嘘つけェ!!



 一言で表すと、女子校の体育祭スゲェ。

 お淑やかな女子で構成された花園という印象があったが、皆は意外な程にアクティブである。何なら男子なんかよりも余程パワフルな子もいた。

 開始から色々な競技があったが、いずれも俺の度肝を抜いていく衝撃ばかり。

 だから。


「次は、雫か」


 障害物走二年生の部の第一走者。

 タイム測定で最も速かった者たち、らしい。

 並んだ四名の中で、凛然と佇む我が幼馴染――夜柳雫にはそれ以上の物があるのではないかという予感が絶えない。

 もしかして開始早々に転倒して怪我をするか。

 いや、あの雫に限ってそれは無い。

 予想ができない、何が起きるのだろう。


 ちら、とレーンに並んだ雫の視線がこちらを捉える。

 移動したはずなのに、どうして俺の位置が一発で捕捉できるのだろうか。

 運命の赤いGPSでもあるのかもしれない。



『見てて』



 口パクで何かを伝えて来た。

 いてて?

 まさか、スタート前にどこか怪我をしたのか!? スタート直後にそういう類のショッキングは想像してたけど、まさかスタート前だと!?

 そこから度肝を抜きてくるのか!

 我が幼馴染ながら恐ろしい。

 だが、怪我をしているなら純粋に心配だ。


「大志、これは夜柳様の勝ちだろ」


「万全の状態ならそうかもな」


「何? 夜柳様はどこか調子が悪いのか?」


「さっき俺の方に口パクで『いてて』と伝えて来た。確実に何処かを傷めてる」


「……いや、それ勘違いだろう」


「ん?」


「おそらく夜柳様は、『消えて』と言ったんだ」


「何!?」


 たしかに、口元の動きからそう見えなくも無かった。

 え、まさか俺の顔を見ると笑って力が抜けるから競技に集中できないので視界から消えろ、と。何かショックっていうよりは、ショック。

 全力で応援して欲しい相手に消えてって酷いや待てよ、もう女の子と遊びに行っても良いって言う許可なのでは?


「そうなのか、雫!?」


『よーい、ドン!』


 スタートの合図が切られた。

 一斉に全員が走り出す。


 スタートダッシュから桁違いに速い影が一つ――雫だった。

 最初の障害物までの距離をあっという間に潰し、等間隔で配置されたハードルを最早着地していないのではないかと見紛うレベルで走行していく。

 凄いのは凄いのだが。


「おお、走る姿もお美しい」


「俺、あの人の踏む土になりたい!」


「忌々しい……あの人の道に障害物を置くなんて。誰だ、探し出して目にもの見せてやる!」


 走るだけで歓声が無限に湧く。

 今さらながら幼馴染の人気ぶりを痛感した。

 もう呼吸してるだけで人に愛されるんじゃね?

 俺なんて身近な雫にすら愛してもらえない人間なんだぞ。

 しかし、本当に速いな。


「男子の面目が立たないレベルの速度だな」


「さすが雫」


「でも大志が本気出せば勝てるんじゃねえか? おまえ、計測の時はいつもクラス上位じゃん」


「あれは本気じゃない、手加減だ」


「え、尚更イケるんじゃね?」


「昔から本気を出したら転ぶ癖がある」


「無理か」


 雫曰く俺の運動神経は良いらしい。

 だが、発揮されるべき場面で機能しない。

 あとは、全力を出すと必ず仕上げの時点で失敗を招く天性の不幸体質と言われたが、後にただ注意力散漫なだけだとも言われた。


 確かに、反射神経が良い自覚はある。


 昔、俺に向かって飛んできたスズメバチを手掴みで捕まえた事があるが、捕獲後に喜んで雫に見せに行こうとした途中で刺されそうになった。

 その時は雫が遠くからシャーペンを投擲してスズメバチを仕留めたから事なきを得たけど。

 ……ん?

 このエピソード、雫が凄い話じゃね?

 やっぱり雫ってカッコいい!


