番外編「帰省」2
「お祖父さんって納豆派? 卵かけ派?」
「え、白飯に納豆かけて卵入れてんだが、どっちもって言ったらダメなのかい!?」
祖父を居間に招いて早一時間。
不幸にもアホ同士が相互反応を起こしてしまって独自の世界が展開されている所為で、私と祖母は蚊帳の外状態だった。
だからといって、中身のある話ではない。
まず、この二人ははじめましてと言葉を交わした直後に始めたのが食の好みの話である。
まあ、初対面でも多少はするだろう。
だが、問題なのは――。
「味の濃い物好きって……お祖父さん、子供舌だな」
「何!? バカにするな! ワシは猫舌だ、ハンバーグは冷めてから食うタイプなの!」
「あのな、ハンバーグは生温かい時に食うのがベストなの。冷たい時に食べたらただの肉団子だろ」
耳を傾けた事を後悔する下らなさだ。
しかも、途中でキャッチボールが行われているか不安になる。
この二人、未だに互いの名前を知らない。
加速していく様子に、私も祖母も入れず傍観していた。
名前も知らない相手にここまで自分を開示する胆力は、ある意味では褒めるべきなのだろうが、普段から不注意の目立つ大志に限ってはただの自傷行為にしか見えない。
相手が祖父だから良いけど、普段から彼は知らない人にすら同様の接し方なのである。
「雫」
「っ、はい」
不意に隣からかけられた声に心臓が跳ねる。
祖母の視線は二人に固定されたままだった。似た者同士の他愛ない会話に耳を傾けているだけだったので、話しかけられるとは思っていなかった。
返事をした声が上擦ってしまったので、明らかに動揺しているのがバレている。
一体、何を言われるのか。
「大志くん曰く、私と貴方は似ているそうよ」
「そう、かな」
「見つける男も同類なんてね」
確かに見れば見るほど、聞けば聞くほど似ている。流石に声や容姿まで瓜二つではないが、出会ってすぐ意気投合するくらいには内面に似通っている部分が多いのだろう。
実際、祖父は会話をしていると本当に病院で診察を受けた方が良いのではないのか、と危惧させる。
大志との日常で大分慣れたが、今思い返せば私は二人の所為でこれを異常だと思わない程度に順応化してしまったのかもしれない。世にも並ぶ物がないと断言できる下らない成長だ。
「雫は大志くんと結婚するの?」
「うん」
「大丈夫。あの手の男は外堀を埋めれば一途になるから」
妙に実感の伴った言葉だった。
当然、私も経験則に基づいているというのは直ぐに分かる。
祖父から昔の祖母について聞いていた。
奇しくも私と大志のように同郷の幼馴染で、幼い頃からずっと怪我も絶えないなんてところまで似ている祖父にいつも世話を焼いていたらしい。
名家の娘だったらしい祖母は、祖父との交流について文句を言われたり、制止されることが多かったそうだが、結婚までには彼らを黙らせて祖父の家に嫁いだそうだ。
こう聞けば、ロマンチックな話である。
一つの愛を貫いて、一緒にいたい人の隣を歩く夢を叶えたのだという美談だ。
しかし、祖父の話をより詳しく聞いていくと別の納得が生じる。
『昔な、ワシには皆に秘密にして付き合ってる女の子がいてな。そりゃ仲良かったんだよ』
『へえ』
『名前は東雲さんって言ってな。町で会うだけでそれ以外の名前は知らなかったんだが、一週間に一度は必ず会う仲で、それでも上手くやってたんだよ』
『別れちゃったの?』
『いや、付き合って一ヶ月経ったら東雲さんが変装した陽咲だって分かってな』
『は?』
『陽咲曰く、「私以外の女に目を惹かれるなら私が別の女を演じればいい」とか何とか言って変装してワシを虜にしたんだと。……いやー、天晴だと思ってその後は何か自然な流れでそのまま陽咲と付き合うことに』
別の女を演じてまで祖父を逃さない。
執念深いどころの話ではなかった。
