嵐の前の嵐



「ッしゃオラァ!!」


 騎馬戦にて四騎から奪い取った鉢巻ハチマキを頭上に掲げて、俺は歓喜の声を上げていた。

 悔しそうに項垂れる敗北者たちにもよく見えるようにぶんぶんと回す。我ながら性の悪い行為だが、観客席で見ている三人の女子、特に雲雀からは好評だ。

 雲雀はスマホを見ており、他二名は笑顔で手を振ってくれている。

 確かな手応え、素晴らしい。


 そのまま退場し、会場外へと出て一息つく。

 解散していく者たちを見送りながら、俺は垂れてくる汗を腕で拭った。

 それにしても暑い。

 六月だっていうのに、まるで三月並みの気温だ。この中でもよく頑張ってるよな、俺。


「お疲れ様ですっ。小野先輩!」


 感傷に浸りながら乱れた息を整えていると、隣から水入りペットボトルが差し出された。


「おー、梓ちゃん。ありがと」


「いえいえ。男子校って初めて来ましたけど、凄い熱気ですね」


「だよな。そろそろ寒くなってきても良い時期なのに」


「先輩の体感だけ温暖化を過敏に感じ取ってます?」


 タオルを片手に、こちらに天使のような微笑みを向ける永守梓に俺は感謝を伝える。

 その笑顔で体を苛んでいた疲労感が和らいではいないが軽くなった気がする。


「梓ちゃんも観戦?」


「はい。その……先輩を応援しに。えへへ」


「え。可愛いかよ」


 少し恥ずかしそうにこぼす永守梓に、腹部辺りにズギュンと衝撃が走る。

 先日の水族館デートといい、この子の可愛さは留まる処を知らない。

 男子の思い描く可愛い後輩の理想像をこれでもかと体現しているような気がする姿に、例外なく俺も興奮させられている。憲武が見ていたなら間違いなく血迷って何か仕出かしていたかもしれない。


「先輩。騎馬戦、カッコよかったです」


「だろ? 合体って男のロマンだよな」


「いえ、騎馬ではなく先輩の活躍です」


「あれか。ま、七割の出力ならこれくらい普通だって」


「え、全力じゃないんですか?」


「何事も全力で挑むと成功した例が無いんだよ。ゲーセンのモグラ叩きで全力出したら何故かハンマー握ってる手の五指が脱臼したし」


「神様に呪われてますね。きっと」


 前世は悪人だったかもしれない。

 多分、神棚に供えてあった饅頭を盗ったくらいの重罪を犯したのだろう。

 何にしろ、神様に酷い事をしたに違いない。

 それでよく、人間に生まれ変われたものだ。

 おまけに雫なんていう超人の隣に生まれる奇跡すら起こしている。……きっと来世は無いかもしれないな。


「怪我には気を付けて下さいね」


「全力を出さなければ大丈夫」


「か、悲しい安全性ですね」


「それに、梓ちゃんみたいに可愛い女の子たちが応援しに来てくれてるのに怪我なんて無様を晒せるかよ」


 俺には既に三人の女子が背中を押してくれている。

 それに加えて未来の彼女候補達がこの中にいて、俺の戦いを見ているのなら失敗なんてできない。



「そ、そんな。か、可愛いなんて……”たち”?」



 何故かぴたりと永守梓の動きが止まる。

 ん?


「たち、って……他にも知り合いが?」


「ああ。何でも、俺が好成績を残したら三人いる知り合いの女子の内の一人とデートできるらしいんだ」


「……ふーん」


 説明すると、永守梓が納得したように頷く。

 頬を膨らませて、ジト目で俺を見上げていた。

 あれだな、表情筋を動かす事で美顔効果を期待されている顔面トレーニングにそんな表情があったような気がする。

 こんな時まで可愛いに余念が無いとは。


「先輩」


「はい?」


「体育祭の成績とか、順位とか関係無しに……私とはデートしてくれますか?」


「え、マジで? するよ。出来るならもう体育祭とか頑張らなくて良く思えてきた」


 条件とか関係無くデートしてくれる女の子がいるのなら、もう頑張る意味とか必要無い。

 そうか、無闇に探さずとも身近にこんな可愛い女の子がいるのだから、アプローチしていく方が恋人作りとして進めるべき事案ではないか。

 灯台が暗い、というべきか。……あれ、何か足りない?

 まあ、どうでもいい。

 もう永守梓とのデートで全て収まる。


「でも、それはそれとして」


「ん?」


「先輩の頑張る姿が見たいので、今日は目一杯応援しますね」


「どれだけ俺をキュンキュンさせたら気が済むんだ、この後輩」


「水族館の時のお返しなのです」


 何か、今物凄く幸せな会話をしている自覚がある。


「あれ、大志くん。その女子誰?」


 気配もさせず後ろに立っていた花ちゃんから声をかけられた。続けて赤依沙耶香や雲雀、相森梅雨も続々と現れる。

 雫といい綺丞といい、俺の知り合いは暗殺者しかいないのだろうか。


「ああ、この子は永守梓。俺が絶賛ゾッコン中の先輩だ」


「こんにちは、永守梓です。大志先輩とは、今年の春から仲良くさせて頂いてます」


 本当に礼儀正しい子だ。

 ただ、四人に向ける笑顔がどこか硬いのは気のせいだろうか。さっきの表情筋トレーニングで顔が強張ってしまったのかもしれない。

 それでも可愛いのだから手がつけられない。

 というか、いつの間に呼び方が大志先輩?