「おい、夜柳様だけ最後の障害物だ」


「最後の、って」


「お題箱だな。まあ、中に何枚も紙が入っててその中から無造作に一枚取って、書かれてた物を持ってゴールってヤツだ」


「憲武のくせに詳しいな」


「常識ってのはわからないが、こういうのは得意だぜ」


 たしかに、レーンに四つの箱が並んでいる。

 その内の一つに雫が手を入れ、抜き取ると一枚の紙を手にしていた。

 あそこに書かれたお題の難易度によっては、雫が現在一位であったとしても、順位が変動、最悪は最下位にまで後退する可能性は大いにある。

 果たして、お題は何なのか。


「ん?」


「真っ先にこっちに来たぞ」


 雫が俺の前で停止する。

 だから、なぜ俺の位置が以下略。


「大志、来て」


「え、嫌だ。俺は全力で応援するんだぞ」


「お願い、来て」


「え、だから応援――」


「来ないとパンは無い」


「走ろう雫! 何処かの彼方まで!!」


 雫に手を握られながら、俺は走り出す。

 どうやら第二走者もまだお題の確認中で、随分と寂しいレースになっている。

 ゴールテープまで独走状態だが、雫は速度を緩めない。


『紅組、我らが夜柳様が一等でゴール!』


 慢心無く、ゴール。

 ゴール前に、ゴールテープを握る人にお題内容を言って認められてからという手順を踏んだが、何故か伝えた相手の顔色が真っ白になっている。

 一体何なんだ?


 何だか、波乱も無く当然の結果に終えた。

 最初から安心感が勝ちすぎて、全力の応援すら忘れていた気がする。


「流石だな、雫」


「まあね」


「それで、お題は何だったんだ?」


「『好きな人』だったけど?」


「おまえ、こういう時はスポーツマンスリップに則って嘘つかず正攻法でゴールしようぜ」


「スポーツマンシップ」


「好きな人がいないのだとしても、友だちでも何でも仲の良い人を連れてくれば良かっただろ」


 嘘はよく無いぞ。

 見ろ。

 振り返れば、お題に真摯に向き合って必死に探している彼女らが見える。雫のそれは、明らかなズルではないだろうか。

 俺が批難を込めた眼差しを注ぐと、雫が細める。



「大志以上の物が無いからだけど。――悪い?」



 迷いのない即答。

 雫のその言葉に、俺はため息しか出ない。


「雫、もう少し人生楽しめよ」


「……………」


 握られた手がミシミシと鳴っている。

 そんなに強く握らなくても俺は何処にも行かないのに。


「じゃあ、俺もう戻らないと」


「お疲れ様」


「一位おめでとう」


「……………ふん」


 雫と別れて、再び憲武と綺丞の傍に戻る。

 何故か不憫な物を見る目で迎えられた。


「公衆の面前でイチャつくなよ」


 あれでイチャついているというのなら、世のカップル達が濃厚すぎる。

 あんなの軽いスキンシップだろ。

 多少、強く握られた手がまだ痺れて指を開くことすらできないだけの軽さだ。






 それから、個人的には雫の時よりも盛り上がるレース内容を見て満足し、障害物走を終えた者たちに司会の少女がインタビューする時間となった。

 そんな時間まであるとは、豪華だな女子校。


『夜柳生徒会長、見事な走りっぷりでしたね』


『いえ。気を抜いたら追い抜かれていたかもしれませんし、まだドキドキしています』


 流れるように嘘を吐く。

 なるほど、アレが女子校での雫か。


『さて、圧巻の走りでしたが……やはり気になるのは最後のお題についてですね。迷い無く男の子一人を伴ってのゴールでしたが、お題は何だったんですか?』


『好きな人です』


『………………………んぇ?』


『好きな、人です』


 その瞬間、会場から音が消え去った。

 あまりの分かりやすい嘘、実はズルをしていたという事実に観戦者さえもが絶句しているようだった。

 あれだけ賑わっていたのに、ムードが台無しだな。

 生徒会長としてそれはどうかと思うぞ、雫。



『チクショおおおおおおお!! アタシも生徒会長狙ってたのにぃいいいいいい!!!?』




 束の間の静寂だった。

 そこから会場は阿鼻叫喚の地獄となる。

 まさか信じたのか、あの嘘を。

 そうだよな、嘘ってエイプリールフールでしかついちゃいけないものだよな。


 後で説教しておこう。







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