俺の応援に命が懸かっている!


「ふふ、ふふふ」


 不気味に笑う雫から一歩だけ後ろに退く。

 宣伝とは、一体何を画策しているんだ。

 まず、誰に対する宣伝によって影響も変わってくる。雫の事を知り尽くしている俺には無意味だから、十中八九俺以外……要するに俺が接する女子か。

 俺が女子を勧誘する傍らで可能な事なんてあまり無――はっ!?

 まさか、コイツ……!

 そうか、宣伝相手は逆だ!

 俺が誘った女子に横から同じようにナンパを仕掛けて、相手が俺より自分を選ぶところを見せて自身の方が優秀だとするのだ。

 く、何て卑しい策だ……その発想は無かったので尊敬に価する!


「雫、負けないからな!」


「できるの? 大志なんかに」


「できるさ。何て言ったって、今年の俺は決意してからわずか二ヶ月で女子の友だちが四人以上もできたんだぜ? 伸び代しか無いだろ」


「四人……? 一人だって要らないでしょ、アンタには……!」


「ふ。ここを出る頃には雫が羨ましくなるくらいの女の子や男の子とデートの約束を取り付けてやるぜ」


 雫が至近距離まで迫って来るや襟を掴んで俺を激しく揺する。

 はは、俺の成長性に勝ち目が無いと悟って勧誘ではなく肉弾戦に変更したか! そんな力技に俺が屈するわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!!


