現実は小説より何だっけ
休日は、やはりやりたい事をするに限る。
最近は恋人作りの為に、女子と遊ぼうと外出したりする用が多くて、雲雀と通信で行う以外で手を付けていないゲームも溜まっていた。
それに、今日は手枷がされていて鎖の長さからしてもトイレと部屋しか行き来できない。
なるほど、徹底された対策だ。
一度脱出を実行した事から、雫も俺が逃げ出さないか過剰に敏感になっているらしい。
「心配性だなぁ」
「大志。何か言った?」
「言ったけど、もう忘れた。思い出したら言うよ」
最近は物忘れが酷い。
朝に見た夢を忘れたり、雫と身に覚えの無い約束をしている事が多かったり、気が緩むと人間って十代でも老化って激しいんだな。
「これじゃ、その内に雫以外の誰も憶えていないなんて状態になってそうだな」
「何? 他の女は忘れるって?」
雫も最近、空耳が酷すぎる。
俺が手を握って「雫の手って小さいよな」と言うと、「守りたくなる?」とか意味不明な返答をしてくる。
もう会話にすらなっていない時だってあるし、もしや俺だけでなく雫も同じ兆候が……?
俺の面倒ばかり見ているから、本人も自覚しないほど緩やかに症状が進行しているのかもしれない。
これは、俺達を若返らせる恋という名の刺激が必要だ。
俺が自覚している以上に、恋人作りは急務だと理解した。
「雫。老い耄れる前に恋の一つや二つしとかないとまずいぜ」
「私は絶対の一があるから別に。二も三も要らない」
「なるほど。一歩先を行かれていたか……俺も急いで女子との仲を深めないと」
「命を捨てる覚悟があるならね」
最近、俺の恋に命を賭けさせるのはどういうつもりだ。
だが、冷酷な幼馴染がそんな厳しい事を言うわけがない。
額面通りに受け取るな、汲み取れ。
つまり……それくらいの誠意を見せないと女子は落とせないと暗に助言しているとも思える。
「く、恥ずかしいぜ。雫は……ずっと応援してくれてたんだな……!」
「は? ちょっと、また変な勘違いしてるよね」
よし。
そうと分かったならば、より一層恋人作りに励まねば。
でも、まあ……今日は休みだし、忙しすぎたから肩の力を抜こう。
「んじゃ、録り溜めしてたアニメでも消化するか」
俺が部屋のテレビをつける。
我が親は俺をよく愛してくれているため、一時期怪我をする事が多い俺が家を出ること自体を拒絶していた。
その時から、部屋の中だけで全て満足できるようにとテレビやらパソコンやらを備えてくれたのだ。
そんな事される前から大好きだったが、こうして部屋に色々と用意してくれてもっと好きになった。
「ん、雫も観るのか」
「文句あるの?」
「んー、ちょっと考えたらありそうだけど今は特に無いかな」
雫に頬を抓られながら、録画一覧に保存されていたアニメを再生する。
やたらと力の入った作画で始まったオープニングを俺と雫ら静かに視聴する。最近のアニメの進化って凄いんだよな、制作側が過労でぶっ倒れてないといいけど。
「んー」
アニメのジャンルは王道ラブコメ。
ツンデレのヒロインが如何にして鈍感な幼馴染の男子を落とし、カップルになるかというのが題目となっている。
ヒロイン視点で繰り広げられるので、幼馴染が彼女をどう思っているのかわからないし、何故かヒロインを恋愛的な意味で好いている女子が参戦して三角関係になったりと、とにかく忙しい。
「うーん、これどうなるんだ?」
「……この男、腹立つ」
「んぇ?」
隣から聞こえた声に耳を疑った。
やや苛立ちを窺わせる雫の表情から、意外にもアニメに感情移入しているように見える。
まさか、意中の男子と自分の立場を重ねて見ているのか。
俺は鈍感じゃないし、雫が俺を落とそうとしているワケでもないから全く共感出来ないと思うのだが。
でも、物語を観て聞く者としては実に素晴らしい感性だ。
どんなキャラでも我が事のように感じるというのは、作者が伝えたい事をより鮮明に、それどころか彼らが意図した以上の物を見出す糸口になる。
俺もゲームする時に欲しい。
羨ましいぜ。
「何で理解してくれないわけ?」
