協調性が無いヤツめ
『クラス対抗リレー・二年の部の首位は……頭の可怪しいB組の連中だァ!!』
実況席から上がる紹介に怨嗟の声が上がる。
俺のクラスが一位を獲得したクラス対抗リレーは、異様な盛り上がりを見せていた。
メンバー各々が並み居る運動部の豪傑たちに負けず、下痢気味で肥満体型な内田くんは例に漏れずというかアレも漏らさずバスケ部最速の男と接戦を繰り広げ、女子の目があると極度の緊張を催す上がり症の根山くんは「どうせオマエの事なんか誰も見てないって」という憲武のアドバイスで一二〇%の
因みに俺は、珍しく全力を発揮して校庭のトラック半周分の距離をつけて陸上部準最速の男に圧勝した。
流石は帰宅部の健脚だ。
ゴールと見定めた場所へ帰ることに関して他の追随を許さない。
「大志。オレたちの独壇場だったな」
「ああ。もしこれで女子にモテても文句は言えないですぞ小野氏!」
「ふ、ふへっ。僕の事なんてどうせ誰も見てないんだ……ひひっ……」
勝利の喜びを分かち合う俺達を羨ましそうに見る視線が二位や三位の人々から注がれる。
安心しろ、君たちも部活を辞めれば早くなるさ!
これは才能じゃない。
弛まぬ努力の末の結果なのだから。
「これで雫も満足だろう」
「夜柳様の髪の毛を賭けてんだっけ。オレ達も勝利に貢献したんだからご褒美があってもいいよな?」
「憲武なら女子を一人紹介して貰えるんじゃね?」
「聖志女子校の女子はもう無理だ。中学の同級生だった子で頼みたい」
ご褒美にリクエスト注文しやがる。
俺も特に何も縛りが無かったら、今頃は他の女子とデート出来ていたんだろう。
だが、それよりも雫の髪の復活が急務だ。
女の子とのデートは、雫の髪が充分な長さに戻ってからで良いだろう。……永守梓は体育祭とか関係無くデートしてくれるって話だったしな!!
タダで転んでも起きないのが俺だ!
「そうなるとデートは二、三ヶ月後か……? 夏休みは全滅、というか元々雫にテストの点数勝負で雫の物になっちゃったんだっけ」
あれ、これ別に俺頑張っても頑張らなくても損しているだけなんじゃ……?
雫の髪を始めとして、今年の俺って女子の友だちが増えるほど何かを失っている気がする。
あれれ?
俺ってば、もしかして今回もまた雫に邪魔されたんじゃないか?
「流石にそれは考えすぎか」
「普段から何も考えてないやつが何言ってんだ?」
「憲武。二言余計だぞ」
「一言しか言ってねぇだろ。だから何も考えてないって言ったんだよ」
「ほら! 今二言、言ったじゃねえか!」
「今のは三言だバーカ! 数も数えられねえのかよ!」
勝利の余韻も忘れて罵り合いながら俺たちは退場する。
けっ、所詮は帰宅部。
普段から部活という集団の中で過ごしていないだけあって協調性という物が全く無い。
やはり、体育祭は運動部の活躍こそ場を飾るに相応しい。
イライラしながら場外へ出た後、解散していくリレー選手たちの流れに身を任せて歩いていたら、少し離れた場所で手を振って待っていた雫を発見する。
その周囲では、いろはや永守梓たちが顔を険しくさせていた。
俺が居ない間に喧嘩でもしたのかな?
協調性が無い、さては彼女らも帰宅部か。
「やあ、帰宅部の女子たち!」
「私は運動部所属なんだけどなー?」
「なぜ相森さんだけ? ここまで来たら揃えるのが普通だろ。やはりその協調性の無さは帰宅部だ!」
「どしたの? 偏見が凄まじいけど」
この人も一言多いな。
いや、今は二言なのか? くそっ、算数って分からん!