「雫ちゃん。それ以上は幼馴染くん死んじゃうよ」


「あら。内通者がよく言うわね」


「やべ。バレてた」


 俺を助けようとした相森さんだったが、雫が微笑むと顔面蒼白になって下がっていく。

 雫、あの、もう止めて欲しい。

 そろそろ止めてくれないと、鼻から脳みそが出ない。


「夜柳。もうやめろ」


「あら。矢村くんも来てたのね」


 綺丞が雫の手を払いながら、俺の事を抱き寄せて助け出してくれた。

 優しく迎えてくれた男の胸板に鼻っ面が激突して一瞬視界が白く染まる。


「そろそろ出なくて良いのか」


「……そうね」


 綺丞と睨み合っていた雫が壁掛け時計をちらりと見てため息をつく。

 心の底からリラックスできる緊張感が消えて、全員が無言で生徒会室を出る。その間も視界がぐらぐら揺れている俺は、綺丞に支えられて移動した。

 うーん、天気いいなぁ。

 空が紫色だぁ。


「じゃあ、私は行くわね」


 俺たちは校舎を出てから、雫や相森さんが手を振って別れる。

 やれやれ、体育祭も始まっていないというのに濃密な時間だった。

 相森さんに案内され、生徒会室に導かれて一悶着、この後も雫とナンパ対決をしなくてはならないのだ。

 つくづく今年は退屈しない。

 これは、体育祭が始まった後も予測不能の展開があるだろう。

 とにかく、方針は定まった。

 雫の出場する競技のみ応援に全力を注ぎ、それ以降は雫同伴という奇妙な条件を課したまま女の子との交遊ができる。

 ワクワクして来たぞ。


「扇ちゃん、頑張れよ!」


「……転ぶなよ」


「いってきます!」


 元気よく走っていく扇っち。

 俺たちは彼女を見送ってから、関係者が観戦できるスペースへと移動する。

 それにしても、グラウンドが広いな。

 敷地や整った設備を見るに、翌週から自分の高校を直視できないかもしれない。具体的に言えば、雫の女子校は世界遺産であり、我らが男子校はアトランティスだ。


「ところで、綺丞は結局観るのか?」


「……扇が落ち込むから」


「扇っちには本当に甘いな」


 何だかんだで妹に甘い。

 最初は頼んでも無言で拒否するのに、俺が泣きつくと結局折れてくれる。

 そういうところが雫と似てるんだ。

 だから、変な男が寄ってきても超泣きっ面で頼んだら扇っちとの交際を認めるかもしれない。


「大志。俺、扇ちゃん狙っても良いかな」


「憲武には無理だろ。なあ、綺丞?」


 無視された。

 綺丞の視線は既にグラウンド中央にある。

 入場して整列し始めた女子高生たちの姿を見て、朝というのに彼女らの熱戦を見に来た多くの関係者たちが歓声を上げていた。

 特に声が大きく上がる瞬間があった。

 よく見ると、雫が入って来ており、周囲は大いに盛り上がりを見せている。


「んぁ?」


 雫が俺の方へとにこやかに手を振っただけで、俺の前を先に陣取っていた人間が老若男女問わず喜びのあまりむせび泣く。

 この距離で人に隠れて隙間から見ている俺を、彼女はなぜ一瞥で捉えられたのだろうか。

 仙人かよ。

 それにしても、みんな可愛いな。

 このニ年間、ほとんど雫以外の女子との交流が少なかったせいかもしれない。

 最近になって頻度は高くなったが、いつかは雫のように可愛い女子を見飽きてしまうのかもしれない。


「あれれ、もしかして小野じゃーん?」


 陽気な声が隣から聞こえる。

 俺の傍らで、顔を下から覗き込んで来る顔が一つあった。

 傾けて肩から流れた黒髪の隙間から覗いた耳にはピアスがあり、俺の目でも顔に若干化粧をしているのが分かる。

 何処から突っ込んで良いか分からない。


 知り合いのように話しかけて来たが、生憎と覚えが無い。

 思い出せ。

 もしかしたら、花ちゃんと同じで少し考えれば分かるかもしれない。

 そうだ。


「久し振り。何処かで会ったことある?」


「相変わらずお馬鹿さんだね」


 さらっと笑顔で人をおバカと言ってきた。

 その言葉に、隣で憲武が「あぁん!?」と反応してメンチを切る。いや、おまえじゃない。

 綺丞も何事かと視線だけこちらに向けて、一瞬だけ目を見開いた。


「俺たち知り合いなのか?」


「そうだけど、憶えてないの? 流石じゃん、ムカつく」


 今のでムカつくって、沸点高いな。

 まあ、いいや。

 紅と白の組に分かれた女子のそれぞれの代表一名ずつが前に出て、宣誓を始める。

 片方は知らない女子。

 もう一人は赤依沙耶香だった。


「小野は夜柳雫の応援に?」


「半分不正解」


「ふうん。……知り合いの誼で私のこと応援してくれても良いんだけどー?」


「あははは! 無い無い、絶対友だちじゃないやつの応援は流石にしないって!」


「…………」


「ここまでギャグセンス高いヤツ初めてだ」


 いくら普段から鈍感だと人の思考を捨てているだのと昔から雫に言われる俺でも、こんな怪しい人間と友だちなんてミッチミチな関係に、違う、親密な関係にはならないだろう。


「キミって昔から私をイライラさせるよね」


「え、心当たりは無いけどすまん」


「ま、いいや。ちょっとクールダウンの為に私は別の場所で見よーっと」


 そのまま不思議な少女はどこかへと歩き去っていく。

 会話をしていたら、すっかり宣誓は終わって開会式が終了していた。

 ううむ、見逃した。


「大志」


「ん?」


「アレと関わるのはやめておけ」


 綺丞がこちらを見ないまま言った。

 視線の先を追うと、整列している女子たちに向けられている。どれだ、どの子とお付き合いするのはダメって事だ!?

 まさか、アレって…………女子と関わるのがダメって事ですか。

 久し振りに会ったから、もしかすると綺丞は嫉妬しているのかもしれない。俺という親友が、自分をそっちのけで女子に目を光らせている事が寂しいと思っているに違いない。

 だから、女子校に来てからテンション低いのか。

 全く、寂しがりなところも雫と似てないな。


「心配するな、綺丞」


「は?」


「俺の親友は、おまえだけだぜ」


「……………………………………………………………………………」


 綺丞が黙り込んでしまった。

 流石に恥ずかしかったか。

 まあ、以心伝心という言葉がある。言わなくても俺たちが親友であることは共通の認識だろう。

 ふ、お前ってヤツは。


「あれ?」


 そういえば、雫が何の競技に出るかを俺は知らない。

 これ、ずっと見てなきゃ分からなくね?


「――と、思ってるだろうから伝えに来た」


「おお、雫」


 いつの間にか背後に雫が立っていた。

 ジト目で俺を見ている辺り、呆れているのだろう。

 俺だって先に尋ねておかなかった事は悪いと感じている。少しだけ。

 でも、条件を提示したのが雫なのだから、俺に伝達しておく義務があるはずだ。少しだけ。


「私は障害物走、大縄跳び、騎馬戦……と、クラス対抗リレーに出るから」


「騎馬戦か。……雫」


「なに」


「騎馬戦はしっかりルールを守るんだぞ。具体的に言うと、人殺しは無しだ」


「アンタが全力で応援してくれたら、そんな事しないから」


「そうか」


 つまり、人の命が俺の応援に懸かっているのだな。

 益々これは全力で頑張らないと。


 ともかく。

 聖志女子高等学校体育祭……開催だな!






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