけでかわいいぜ!」


「十七時って、たしか午後五時の事だよな」


「ほう。大志に分かる事があるなんて珍しい」


「休みの日はその時間になると、雫が紅茶淹れてくれて、何故かぴったりくっついてくるから覚えた……何かの儀式の時間だよな?」


「死ィンンン……ぬぇええええ……!」


「何て?」


 果たして、このテンションでデートに向かって良いのだろうか。

 憲武はイケメンだ。

 身嗜みも気をつけている。

 女子への気配りは、普段から人類相手にも難しい状態なので望むべくもない。商店街スタートからどうするかはプランを組んであると本人が言っていた。

 うむ、今のところ不安要素は無い。


「そもそも相手の女子って、どんな子?」


「ああ。大志には教えてなかったっけ」


「ああ、うん」


 憲武から教えられた情報なんて、デートの場所や誘われた経緯、それと俺に恋人ができる確定ルートだという憲武個人の情報しかないからな。

 はっきり言って、俺には相手の姿が全く思い浮かばないから、どうしても事前に憲武をどう慰めるべきか想像がつかないのだ。

 もしパワフルな子なら、デート中に打擲された時の為に救急箱が必須になる。

 控えめな子だと、フラレる時も言い方が遠回しなので、しっかりと俺が意味を汲み取って憲武はフラレたんだと教えてやらなくてはならないのだ。


「そうだな。……髪はショートって感じで、制服を着てたな。あれはたしか、隣町の薄月高校の物だ」


「隣町からわざわざ体育祭に?」


「そうらしい。結構しっかりした子だったな」


「なるほど。体格がしっかりしてる……ジョブは武闘家ってところか」


「ん? まあ、それとな……とんでもねえ脚線美してたんだよ」


「キャクセンビ……聞いた事のない武器の名前だな。双節棍ヌンチャクと同じ類か?」


「歩いてるだけで雰囲気が周りと違うんだよ」


「歩き方で分かるかなりの手練れ……!」


 どうやら、かなりの武闘派女子だな。

 聞く限り、潜り抜けた修羅場の数も尋常ではなさそうだ。

 巻き沿いを食らって怪我をする覚悟も決めなくてはならない。デートのサポートではなく、俺と憲武でパーティーを組んで討伐するクエストだという認識でその女子と会った方が良さそうだな。


「気になるのは戦闘力だな」


「名前よりも気になるかソレ?」


「……気を引き締めて挑めよ憲武!」


「話が噛み合ってない気はするが、いつもの事だよな。――任せろ!」


 俺達は固い握手をして、放課後の決戦に臨む意思を固めた。

 相手が何であろうと、大丈夫だ。

 俺も放課後の為の武装を固めておかないとな。






 授業を夢の国との往来を繰り返しながら乗りこえた放課後、俺と憲武は商店街に立っていた。

 デート場所に指定されたポイント。

 集合場所にも誤りは無い。

 後は、相手が来るのを待つだけだ。


「いいか、大志。デートは十分前に来るのが基本だ」


「おう」


「少なくとも相手を待たせる側になってはいけないのが紳士のルールだぜ」


 それは俺でも知っている常識だ。

 ただ、憲武が自信満々で語る紳士のルールが通じない例も俺は知っていた。

 雫なんかが特にそうである。

 去年、珍しく早起きした俺は雫に迷惑はかけまいと彼女が訪れるまでに朝食以外を全て済ませた状態で雫を待ったんだが……。


『気に入らない。やめて』


 何故か拒絶された。

 今思えば、趣味を邪魔されたからだと分かる。

 だから、雫の場合は待たせるのがベスト。

 もし雫みたいに難儀な性格だったら、俺達はスタートから判断を誤った事になる。

 それに、相手は歴戦の猛者だ。

 こちらが先に待ち構えているとなれば、戦法を変えて凄まじいカウンター攻撃を繰り出してくるに違いない。


「憲武。武闘家相手は顎を絶対死守だ」


「一昨日のゲームの話か? ……お、来たっ!」


 来たか!

