見つけたぞ、夜柳雫攻略だ!



 体育祭は紅組――俺たちの勝利となった。

 それ自体は喜ばしいのだが、最優秀選手賞なる物が授与される時に問題が発生したのだ。

 校長曰く「選ぶべき人間がいたけど騎馬戦でやり過ぎてた」との事で、本来とは違う人間が選ばれた。何事も度が過ぎてはいけないのである。分かったかね、やりすぎてしまった君よ。

 しかし、騎馬戦でやらかしてしまったという話では俺も他人事ではない。

 ううん、親近感。


「大志。今日はお疲れ様」


「ホントだよ。疲れすぎてまだ体育祭二回はできる」


「三回も無いんだから一回に全部費やしなよ」


 俺を労ってくれる雫と並んで帰途に付く。

 今回も結局、雫に翻弄されてしまった。

 でも、最後に梓ちゃんの弁当が食べられた事が奇跡とも言える。これでもう晩飯は要らないほど満腹になったので、家に到着したら雫に伝えよう。

 それにしても、体育祭という行事が終了したとなると、一学期はもう特に何も無くなるのではないだろうか。


「雫。夏休みまで何かイベントあったっけ」


「期末のテスト」


「お、テストか。今度こそ雫に頼らず独立で赤点を逃れてみせるぜ」


「……私と勉強してくれないの?」


 雫が禍々しい上目遣いで俺を見る。

 残念だが、雫には頼れない。

 実は俺なりに、中間考査のテストでは苦い思いをしていた。勉強で他人の力を借りて手に入れた点数で、俺は細川なんとかさんと点数勝負をした事を少しだけ反則で勝ったように感じている。

 雫の助力があれば、誰だって赤点は回避できる。

 だからこそ、赤点基準以下の点数しか出さない生徒会長に勝つなんて普通は出来ない。


「雫と勉強してたら赤点回避なんて余裕だろ。それじゃ駄目だ」


「何言ってんのアンタ?」


「雫に頼らないでテストを乗り切――」


「私の趣味を邪魔したら、って話は忘れた?」


「あ゛っ」


 そ、そうだった。

 雫の趣味は――小野大志の世話だ!

 邪魔したら恵方巻きにするとかどうとか恐ろしい事を言っていたほどの入れ込みようで、雫の小野大志離れの障害として最大の要因である。

 テスト勉強もお世話だったのか。

 俺としては介護みたいな物だと思っていたんだが、雫にとっては趣味の範疇らしい。


「雫は難儀なやつだなぁ」


「大志ほどじゃないと思うけど」


「俺は真っ当な方だろ。まだ雫に生活全般の面倒見て貰ってるだけだし」


「病院に連れて行かなきゃいけないんだろうけど、こういう頭じゃないと私が上手く扱えないし。……難儀ね」


「誰の話?」


「おバカの話」


 俺の話をしているのに知らないおバカさんのお話を持ってくるなんて。

 話には脈絡っていう物があるんだぞ。

 雫よ、次のテストの国語教科は痛い目を見そうだな。

 人生で初めて赤点を取った雫を目にすることができるかもしれない。

 雫が赤点……はっ!


「雫。勝負しないか?」


「また点数勝負?」


「そう。前回の勝負に続いてだ」


 くくく、夏休み前のテストという事は、前回のテストでの敗北をまだ挽回できる。

 具体的に言うと、敗北者に課せられた条件を覆せるのだ。雫に根こそぎ奪われてしまった俺の夏休みを取り戻す!

 そして、憲武や綺丞と男旅なんかをしたり、雲雀とのゲームや梓ちゃんと遊びに行き――はっ!?

 ま、待てよ。

 女の子との約束は、雫の髪に関わる。

 つまり、夏休みを取り戻してもデートはできない。人間の髪、それも雫の本来の長さまで戻すとなれば少なくとも二、三ヶ月の時間を要する。

 ちら、と俺は雫の横顔を盗み見る。

 顔面綺麗だ。

 違う、顔じゃなくて髪の話だ。

 く、三ヶ月近くも待っていたら俺の夏休みなんて全て消えてしまうではないか!


「雫。育毛剤とか買わない?」


「何に使うの?」


「雫に」


「それで伸びた分だけ切るから」


「えぇ……それじゃ、いつまで経っても他の女の子と遊べないじゃんかよ」


「それもいいかもね。延々と伸ばして切ってを繰り返そうかな」


「それは人間として当たり前では?」


「長くなる前に切るって話」


「酷い! オマエなんか人間じゃない!!」


 喚く俺を無視し、家に到着した雫は慣れた手つきで俺の家の扉の鍵を開ける。

 玄関へと入り、靴を脱いで上がった――その瞬間に、雫が俺の胸元に顔を埋めた。


「……臭い」


「汗臭いって話か?」


「それは別に。……ただ、私以外の匂いがする。誰かと抱き合ったりした?」


「騎馬戦で憲武とか皆と。あとは……どっちが先にトイレ行くかで知らないおじさんと相撲で対決した時くらいか?」


「赤依沙耶香と密着してたよね?」


 そんなことあったっけ。

 赤依沙耶香と密着した瞬間なんて……と考えて、ふと彼女に関する出来事であることを思い出した。

 俺は右ポケットに手を入れて探る。

 この形と、彼女の言い方から察するにライブのチケットだ。赤依沙耶香が軽音部で結成したバンドは校外にも活動を展開しているらしく、ライブハウスで演奏もしているらしい。

 このチケット、雫に見せたらマズいよな。


「ああ。転びかけた沙耶香を受け止めた時のやつか」


「そう。たしかいやらしくアンタの太腿を片手で撫でながらね」


「いや、太腿撫でてたんじゃなくてポケットに――はっ」


「ポケットに、何?」


 いいいいいいかん!

