聖志女子高等学校体育……長い!
「綺丞、憲武。準備は良いか?」
「……」
「おうよ!」
聖志女子高等学校の正門に立ち、俺は隣の綺丞に覚悟の確認を取る。
黙って立つだけで注目を浴びる彼は、辟易した様子で太陽を睨んでいた。それもその筈、六月となり夏の暑さがいよいよ本腰を入れ始める頃合いなのだ。
空はカラカラの太陽。
正直、ゲーム三昧のアウトドア派である俺の天敵となる季節だ。
無言ではあるが、綺丞も同意見だろう。
「大志。決めるんだな!? 今、ここで!」
「ああ。勝負は、ここで――」
綺丞の軽い手刀で遮られた。
せっかくもう一人の同志――憲武との掛け合いの途中だったのだが、どうやら自分も入れてくれなかった事が少し寂しいようだ。
やれやれ、変わってないな。
「大志。女子校に来る男の目的は分かってるな?」
「勿論だ。教えてくれ」
「そんなもん、女の子とキャッキャウフフする為に決まってンだろぉがああ!!」
憲武が欲望の咆哮を上げる。
すると、綺丞に腕を引っぱられて憲武から距離を取り始めた。どうやら俺の鼓膜が破れると心配したらしい。
ふ、この程度で俺が怪我するわけないだろ。
心配性だな、おまえは。
ところで、さっきから左耳で鐘の音しか聞こえないんだけど、これは何だろう。
「おい、そこのイケメン! 俺の邪魔はするなよ」
「お構いなく」
「かーっ! 澄まし顔なんてしやがって! 見てやがれ、女子校を出る頃には俺の周りに二百人の女子を侍らせてやる!」
「それ自分で全部処理しろよ」
涼やかに憲武を受け流す綺丞。
案外、この二人は仲良くなりそうだな。
「大志よぉ。因みに聞くけどおまえナンパ目的か?」
「残念不正解。百点をあげよう」
「ド正解じゃねえか」
改めて、女子校の正門を見る。
いつもは校名の刻まれた名札を遮るように立て看板が設置され、そこには『聖志女子高等学校体育祭』という画数だけで手首が痛くなる文字が力強く書かれている。
そう、俺たちはこれが目的だ。
発端は遡ること六日前。
俺は雫と家で休日を満喫していた。
「ところで雫」
「なに」
「雫の学校が体育祭らしいけど、俺って見に行けるの?」
「……何でアンタが来るわけ?」
「頑張ってる姿を見たいじゃん」
「……え、それって」
「――まだ見ぬ女の子たちのな!」
そう言ったらティッシュ箱が高速で飛来してきた。
速すぎて見えなかったが、ティッシュ箱が自ら飛んだのではなく、雫による投擲だと俺の優秀な動体視力で捉えられた。
俺はティッシュ箱を難なく顔面で受け止めて、落ちたところを手でキャッチする。
「乱暴は良くないぞ、雫」
「不純な動機で我が校に入ろうとしてくる人にはこうするのが礼儀なの」
「女子校って怖ぇ」
女子校に入れば必然的に女子との接触も増えて恋人作りに進展があるのだが、俺としては伝手が雫と梓ちゃんと雲雀しかいない。
俺は知っている。
関係者ならば体育祭や文化祭の際に校内に立ち入れるのだ。保護者でなくても、その知り合いの許可さえあれば問題無し。
本人確認として色々とやるべき事はあるらしいが、校門で待ち合わせて二人で入る分には煩わしい手順も省けるらしい。
ただ梓ちゃんに頼んだら体育祭実行委員の補充員で忙しいらしいし、雲雀に関しては『さては死に足りないな?』と言われた。一回も死んだことは無いんだけど。
「頼むよ。雫しか頼れないんだよぉ」
「嫌。何で大志の女探しに協力しないといけないの?」
「このままじゃ、超絶美人の幼馴染だけで俺の青春が終わっちまう……! そんな勿体ない終わり方で堪るか!!」
「その現状でもっとなんて烏滸がましいわ」
雫はご立腹で一向に許してはくれない。
昔も俺がテレビの中の女優を見て可愛いって言った瞬間にチャンネル切り替えられた頃よりもガードが固くなっている。
このままでは、俺の人生から女の子が排除されてしまう!
何としても状況を打開せねば。
しかし、結局頼る伝手が雫しか無いのが現実。
あれから合コンで会った赤依沙耶香の連絡先は一向に伝わってこないし。
しかし、頼んだ相手は俺の恋人作りに絶賛反対中の雫だ。
そうそう上手くはいかない。
変なところで頑固なので、一筋縄ではいかない事は承知済み。
だから雫に嘘を吐くのは申し訳ないので正直に話したが、どうやら逆効果だったらしい。
こうなったら、最後の手段だ。
「よし」
俺は先日手に入れた、もう一つの
そうして当日、俺は連絡相手と合流すべく校門にいた。
途中で元々この体育祭に来る予定だった憲武と出会い、続けざまにこの高校を所用で目指していた綺丞をピックアップして現状に至る。
「なあ、大志。この事は夜柳様に言ったのか?」
「邪魔されるから黙ってるんだぜ」
「それ普通に死ぬやつなんだぜ」
たしかに、無断で女子校に来る事は悪いと欠片ほど思っている。
勿論、頑張る雫だって応援する。
その片手間で可愛い女子の中から恋人候補を作るだけなのだ。幼馴染の応援と恋の未来を手に入れるという志は、決して不純な動機と言われる物ではない。
気高い理想だ。
「……大志。夜柳に止められたらどうする?」
「入っちまえばこっちのもの。雫がどう言おうとも俺は恋人作りに励める」
「二度と家から出られなくなるぞ」
「そうなったらゲームするだけだって」
先ほどから憲武といい綺丞といい、異常なほど雫関連で忠告するじゃないか。
しかし、それらは無駄だと言っておこう。
あの雫を熟知している人間は俺以外いない。表面上は先に幼馴染に恋人ができてしまう事への敗北感などを恐れているが、心の奥底では俺の恋人作りを密かに応援している。
そう信じてる!
