何の成果も得られませんでした
俺とよっちゃんは商店街で立ち尽くしていた。
ゲームセンターに入ったとあーちゃんが連絡を入れてくれた事で、真っ直ぐそちらに向かって二人との合流を図った。
折角第三者として恋の行方を観察して自分の恋人作りに役立てたいと意気込んでいたのに、もし合流した時に二人の関係が目を離す前よりも進展していたら今日の同伴自体が無意味である。
何としても早く合流しなくては。
そう思っているのに、現実は上手くいかない……!
「違う、もうちょい右! このクソアーム!」
「怒らないの。これ一回過ぎたら戻れないんだっての」
「腹立つぅ……!」
俺とよっちゃん、絶賛UFOキャッチャーにドハマリ中なのです。
特に取りたい景品があるわけではないが、人が楽しそうにやっているのを見ているとつい自分もと思ってしまうゲームセンターの策に、よっちゃんがまんまと嵌ってしまったのだ。
意外と単純な子なんだな。
これには俺も呆れてしまった。
「うーっ!」
「そんなに欲しいのか? あの人形」
「欲しく無い! 一番手応えありそうだったから狙ってんのに、スカスカ避けやがってェ……!」
「人形は動いてないぞ」
UFOキャッチャーでここまで熱くなる人なんて初めて見たよ。
去年、こことは別に商店街にあるもう一つのゲームセンターの一回百円のUFOキャッチャーで五千円を使って全景品取った時の俺よりも心を燃やしている。
早く憲武たちと合流したいが、よっちゃんを一人にして戻っても顰蹙を売りそうだし。かと言って熟練者の俺が代わろうかと提案しようにも、よっちゃんは景品が欲しいのではなく景品を自らの力で手にした達成感を求めているから手伝いも必要とされていない。
俺が思案に耽っている最中も、よっちゃんの筐体に金を投じる手は止まらない。
おめでとう。
この筐体の今日の売上げは凄いぞ。
何度も空振りが続き、よっちゃんが俯きながら握り込んだ両拳を掲げて震えている。
駄目だぞ、苛々しているからといって筐体に攻撃してはいけない。
それをやって出禁になっている憲武を去年見かけたのだ。
ヤツは未だにここへは立ち入れないらしいしな。
俺はよっちゃんを止めるべくその拳に手を伸ばしたが、逆によっちゃんの方から伸ばされた手が俺の袖を握る。
驚いて固まる俺を、振り返ったよっちゃんの潤んた瞳が映した。
「何で取れないの? ぐやじぃ〜……!」
ううむ、すっかり入れ込んでしまっている。
「アドバイス要る?」
「どうせ肩の力抜けとか、角度とか結構ありきたりなくせして実はテクニック必須の直ぐには実践できないような意味無いアドバイスだろ!」
「お、言おうとしてたやつ全部言われた」
分かっているのに出来ない。
そうだよな。理解しているのに実践しても失敗が続けば理想と現実の差をこれでもかと痛感させられてとても歯痒い気分になる。
俺だってライトノベルで可愛い幼馴染ヒロインを見ているが、現実にはラノベ以上に可愛くて完璧な美少女幼馴染がいる。
違うんだよ、もっとラノベっぽい幼馴染が良いんだよ!