 つい口が滑走してしまった!

 不審に思った雫の手がポケットに伸びてきた。

 このままでは、ライブチケットが取られてしまう!

 女の子との約束は雫の髪を伸ばす約束からするとタブーだが、タブーって何だったか忘れたけどライブに行くのは駄目って事だ。

 しかし、純粋にライブが気になる。

 斯くいう俺も綺丞とライブハウスで演奏した身だが、所詮は中学の音楽教科で組んだだけのお遊びグループのクオリティだ。

 日々練習し、ライブの為に仕上げているらしい赤依沙耶香の腕前が純粋に気になる!


 何としてもチケットを死守しなくては。


 俺はポケットに接近する雫の手を握る。

 よし、これで動きは抑えた!

 あとは隙を見て、一気に距離を取って部屋に逃げ込み、チケットを隠すだけ――!



「あっ……そ、そんな強く握らないで」



 ん?

 切迫している俺を馬鹿にでもするかのように、雫はなぜか頬を赤らめて動揺し始めた。

 強く手を握るな、って何だ。


「どうした、雫?」


「い、いや、その、違くて……」


「え? 本当にどうした?」


 珍しい雫の様子に、いよいよこちらも動揺してしまう。

 この反応、まるで水族館の時の……。

 あれ、雫と水族館なんて行ったっけ。動物園だった気がするな。

 そう、動物園で雫を抱きしめた時の反応に似ている。

 最近は後ろから突然ハグしたりしても幸せそうな顔で笑うだけで特にダメージが入った様子が無かったのに。


「何でそんな恥ずかしそうなんだよ?」


「だ、だって」


 顔を背けながら、雫は短くなった毛先を指で弄ぶ。

 答えるのを躊躇っているようで、いつまで経ってもこちらを向かない。流石に焦らされるとチケットを死守する気持ちよりも好奇心が勝ってしまい、俺は雫が見えるように手を握ったまま回り込む。



「手……大志から握ってくるの、初めてだし」



 雫はぼそぼそと真っ赤な顔で呟く。

 顔を見られて観念したのか、白状した内容は俺にとって霹靂だった。何か足りないような。

 いや、霹靂は別にどうでもいい。

 初めて俺から手を握られただけで、こんなリアクションをするのか。

 ハグの時も、確かあれまで雫に自分から抱きついた事なんて無かったしな。


 ほう……これは、使える。


 何で雫が怯むのかは一切分からないが、要するにいつも雫がしてくる事を俺が自発的に行うと効果抜群だということだな。

 知られたくない事があったら、これで撃退すれば良いということ。

 試しに、他もやってみるか。

 例えば……えーと……。


「よしよし」


「ッッッ!!!!?」


 雫の頭を撫でてみた。

 これも、多分だが俺からはした事が全然無い筈だ。

 果たして、反応は如何に――?



「え? え、えへへ……やめてよもぅ何?」



 雫が嬉しそうに手にすり寄る。

 ま、間違いない!

 動揺はしていないけど、これは効くんじゃないか?

 期せずして俺は、夜柳雫の攻略法を見つけてしまったのかもしれない。雫と交流してかれこれ十年以上が経って手に入った物としては少ないようにも思えるが、今は助かる!

 つまり、勉強したくないのに勉強しろと言われた時はこうすれば誤魔化せるってわけだ。

 よし、とりあえず雫をこのまま撫で続けてチケットの事を忘れさせればいい。


「雫も今日は教えてない体育祭の存在を嗅ぎつけたり、弁当作ったり……頑張ったなー?」


「そ、そんな褒めたって……好き」


 いいぞいいぞ、効いてる効いてる!

 俺は勝利の予感に、内心で高らかに笑っていた。

 ――が、次の瞬間には雫の手を捕らえていた手が逆に握り潰さんという握力を受けて拉げる。

 んあ?



「……そう。そうだった。どうして昨日の夜は体育祭は無いなんて嘘ついたの? 私に知られないようにして、何するつもりだった?」



 メキメキと握られた手が笑っている。

 お、おかしいぞ。

 今は雫の知能指数が下がっている筈なのに、どうして昨日の夜の嘘なんか思い出せるんだ?

 俺が困惑していると、雫が空いた手で俺のポケットに突っ込む。


「私が気付いてないとでも思ってたの? アンタが白状するまで待ってあげてたのに、また私から隠してさ」


「ほう。泳がされていたのは俺だったか。流石は雫だぜ。俺の奇跡的な一手をこうも軽く凌駕するなんて幼馴染として鼻が高い」


 ふ、夜柳雫ってやつはこうでなくては。

 少し奇を衒った策で軽く手懐けられると思ったら大間違いだ。

 むしろ安心したぜ。

 幼馴染の聡明さが健在である事が知れて、俺は満足だ。……ところでチケット返してくれないかな。

 雫の頭を撫でていた手をチケットに伸ばそうとする。



「駄目。もう少しこのままで」



 雫が拗ねたように、頭から離れた俺の手を睨んだ。

 全く、仕方がないな。

 チケットは、雫が満足してから取り返せばいいと考え直し、俺は再び雫を褒めながら撫でるのだった。








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