「何が?」
「ここまで献身的に尽くしてくれる女の子がいたら、その感情について考える筈でしょう。その時、どうして頭の中で好意があるという解答に行き着かないのか意味不明なんだけど」
「あ、それは俺もそう思った」
「………………」
「ん? どした?」
「盛大なブーメランって自覚ある?」
「え? 俺の事? ……ああ、献身的に尽くしてくれる人って雫の事か。でも雫は俺の事、好きじゃないしな」
何故か後頭部を鷲掴みにされた。
相変わらず握力凄いな、頭蓋骨が感動してミシミシ鳴っている。
俺は首が据わってない赤子ではないのだから、今さら支える必要性は皆無だ。いよいよ赤子扱いともなると、幼馴染としては不安だぞ。
世話焼きな一面が強い幼馴染だから、つい抜けている男の子に目が行きがちで、関わる内に相手を自分が居ないと生きていけない人間として認識して恋と錯覚する……なんてパターンはゲームでよく見た。
雫が好意を抱いている相手というのが、しっかり者ならば問題ないのだが。
「単に抜けてる男の子ってだけじゃないのか? ……あれ、でも噂だと」
「噂?」
「学校で聞いたけど、雫のタイプって鈍臭くて目を離すと死んでそうな男子なんだっけ? 俺も含めて、それに当てはまってる人間が思いつかないなぁ」
「私に好きなタイプなんて無い」
「いや、人間なんだしあるだろ」
「好きなタイプというのは趣味趣向。条件に該当すれば一人、二人、三人とある程度存在する。……悪いけど、私はその一人しか見えないの、絶対に。それ以外を目にするなんて断じて有り得ないから、絶対に。絶対に逃さないから、絶対に」
光の無い瞳で雫が断言する。
可哀想に、これは相当に病んでいるな。
きっと、雫に好かれたヤツは一生逃して貰えないのだろう。不憫でならないが、俺には関係ないので別にいいや。
「一途だな、雫は」
「……大志のタイプは?」
やや照れながら雫が尋ねてくる。
俺のタイプ?
「俺のタイプは俺を好きな人」
「……」
「誰とでも付き合える自信あるわ。俺、隣の婆さんともキスできるし、向かい側の旦那さんとも一生添い遂げれる自信あるわ。……あ、どっちも結婚してるのか」
「………………………………………………………………」
雫が汚物でも見るような目で俺を見た。
「どうした?」
「……アンタと一生添い遂げられるような人間なんて、この世には一人くらいしかいないわよ」
「え、七十億以上の中で一人!?」
「そうよ」
「じゃあ、徐々に増えてくといいな」
「増やすわけないでしょ、阻止するわ」
「俺が幸せになると雫は困るのか」
「大志は、私が幸せにならないと困る?」
「いや全く? ――ごぶるぷぁッッ!!」
横から首に強い衝撃を受けて横転する。
間違いない。
これまで何度も雫を受け止めてきた俺の体が、本能で首を襲った一撃が手刀だと理解する。鋭くて惚れ惚れするお点前だぜ。
一瞬呼吸を止められはしたが、大した怪我では無いので良しとしよう。
「まあ、もし俺が幸せじゃないとしたら、それは雫が不幸な時かもな」
「……えっ?」
「いつも一緒だった雫が幸せになってないのに、俺一人が抜け駆けってのは駄目だ。幸せになる時は一緒だろ」
「……」
「だから――――んむ!?」
言葉を続けようとした俺の視界を唐突に雫の手が覆う。
何も見えない中、唇に何か柔らかいものが触れた。
この感触は……豆腐? にしては温かい。
手が離れると、いつの間にか至近距離にあった雫の顔と視線が合う。
「よく分かった」
「何が?」
「大志の絶対の一、誰にも譲らないから」
「俺の絶対? 雫のパン的な?」
「アンタが悪いんだからね」
「何で?」
何も教えてくれない雫は、そのまま立ち上がって夕飯の支度を始めた。
いつの間にかアニメも終わっていたし、終始何なのか意味不明だったな。やはり俺に恋愛は難しいかもしれない、鈍感じゃなくても恋なんて物は一筋縄じゃいかないな。
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