「あ、小銭尽きた!」
「また次の機会だな。同じ景品があるとは言えないけど」
「うう〜!」
悔しげに唸るよっちゃんは、びしっと取りたかった景品を指さしながら俺を睨んだ。
「取って!」
「え。やっぱり欲しいのか?」
「違う。私がこんなに失敗するんだから、絶対他の人も苦戦するんだってところを見れば納得できる……」
自分だけ失敗する現実を直視できず、同じ犠牲者を求め始めた。
良い性格をしているじゃないか。
俺はため息をつきながら、百円を投じる。
よっちゃんが狙っている景品は大きい上に全体的に凹凸も少ない楕円に近い造形の奇妙な生き物の人形。
たしかに、難しいと思う。
俺だって金を無駄にしたくはないが、付き合わなかったらよっちゃんが余計に機嫌を悪くするのは目に見えているので、五百円分くらいやったら諦めよう。
悲しい覚悟を胸に秘めた俺は、無言でアームを操作し、狙いを定めて景品へと降下させた。結果は――。
「取れちった」
「おかしいよこんなのぉ……!」
両手で顔を覆い隠し、認められない現実に体ごと横に振っている。
俺は取れてしまった人形へと視線を落とす。
どうしよう、スゲー要らねー。
「アンタ、こういうの得意なの?」
「人並みには」
「私は人並み以下かよー……。最悪、こんな調子であーちゃんたちと合流したら何してたか訊かれる。話したら絶対笑われる」
「不幸話より笑い話の方が良くね?」
「プライドがある!」
プライドがあるのは良い事だ。
「俺は一時期通っていた時期があるしな。憲武もここにはよく来ていたし、アドバイス貰ったら良いと思うぜ」
「平沢憲武? ……上手いの?」
「下手だよ。さっきのよっちゃんみたいに取れなさすぎて筐を蹴ってここを出禁にさせられてさ。それから大人しく近くのゲーセンで練習しているけど上達しないんだよなこれが」
「は? 出禁? 近くのゲーセン?」
俺の言葉を聞いて、はたとよっちゃんが動きを止める。
どうしたんだろうか。
「え、出禁って事は平沢憲武どころかあーちゃんも居ないんじゃ」
「だろうな」
「何で止めなかったの!?」
「よっちゃんがネクタイ引っ張って歩くから、首絞まってたから話せなかった。あれが犬が散歩する時に味わう気分なのかな……」
「うっ……」
俺が犬の境地に達した己の現状に感動している傍で、よっちゃんが肩を落としている。
おいおい、その肩の力を抜くのは今じゃなくてUFOキャッチャーをしている時にすべきだったのに。
「UFOキャッチャーで惨敗した上にそもそもゲーセン違いで無駄足だとか……恥ずかし過ぎる」
「まあまあ。日常で躓くなんて日に十や二十あってもおかしくないって。前向きに行こうぜ」
「桁が違いすぎるでしょ! それはアンタだけだよ!」
「何で俺だけ普段から怪我しやすい事を知ってるんだ……」
ゲームセンターで時間を消費してしまった。
急いで憲武の元へ向かわなければ本末転倒である。
しかし、この人形が邪魔だなぁ。
よっちゃんは欲しいわけでもないし、俺もこんな大きな荷物を抱えて憲武と合流したくないんだよ。……絶対に笑われるから。
「コレどうすっかなぁ」
「私に頂戴。大志が取ったんでしょ」
「ああ。良いのか? サンキュー雫」
隣に現れた雫の幻影に人形を渡す。
良い時に現れてくれたな。
よし、これで何の憂いもなく憲武の所へ――と前に踏み出そうとした足を、雫の幻影が上から踏み押さえてきた。
あれれ、実体があるだと?
俺は再び、隣の雫の幻影を見る。
え、本当に実体があるのか。
試しに手を伸ばして、その頬に触れる。
おお、温かい。髪にも触れると、指の隙間をさらさらと滑る心地よい感触がした。
「おお……生きてる。え、本物?」
俺が幻影だと思い込んでいた雫が実は本物だと気付いた瞬間、俺の足を踏む力がさらに強くなった。
「私は、平沢くんと放課後に遊ぶって聞いていたのに……何で女子と二人きりでゲームセンターに遊びに来てるの?」
「雫こそ、ここで何してるんだ。見てたなら声かけてくれよ。幻かと思ってずっとよっちゃんと一緒に無視しちゃったじゃんか」
「よっちゃん? ……へえ、随分親しげな渾名で呼ぶんだ?」
さっきから雫は何を笑顔で怒っているんだろうか。
しかし、この怒り様はどれだけ言葉を尽くしても許してはくれなさそうだ。
こうなったら、最近発見した夜柳雫攻略法が一の手――『ナデナデ』だ!
俺は雫の頭へと手を伸ばす。……が、それを雫が直ぐに掴んで止めた。
「何ッ!?」
「もうそんな手には引っかからない。たしかに強力だけど、触れられなければ意味無いから。……続きは家でして」
「く、ならば次の奥義ギギっ!?」
雫に掴まれた俺の手首から色々と軋む音がする。
やめて、手首がスリムになっちゃう!
駄目だ。……これは逃げられない。
「よっちゃん! ここは俺に任せて、先に行け……!」
「え、え、え」
「雫は、俺が何とか……する、から……」
「す、既に息絶えそうだけど巻き込まれるのは御免だから、そうさせて貰う! ……ライブの件は忘れないでよ!」
俺に背を向けて、よっちゃんは走り去っていく。
店内は走っちゃ駄目だよ。
俺は肩越しに涙で歪んだその後ろ姿を見届けて、改めて正面に向き直る。
「ライブの件、って何?」
今日の収穫、雫を怒らせた。……以上!
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