昔から抜けてはいるが祖母の本心だけは直感的に見抜く祖父ですら欺く変装……別人格レベルの演技で自分に夢中にさせる。
私ですら、大志の為とはいえそこまでできない……。
故に、この話から祖母が如何に祖父を愛しているか、そして彼を手に入れる為にどんな策でも講じる容赦の無さを知っている。
だから、彼女の言葉が経験則から導き出された男の落とし方だと分かった。
「……お祖母ちゃんはそれで通じたかもしれないけど、私はそんな風に上手くは――」
「できる。大志くん曰く、私と貴女は似ているそうだから」
今日の祖母は妙に饒舌だった。
昔は――こんな風に話すのも難しかった。
もっぱら祖父が遊んでくれた――実情はほとんど私が面倒を見ているようなものだが――だけだった。
祖母との思い出は殆ど無い。
唯一あるとすれば……孫の私にかまけている祖父と、そして何より私を睨んでいる祖母の顔である。
祖母は途轍もなく嫉妬深い。
はっきり言って、私が祖母なら祖父を選ばない、と思う。大志を好いた時点で断言できないけど。
父さんも祖父と遊んでいたら祖母に嫉妬されたなんて笑いながら話していた。その父さんも母さんの半ばストーカーから関係を始めて想いが成就したのは言わぬが華だ。
私の一族って、ロクな人間がいないかもしれない。
そういう部分では、大志をとやかく言う権利は無いのかも。
「雫!」
「……なに?」
思考に耽っていた意識を醒ます大志の声に、私は思わず冷たい声を返す。
それなのにキラキラした満面の笑みだった。
「ほら、俺が名前を呼ぶと返事してくれるんだぜ? 大抵は無視されるんだけど、今日は機嫌が良いんだよ」
「そりゃワシのお蔭だ。雫は昔っからおじいちゃんっ娘だからな! はははははははは!」
「そうなのか! だから俺に反応してくれるのか。ありがとう、お祖父さん! 雫に懐かれるなんてわちょっと見直した!」
「え、ワシ何処で評価落としてたの? 今まで何だと思ってたの?」
実にやかましい人間たちだ。
いや、私も人間だけど。
「郁斗さん、彼の名前は知ってる?」
横から祖母が自己紹介を促す。
ようやくという話だが、祖父はそう言われるなり、キョトンとした顔になる。
何でそれであんなに楽しく会話を弾ませることが出来るんだろうか。匿名性のネット掲示板じゃなく、面と向かって対話をしているというのに名前の交換すら無いのは異常すぎる。
「え、雫の友だちだろう? 雫に聞いたよ、確か……タキシードみたいな名前じゃなかったか?」
「大志。小野大志」
「そうか、よろしくな大志くん! ワシは夜柳郁斗! 気軽にお祖父さんって呼んでくれ!」
「もう呼ばれてるでしょ、それ」
祖母も本当に大変だな。
私も他人事とは言えないが――ちらりと大志を見やる。
いつの間にか、祖母に貰っていたスイカを食べている。種ごとバリバリと噛み砕いて飲み込んでいた。
豪快すぎて口の端にスイカが付いていたので、私はそれを横から拭き取る。
「種がうまい!」
「実を味わいなよ」
「え、でもスイカって実ってよりはほぼ水じゃん? 噛めば消えるタイプの。味わう要素どこにある?」
「スイカ好きに殺されろ」
私は呆れてため息が出た。
祖母のように身内にまで嫉妬するほど執着していないけど、少し不安だな。
私は祖母のように徹底して厳しくはなれないから、何処かで取りこぼして大志を盗られてしまうかもしれない。
「大志くん」
祖母が不意に声をかけた。
大志はスイカに噛み付いた状態で視線だけ向けて固まっている。
「雫は気難しい子だけど、どうかいつまでもよろしくお願いします」
「押忍。来世は無理だけど一生なら任せて下さいな!」
「何で来世はダメなわけ?」
「来世は俺、エベレストより高い山になるつもりだから!」
「無理かも。私、これを一生面倒見るの無理かも」
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