俺が計算に頭を痛めていると、雫から水筒が差し出された。
礼を言いながら水筒を受け取って中身を一気に呷る。
「大志。お疲れ様」
「ぷふーっ。サンキュー、生き返ったわ」
「全力で走ってたけど、珍しく怪我もしなかったのね」
「まあ、雫の髪が懸かってるからな。極限まで追い詰められると俺は全力を無為にしない質らしい」
「へえ……私の為なら全力出せるんだ」
雫のこぼした一言で、急にその場の空気が冷たくなったのを感じる。
お、涼しー。
まさか屋外で冷房を効かせるなんて、今回の体育祭はみんなが設営を頑張ったんだろうな。エアコンとか全く周りに見かけないけど。
「あ、梓ちゃん」
「は、はい!」
「ごめんな。今回は雫の髪でお釈迦になったけど、デートの件はまた今度で」
「……はい」
俺が小声で伝えると、永守梓は複雑そうな顔をする。
うん、気持ちは分かるよ。
二、三ヶ月も延期って言われると堪えるのは当然だ。俺も注目していた新作ゲームを発売一年延期という報せを知った時には別のゲームに潔く移行できたし。
「ん? ところで梓ちゃん、それ何?」
俺は、ふと疑問に思った永守梓の荷物を指差す。
体育祭に来るだけにしては、珍しく量が多いと思ったからだ。ずっと持っているのか、若干だが腕が苦しそうに見える。
俺の質問に、永守梓がおずおずとそれを差し出してきた。
「これ、本当は弁当だったんです。大志先輩の為の」
「んぇっ? ホントに!?」
「でも、夜柳先輩の弁当があったのでご遠慮したんです――」
「食べる食べる! リレーで体力使ってお腹空いてたんだよ!」
俺は弁当箱を受け取って空に掲げた。
「ふはーっ! 雫以外に初めて人から弁当作って貰ったぞ。今日は記念日だな……な、雫!」
「アンタの命日にしていい?」
「何と!!?」
雫以外の女子から弁当を初めて貰った事を記念日にして祝おうとしたら、俺の命も潰える事になるらしい。
それでも食べるけどさ。
俺が礼を言うと、永守梓が眩しい笑顔を向けてきた。
作って貰った側の俺より嬉しそうなのは何故なんだろう。
「懐かしいですね、小野先輩。中学最後のバレンタインの時も夜柳先輩以外に初めてチョコ貰ったって、私の作った物で喜んでましたね」
いろはが懐かしむように言うと、また空気が冷たくなった。
涼しくはあるが、汗をかいた後の体には少し毒かもしれない。お腹が冷えてきてトイレに行きたくなってきた。
「小野大志、貴様ァー!!」
女子たちと和やかな空気で会話をしていたら、遠くが俺を怒鳴りつける声がした。
全く、折角みんなで楽しくやっていたのに雰囲気を台無しにするなんて……この協調性の無さ、オマエも帰宅部だな!?