「えー。大志くんってばモテモテじゃーん」


「そうなの?」


「だって、五人の女子から応援されてるなんてそうそうないよ」


「綺丞とか同学年の全女子に応援されてたぞ」


「あれは世界っていうか次元が違うじゃん」


「でも五人か。十人になったらようやくモテてるって自信付くけどな」


「ハードル高っ!」


「ん? あれは――」


 ふと観客の中に見知った顔がいるのを見咎めた。

 明らかに群衆の中で頭一つ分だけ高い背丈と、その目鼻立ちから一目で分かった。


「何処かで見……綺丞っぽい。いや綺丞か!」


 まさかアイツ。

 普段はあんなに乾いた態度を取るくせにちゃっかり応援しに来るなんて。

 さすがは親友だ、何だかんだで俺を愛している。

 折角だし挨拶しに行くか。


「おーい、綺丞! 綺丞!」


「…………」


「あれ、聞こえてない? 綺丞! そこのイケメン! そこの誕生日が一月二日の人間!俺と同中だった男! えーと……妹と結婚する予定のお兄ちゃん!」


「……」


 あれ、もしかして人違いかな。

 幾ら呼んでも全く反応してくれない。 

 俺が疑心暗鬼になっていると、うんざりしたような顔で俺の方へと綺丞が振り返った。どうやら耳が遠くなっていたようだ。


「先輩、彼は?」


「俺の大親友だ。見てると幸せになるイケメンだぞ」


 俺は綺丞の方へと走った。


「よう、綺丞! おまえも――――え」


 そして、その足をすぐ止める。

 綺丞の隣から、こちらへずんずんと進み出る人影を目にして俺は固まった。



「お久しぶりです。――小野先輩」



 すっと喉に通る声。

 ぴしっと背筋を伸ばし、俺を真っ直ぐ見据える少女の顔に俺は覚えがある。

 少女の声は雫とも違った人の意識を吸い寄せるような力がある。雫が相手を魅力する悪魔のような声なら、少女は相手に規律を強く意識させる軍隊の総指揮官に似た迫力を宿している。

 中学生の頃は、怒鳴り声としてよく聞いていた。


「もしかして、いろは?」


「はい」


「驚いたな。もしかして俺の応援?」


「そこで疑いようもなく自分の応援だと言い切れる辺りは相変わらずですね。……卒業式にフった相手に凄い自信だこと」


「……そうだな。あれ以来だな」


「大志くん、この子は?」


 花ちゃんが笑顔で尋ねて来る。

 片手でペットボトルを握り潰しているとは思えないくらい可愛い笑顔だ。

 いつも空き缶やペットボトルを片手の力だけで捻り畳む雫が凄いのだと思い込んでいたが、どうやら女子の握力ではあれも常識なのだろう。

 勘違いで雫をゴリラみたいと言ってしまったが、今度からは「女子みたい」だと訂正しよう。

 今まで誤用ですまん、雫。


「ああ、紹介するよ。この子は中学の時の後輩でさ。いろは・如月って言ってな、綺丞を含めて三年の時はよく遊んだ仲だ」


「小野先輩。日本は姓の次に名前で大丈夫です」


「知ってるよ。バカにしてる?」


「おバカなので説明しただけです」


 ううむ、相変わらずキレがあるな。

 今日は流石に説教は勘弁して貰いたいところだが。

 そんな俺の事はどうでもいいというように、綺丞と一緒にいた女子――如月いろはが相森梅雨たちと永守梓に対して一礼する。



「ご紹介に預かりました、如月いろはです。今日は小野先輩が恋人募集中とお聞きしたので、立候補しに来ました。――――どうぞ、宜しくお願いします」



 六人の女子が笑顔で静かに見つめ合っている。

 自己紹介もせず、ただシーンとしていた。

 何だ、みんな反抗期か?


「綺丞、みんなどうしたのかな」


「……察しろ」


 綺丞に肩を殴られた。凝ってるのはソコじゃない。


「……大志、夜柳はどうした?」


「ふっ。体育祭だと黙って出てきた。もし来るとしても午後の部辺りじゃないか?」


「……」


「しっかし、午前の部はもう全部出たし暇だな」


 午前の部にある二つ出場種目を終えて――俺が出るのは、残る百メートル走とクラス別対抗リレーである。

 後は委員会の仕事なのだが、人員不足が無い限りは午前中にシフトは無い。


 ならば、こうして懐かしい面子も集まった事だし皆と遊ぶことにするか。


「私たち、大志くんが頑張ったら誰か一人がデートする約束なんだよねー」


「そうそう」


「恨まないでね」


「そうですか。……夜柳先輩に比べたら安易そうで安心です」


「わ、私は体育祭関係なくデートの約束しましたよっ! ねっ!」


 仲が良いようで何よりだ。

 俺を通じて絆を深めているようで、なんだか照れる。

 そこはお互いに俺を挟まずダイレクトにコネクトして欲しいところだが。


 しかし、永守梓とのデートは確定として……誰か一人を選んだりとかしなくてはならないのか。

 三人とも魅力的だし、久しぶりにいろはとも遊びたいし、そうなるとスケジュール的に大丈夫だろうか。


「もういっそ、皆で行くとか?」


「「「「それだけはダメ」」」」


「え、声揃うくらい仲良いのに?」


 やっぱり女の子って不思議だな。





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