 俺は憲武の視線が向く方を見る。同時に、俺達に声を掛ける声があった。



「こんにちは。平沢さん……今日はよろしくお願いします」


「アンタが平沢憲武か。噂通り品が無さそう」



 現れたのは、二人の女子。

 だが、その姿に俺と憲武は数瞬の間だけ言葉を失った。

 デート場所に現れ、憲武を認識して話しかけたので間違いなく体育祭で憲武を誘った少女だろう。

 だが、それが

 どちらも、まるで複製されたかのように目鼻立ちや体格までもが瓜二つだったのだ。多少の違いといえば、髪の様子だったり片方がきっちり着ているのに対してもう片方が着崩した制服の装いだったり。

 これは、まさか……!


「く、読みを間違えた……!」


「どうした、大志!?」


「ジョブは武闘家ではなく忍者……それも『分身』を使えるなんて!」


「な、何の話かまるで分からん……!!」


 俺と憲武が二人で戦々恐々としていると、開口一番に憲武の品位を疑う発言をした分身か本体なのか分からない少女の視線が俺へと向けられた。


「そして……久し振りだな、小野大志!」


「えっ。じゃあ、やっぱりが言ってたのがこの人なの?」


「そうだよ、。……コイツが私の宿敵」


 既に俺に狙いを定めている。

 しかも久し振り、だと?

 俺は俺を睨みつける少女と、彼女を窘める隣の少女の容姿を改めて観察する。

 どちらも肩に触れない長さの亜麻色の髪に、前者は右のこめかみ辺りに四葉の髪留め、後者は後ろで軽く襟足を結っている。

 こちらに厳しい視線を向ける目元は、泣き黒子があった。

 結髪の少女もそうだが、制服の上からでも分かるスタイルの良さ。特に俺を敵視している少女は着崩している所為で胸元が少しだけ見えて艶めかしい。

 ふ……授業をサボって寝ながら本を読んでいたお蔭で、今日の俺の語彙は冴えてるぜ。

 こういうのを一知半解というんだろ。

 俺って頭良くなったな。


 でも、改めて確認しても全く見覚えが無い。

 俺は昔、こんな少女に会っていないのだ。

 正直、雫や花ちゃん以外の女子は小学校も中学校も殆ど覚えちゃいないが。

 どちらにしろ、かなり恨まれているようだ。

 わざわざ分身までしてデートの片手間に俺を叩き潰しに来るくらいには。


「ごめん。誰だ」


「忘れたとは言わせない。二年前、私のライブを滅茶苦茶にした忌々しい男の片割れ……!」


「ライブ? 二年前?」


 俺はその情報に首を傾げる。

 二年前のライブって、もしかして俺と綺丞が中学校の音楽教師の推薦で紹介されたライブ会場に行き、そこを取り仕切るオーナーからも歓迎されて参加した一回きりのやつだろうか。

 あの時は大変だったよなぁ。

 授業ではアコースティックギターなのに、エレキギターなんて物があるって知ったからライブがあるまでの一ヶ月間は雫にも秘密にして猛練習したんだ。……綺丞には無茶だろとか文句言われたけど。

 二人だけだからインスト? とかいう何でインストールって言うの途中で止めたんだみたいな名前の演奏の形になったし、バンドとバンドの間に弾いて会場の熱を保つ為の繋ぎの間奏? みたい立ち回りをした。

 大した事してないのにすごい盛況だったのは面白かったな。

 うん、やっぱりそれ以外に思い出がない。

 演奏後にオーナーとか色んな人、その日参加していたバンドの人たちにも声かけられたけど、お腹が空いていたし憶えていない。


「楽しかったけど、やっぱ思い出せねえや!」


「ッ……憶える価値も無いってわけ?」


「大志は興味の無い事だとこの世の終わりみたいなかっすい記憶力だからな」


 おい憲武、余計だぞ……一言か二言かは知らんが。

 俺と髪留めの少女の会話を見ていた結髪の少女が仕切り直すように小さく手を叩いた。


「え、えと。色々あるかもしれませんが、小野さんも把握していないみたいですし、まずは自己紹介しませんか?」


「お、いいね」


 結髪の少女の言葉で緊張した空気が緩む。

 分身なのに性格が違う……。


「では改めまして。私は夕薙ゆうなぎ杏音あのんと言います。薄月高校二年で、同級生に誘われて行った体育祭で平沢憲武さんの騎馬戦の時のお姿を拝見して、カッコいいなと思ってデートに誘われた時は嬉しかったです。――今日はよろしくお願いします」


 の、憲武が高評価だと……!?