「おまたせ~!」
「来た!」
「あれ、イケメンいる!」
何故か興奮気味な待ち人――相森梅雨が現れた。
走る度に豊かな肢体が踊り、憲武がその光景に鼻の下を伸ばして拳を握っている。
憲武は相森梅雨を攻略するのだろうか。
俺としては、この前の合コンの件で雫という爆弾の気配を察知していながら俺に教えもせず先にエスケープした件で候補から除外している。
好感度なんて、隙があれば是非デートしたいと思っている程度しかない。
「二人は追加メンバー?」
「そう。こっちがどうでもいい憲武で、こっちが親友の綺丞!」
「よろしくね綺丞くん」
「どうも」
綺丞はスマホを見たまま、相森さんに見向きもしない。
明らかな無視に若干相森さんの眉尻がひくりと動くが、笑顔は崩さない。何て眩しいんだ、この前の一件で印象はあまり良くなかったので本当ならば頼りたくない人物だったが、案外いい子なのかもしれない。
「はいはい! 俺は憲武、合コン以来だな!」
「あの時は大変だったね、お互いに。雫ちゃん関連で何かあったら言ってね。助けてあげるから」
「じ、じゃあ今度デートしようぜ!」
「うん。半世紀後になら是非」
早速憲武がアプローチに出ていた。
結果は良好。凄いじゃないか、憲武……半世紀もすれば美少女と戯れられるぞ。
「ところで、綺丞はこの高校に用事って何なんだ?」
そう声をかけて、綺丞が顔を上げる。
すると。
「お兄ちゃーーん! こっち、こっち!」
大声で何やら兄を呼ぶ声がする。
俺も聞いた覚えがあり、綺丞が顔を顰めながら声のする方へと歩いていく。
声の主は、襟足を二つに緩く束ねた小柄な少女だった。ぴょんぴょんと跳ねながら精一杯大きく手を振る様がなんとも大型動物っぽい。
「あれ、大志先輩! お久し振りです!」
「おー、扇っち! 元気してたか?」
「はい! あ、夜柳先輩にはいつもお世話になってます!」
「良いってことよ。うちの雫共々仲良くしてくれ」
「はい!」
彼女は矢村扇。
綺丞の義理の妹で、中学校の頃に綺丞の家にお邪魔した際によく遊んだ子だ。会う回数は少ない雫も、綺丞の家に遊びに行く際には『これは扇さんの分だから、絶対に矢村くんには渡さないこと』なんて念押しして間違われないよう注意する程に可愛がっていた。
いやあ、扇っちには、何度ボードゲームで負けたことか。
「大志!! テンメェええ、知り合いに美少女多すぎだろうがああああ!!!!」
「逆に美幼女と美熟女が少なくて困ってる方だぞ。レパートリーは大切だと雫も言っていた」
綺丞は手に持っていたカバンを扇っちに渡す。
おそらく弁当だろうな。
俺は昼食の用意もしていないから、昼は一体どうしようか悩んでいる。昼休憩だけ校外で飯でも食うか、雫でも誘って。
俺が昼飯に思いを馳せる横では、弁当を受け取った扇っちが花の咲くような笑みを浮かべていた。
「ごめんね、休日なのに」
「気にするな。それじゃ」
「え、お兄ちゃん!? 見ていかないの?」
カバンを渡すなり踵を返す綺丞に扇っちが瞠目する。
あわあわとその後を追って引き留めようとしていた。
任せろ、扇っち。
仕方ないので、代わりに俺が肩を掴んで止めた。
「待てよ、綺丞」
「……?」
「一緒に女の子と遊ぶっていう志、もう忘れたとは言わせないぞ」
「お、お兄ちゃんが……!?」
「……」
扇っちは驚きながらも追いついて、綺丞の袖を掴む。
「せ、せめて百メートル走だけ見ていってよ! お兄ちゃんに練習付き合ってもらった成果を見せたいの!」
「…………」
「だ、だめ……?」
扇っちのウルウル上目遣いを受けて、十数秒。
無表情で見下ろす綺丞と彼女の無言の格闘が続いた後、やがて嘆息しながら綺丞が体の向きを変えた。
どうやら、やはり女の子との交遊は捨て難かったらしい。
「ところで、大志先輩は……あ、夜柳先輩の応援ですか!?」
「半分はね」
「もう半分は?」
「恋人作りの為だ! 可愛い女の子を誘ってデートの約束を取り付けるつもり……あ」
俺は眼の前の扇っちを見てはっとする。
扇っちだって、とても可愛い女子だ。
つい浮かれて旧交を温めていたが、よく考えれば扇っちだって俺が狙うべき対象だ。
「扇っち。よかったら俺と――あぐっ!? イダァァァア舌噛んでゃあああ!?」
扇っちを誘おうとしたら、途中で綺丞の手で強制的に顎を閉じられた。犠牲になった舌から甘く痺れるような激痛が走る。
「ちょっとー、私は放置ですかー?」
「ああ、悪いな相森さん」
「別に良いよ。……その代わり、大志くんには色々な事をして貰うから」
相森さんが妖艶に微笑む。
その笑顔に憲武はごくりと生唾を、俺は舌の血を飲む。
口の中が痛くて何言ってるか聞き逃した。一体、相森さんは何を企んでいるんだ。
俺はこの時知らなかった、彼女によって三途の川を見る事になるなんて。
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