肩フェチ






 夕方になり、きびきびと俺たちは歩く。

 結局、競技全てを観戦して俺たちは何の成果も無く女子校を出る事になった。

 三人の足取りは重い。

 俺ももう途中から、これは何かの拷問なのではないかと考え始めた程に苦しい時間だった。

 可愛い女の子の花園と期待していたのに、雫の一言で女子どころか観客にまで邪険に扱われる始末。

 俺は何も悪いことしていない。

 雫と幼馴染というだけなのだ。

 いや、俺じゃなくて全面的に雫が悪い。いくら可愛くてもやって良い事くらいある。


「疲れたな」


「ああ、大志の所為でな」


「…………同感」


「なんで綺丞まで俺を責める?」


 そういえば、綺丞といえば扇ちゃんの百メートル走をしっかりと見届けていた。

 練習の集大成を見せると豪語していた彼女は、その言葉通り二位になった。会場が冷たくなっても、俺に優しい笑顔を向けてくれたあの子の勝利は俺も自分のことのように嬉しい。

 雫は、何をやっても当然過ぎて好成績を叩き出しても納得しかない。


 いや、それよりも――勝つ度に俺の方へと笑顔で手を振って来るので、俺も応えたら何故か後ろから紙コップが飛んで来る。


 もう、俺はあの女子校に立ち入れない。

 あそこは花園ではなく修羅場だったのだ。

 雫と仲良いだけで嫉妬し、容赦なく牙を剥く。ああ見えて、水面下では雫と親しい仲の立場、共有する時間の多さを競う陰湿な戦いがあるに違いない。

 だって、昼休憩で雫と合流しようとした途中で落とし穴に落ちた。

 底にいる俺に、女子数名から『体育祭が終わったら優しく調理してあげる』とか言われたし。

 後で雫が引き上げてくれたけど。


「女子校って猛獣しかいないんだな」


「俺なんか、『小野大志の友だちだし、あの平沢憲武だから』って理由でお断りされたぞ!!」


「全面的に大志のせいじゃないのかよ」


 疲労困憊の体を引きずっていく。

 雫と一緒に帰ることだけは止めた。

 帰宅も一緒だというところを見られたら、最悪その道中で刺されて死ぬかもしれない。…………襲ってきた相手が雫の手によって。


「なあ、三人で何処か行かないか?」


「何処にだよ」


「飯とか。疲れてるけど不完全燃焼でもあるからな」


「………おい矢村、無言で早足になるのやめろ」


 一人だけ足並みの揃っていなかった綺丞を憲武が捕まえる。

 そうだ、雫にバレたら危険だが本来の目的は女の子との出会いを求める事。

 これを一割も遂行できていない俺たちは、まだ達成感という物に飢えている。

 せめて友だちとの思い出作りがしたい。


「安心しろ、綺丞」


「…………」


「飯を限界まで食って明日動けなくなるくらいメチャクチャ遊んで帰るだけだって。そんなハードな事はしないぞ」


「(字面が既にハードなんだが)」


 綺丞は嘆息しながらメールを打ち出す。

 内容を横から覗き見れば、扇ちゃんに夜は遅くなるという連絡だった。

 ふ、嫌そうな顔して結局付き合う。

 嫌よ嫌よも好きの内、とは当にこのこと。

 俺ほど綺丞の生態を知り尽くしている者はいない。憲武はよくわからん。


「それで、まず飯だな」


「何処か美味い店、知ってるか?」


「…………」


 黙って近場のファミレスを検索し始めた綺丞を止めて、評判の店を検索し始める。

 その検索結果によると、近場に人気のある蕎麦屋があるらしい。

 でも夜に蕎麦か。


「憲武は何食いたい?」


「蕎麦食いたい」


「そっか、綺丞は?」


「何でも」


「じゃあ、蕎麦屋に行くか」


 俺たち三人組は、地図に従い蕎麦屋を目指すことにした。


「………ん?」


「どうしたんだ、大志?」


 今、背筋に突き刺さるような視線を感じた。

 どこかで似たような経験をした覚えがおる。

 そう、たしか。


「今、この前の水族館のように誰かに見られていたような」


「気の所為じゃね? それ程の人気者どころか最低人間だろオマエ」


「そうだな!」


 気の所為、と片付けて俺たちは改めて歩き出した。



 それから蕎麦屋で少し高い蕎麦を食べて、小さな後悔を蕎麦の後味と共に噛み締めながら俺達は帰途に就こうとしたが、まだ不完全燃焼なのもあって俺の提案により、三人でバッティングセンターまで来ていた。

 女子校の体育祭は散々だったが、こうやってストレッチ発散しておけばどうにかなる。

 溜まっていた鬱憤を晴らすように、スイングは全力だ。

 いい音を鳴らして全力で空振った。


「くそ! 女の子一人も持ち帰れなかった!」


 隣から憲武の哀哭が聞こえてくる。

 どうやら彼も空振りが続いていた。


「そういや大志は、どんな女の子を狙ってたんだ?」


「え?特に狙いは無いけど」


「タイプとか無いのかよ、外面とか内面とか」


「女の子って、みんな可愛いじゃん。内面とか付き合う内に魅力的に見えんじゃね?」


「甘いな。オレはスタイル良い子を狙ってた!」


 憲武が再び空振る。

 さっきからバットを縦振りにしているが、あれはもしかして新しい打法なのだろうか。

 それに比べて、先刻から挑戦できる最も速い球速のコーナーでホームランばかり出している才能マン綺丞くんは、こちらの会話を聞いている素振りも無い。


「綺丞は扇っち狙いだもんな」


「違う」


「どこが違うんだよ! 扇っちが走る時に太もも見てたじゃねえか!」


「おまえこそ何処を見てるんだ……」


 憲武がふ、と笑った。


「矢村クンは足フェチだったのかぁ?」


「憲武は足の裏フェチだよな」


「違えよ! 何だその特殊性癖!? オレは普通につむじフェチだっての!!」


 それも普通とは言い難いのだが。

 まあ、世にはいろんな人がいるのだろう。


「大志は肩フェチだよな」


「え?」


「だって、夜柳様の容姿関連の話してる時は肩ばっか力説するじゃん」


「いや、俺は雫の肩だから良いのであって別の子の肩は特に思わないから肩フェチじゃないぞ」


 俺がそう言うと、何故か綺丞と憲武に揃ってジト目で見られて「もう付き合えよ」とか言われた。

 肩が良けりゃ良い話ではないんだが………。














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