 思い返すとあんな地獄みたいな騎馬戦に魅力を感じている時点で中々奇特な感性の持ち主だと分かるから、憲武でも評価が甘めなのは仕方ないのだろうか。…………ん、ちょっと待て。


「憲武。聞いてた話と違うぞ」


「あん?」


「誘われたって言わなかったか? 今の言い方だと、ナンパしたの憲武だって聞こえるんだが」


「見栄張ったんだよ。俺が女子に誘われるわけねーだろ、それぐらい察しろ。」


 己の魅力に対して自信満々に自信の無い事言いやがる。

 流石は憲武、伊達に自分の想いが実らない恋を幾度となくしてきただけの男だ。

 それはさておき。

 結髪の少女――夕薙杏音ことあーちゃんの自己紹介が終わり、三人の視線が俺に向く。

 え、次は俺なの?

 憲武ではなくて?


「俺は小野大志。今日は後ろの憲武の付き添いで来たんだ。よろしく」


「隣だよ。方向感覚狂ってんじゃねえか」


 うるさいな。

 こうして自己紹介を短くし、俺に関する情報を最小限にしたのも偏に憲武の為だ。俺という人間に興味を抱かず、憲武を目立たせる。

 これも恋愛サポートの手段の一つ……ってネットの掲示板に書かれていた。

 俺は今度こそ、と憲武に視線を投げる。

 意図を察した憲武が頷き、おそらく考えてきたであろう渾身の自己アピールを口にしようとして。


「俺は平沢憲武――」


「知ってるから飛ばすね。それじゃ次は私で」


 憲武、撃沈。

 勝手に自己紹介を遮りやがった髪留めの少女が一歩前に出て、至近距離で俺を睨め上げる。

 この角度だと、シャツの襟元から豊かな谷が丸見えだ。……あ、雫と違って黒子が無いんだな。


「私は夕薙ゆうなぎ吉能よしの。双子の妹のあーちゃんが噂で変態って有名な平沢憲武とデートするって聞いたから心配で監視しに来た。……覚悟しなよ」


 髪留めの少女――夕薙吉能ことよっちゃんからの自己紹介に、俺と憲武は渋い顔になる。

 変態で有名、とは失礼にも程がある。

 憲武はたしかにムッツリではなく肉食系のタイプであるが、注目を浴びるレベルの大胆な変態ではない。


「憲武が変態だからってキツい当たり方するな。名誉キソンってやつで訴えるぞ」


「オメーもオレの名誉に配慮して喋れ」


「あって無いような物だろ」


「オレ、デート前に自分の手を大志の血で染めたくないんだけど」


 憲武はがっくりと肩を落とす。

 俺と憲武の様子を、あーちゃんはくすくすと笑って見守っている。こんな下品な会話を微笑ましげに見ている……やはり感性が独特なのだろう。

 よっちゃんなる喧嘩腰の少女の表情は依然として厳しい。


「まあ、取り敢えず。今日は憲武のデートって事でよろしくな。よっちゃんとあーちゃん」


「はい。よろしくお願いしますね」


「気安くよっちゃんって呼ぶな!」


「オレのデートなのに何で大志が仕切ってんだよ」


 三者三様の反応に、俺は唸るしかない。

 憲武に魅力を感じる独特な感性の持ち主あーちゃん、俺を敵視し憲武を変態と看破するよっちゃん、そして憲武と、少し離れた場所でこちらを見る雫の幻が見えている俺こと小野大志。

 やれやれ……今回のデート、波乱がありそうだな。

 







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