声のした方へ振り向くと、ずかずかと大股で接近する人影を見つけた。
あれは、たしか……。
「おまえは――生徒会副会長の誰か!」
「細川太河だ! そろそろ憶えろ単細胞め!」
「どう見ても多細胞だろうが! 理屈は分からんけど」
俺の傍までやってきたその細いのか太いのか分からない名前の男が至近距離で睨みつけてくる。
眼力は怖くないが、眉間の皺が多すぎて笑い負けしそうだ。あと顔のあちこちが蜂の巣でも突いた後かというように腫れていて、直視するこちらの精神力をゴリゴリと削る。いかん、堪えろ。
「貴様、騎馬戦での暴挙といい……夜柳さん以外にも女子を引っ掛けるなんて不埒な事をしおって!」
「俺が引っ掛けてるのは雫以外の女子だ! 雫は引っ掛けてない!」
「では、何故私はフられたんだ!?」
「それは全面的に生徒会長個人の責任です」
俺が呆れていたら、横から雫が助け舟を出してくれた。助け舟というより、トドメの一撃に近い気もするが俺にダメージが無いので良しとしよう。
「夜柳さん、考え直してくれ。この男は将来君にとって災いにしかならない迷惑をかける」
「大志よりも魅力的な男になって来てから言って下さいね。応援してます」
「ぐはっ……!?」
好きな人――雫から応援していますという一言を受けて、感激に胸を抑えてその場で細川太河は悶え始めた。
喜ぶのは別だが、雫じゃなく俺の足首に巻き付いてのたうち回るのはやめて欲しい。
「ねえ、大志くん」
俺が足下の帰宅部を睥睨していると、肩にすり寄ってきた沙耶香が俺のポケットに何かを入れた。
「ん?」
「今度、ライブするんだ。よかったら来てよ。ライブチケット入れといたからさ」
耳打ちでそれを伝えながら、沙耶香が離れる。
耳朶の下で話されたのでうまく聞き取れなかったが、「ライブチケットをポケットの中に入れた」はたしかに聞こえたので、後で確認しよう。
『次は、クラス対抗障害物走です!』
「あ、そろそろ俺も自分のクラスの応援に行かなきゃ」
アナウンスで告げられた次の競技に俺はハッとする。
女子たちに颯爽と別れを告げて、クラス指定の応援席へと走った。一度だけ振り返って彼女らを確認すると、全員が笑顔で手を振っている。
どうやら、俺が来た事で喧嘩で悪化した空気も改善されたようだ。
一瞬、花ちゃんが口パクで『また後で』と言っていたが、もう体育祭で疲れているので勘弁して欲しい。
それにしても、あそこを離れた途端にまた暑くなったな。
冷房が効いてませんよ、設営。
応援席まで戻ると、憲武が待っていたとばかりに駆け寄ってきた。
「大志! 聞いてくれ!」
「どうした。ハトがロケットランチャー食らったような顔して」
「さ、さっき『今度デートしないか』って知らない女子に誘われたんだ!」
「へえ。知らない人について行っちゃ駄目だぞ」
「ああ、分かってる。だから、オレも用心して『小野大志って友だちが一緒なら良いよ』って返したんだ。そしたら是非って言われたよ」
「なに勝手に友だち巻き込んでんだ! 俺は行かないぞ!? 行ったら雫の髪が戻らないじゃねえか!」
「頼むよぅ。もう恋のキューピッドは嫌なんだ。オレもカノジョ作りたいんだよぅ……!」
泣いて縋りつく憲武に俺の顔は渋面になる。
友達として、俺は憲武の苦闘の日々を聞いていた。
自分がセッティングした合コンでは、いつも自分以外が恋人になる確率が高くて男子校では『愛の神』とか意味不明な異名を授けられるような男だ。
そろそろ自分も欲しいんだろう、真の愛が。
ううむ、だが俺は雫との約束が……。
ん、待てよ?
「憲武。確認したいんだが」
「あ?」
「これは俺とおまえの約束であって、俺とその女子の約束ではないよな?」
「当たり前だろ! なに自惚れてんだ、誘われたのはオレだからな!?」
喚き散らす憲武を無視し、俺は歓喜で拳を握りしめる。
雫は、『自分以外の女子と約束したら』と言っていた。雫の長い黒髪の復活が人質に取られている以上、それは絶対厳守だ。
しかし、今回は違う。
約束の相手は女子ではなく憲武なのだ。
それに、恋人作りに邁進している俺に必要なスキルかもしれない。
他人の恋を客観的に捉える立場となり、それをサポートする事でより理解を深め、自身の時に役立てる為の経験を培える絶好の機会だ。
「憲武。その話、喜んで受けるぜ」
「おお、我が友よ! やっぱりオレたちは親友だ!」
俺と憲武は肩を組み、浮かれてスキップをする。
この息の合い方、二人三脚をしていたらまた優勝していただろう。
俺達の絆は何よりも固い。
やっぱり、帰宅部の協調性って最高だな!!
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