おまけ短編2
どうも初めまして、矢村扇です。
元気な中学二年生です!
既に推薦で受験合格してしまい暇を持て余し気味な兄と週末に行くキャンプで食べるご飯の材料を買いに来ました。
ふふん、楽しみです。
「お兄ちゃん、何にしよっか」
「(本気で付いて来る気か)」
黙々と隣に並んで歩くお兄ちゃんに商店街の衆目が募ります。
どうですか、自慢の兄です!
私一人で買いに行こうかと考えましたが、寂しがりな私の為に付いてきてくれました。
一人で出かけると怪我ばかりする私を幼い頃から助けてくれるのはお兄ちゃんです。カッコいい兄で私は幸せだ!
今も私の進行方向にある小石を路肩に蹴って弾き飛ばしてくれている。
危なかった。
間違いなく私なら躓いていたところです。
「お兄ちゃん、いつもありがとう」
「(商店街で死者を出したくない)」
「週末は釣りもしたいから、お魚料理も念頭に考えよ。大丈夫、わたしが百匹釣るから!」
「(今回はバケツとブーツ以外に何が釣れるのだろうか)」
私とお兄ちゃんは早速スーパーマーケットへと向かいます。
前回、キャンプをした時はお兄ちゃんが料理も何もかも全部やってくれたけど、この週末は私がやって褒めて貰うんだ!
火熾しだって、もう爆発して三メートルの火柱が立ち昇るような失敗はしません。ネットで再学習したし、学校でも練習させて貰いましたから。
そして、この意気込みが空振らないように対策も練りました。
絶対に失敗は――。
「お? 綺丞と扇っちじゃん。奇遇だな!」
背後から私たちに声がかけられる。
振り返ると――そこに、左袖だけ失った私服姿の大志さんがいました。
ズボンの裾も破れていますが、一体どうしたのだろう。
まるで激闘を繰り広げた後のように壮絶だ。見る限りでは、転んで擦り剥いたと思しき怪我以外は傷が無さそうだけど……。
「ど、どどどうしたんですか!?」
「聞いて驚けよ? いや、別に驚かなくていいや。でもなぁ………話す側としてはリアクションが」
「(良いから話せよ)」
取り敢えず、怪我をしている大志さんに絆創膏を渡しました。
きっと、途中で災難な目に遭ったのだろう。
服装だけは野犬の群に襲われたかのような惨状は、商店街でお兄ちゃんに向けられていた視線を恐怖に染め上げてしまう程です。
「実は一人で出かけようとしたら雫に着ていく服をボロボロにされてさ、『これで出るなら許すけど』って言われたから着て出てきただけだ」
「わあ、大志さんは勇者です! 尊敬します!」
「(帰れ)」
嘆息したお兄ちゃんが自分の上着を大志さんの肩にかけます。
お兄ちゃん優しい!
「良いのか、綺丞」
「……ん」
「でもこれ黒か。俺の趣味じゃないな!」
「……」
「大志さん、お似合いですよ!」
「そう? なら全然オッケー!」
そう言って笑う大志さん、笑顔が眩しい。
お兄ちゃんは何故か雰囲気が不機嫌そうですが、ひょっとして寒いのかな? 私の物を貸そうにも、体格的にかなり小さいし……。
そう考えていると、大志さんの背後でゆらりと影が動く。
何事かとよく見てみたら、美人さんがそこに現れました。
「大志、それ着なくて良いから」
「あれ、雫。おまえもカップ麺買いに来たの?」
雫――と大志さんに呼ばれた美人さんは、彼からお兄ちゃんの上着を素早く剥ぎ取ると、お兄ちゃんの胸に投げ返しました。
さっきよりお兄ちゃんのまとう空気がまた変わってる!
二人はちょっと仲が悪いのかもしれません。
いや、それより……。
「お兄ちゃん!」
「…………?」
「私もお兄ちゃんの上着、着てみたいっ」
「……………」
「…………だめ?」
ため息をつきながら着せてくれました。
うわー、ブカブカだ。
これが兄の着る物、あの私を守ってくれる大きな背中に合うサイズなんですね。
一方で、雫さんから渡された服を大志さんは着ました。膝上まで隠れる長い丈のコートのお蔭である程度は破れた服も隠せるようになっていました。
「悪いな雫、わざわざ」
「その格好で本当に出ていくとは思わなかったわ」
「ちょっと変わってるけど、涼しくて丁度良かったぜ?」
「肌感覚までバカなのね。いま冬なのに」
何だかこの二人、気心の知れた仲の良さって感じがします!
お兄ちゃんがそれをじっと見ていますが、もしかして羨ましいのかもしれません。思えば、学校の話だってそんなにしてくれないから、友だちも少ないのだろう。
つまり、今のお兄ちゃんは寂しいのだ!
「お兄ちゃん!」
「……?」
「私とお兄ちゃんだって負けてませんよ!」
「(何が)」
私がお兄ちゃんと仲の良さを確か合っていると、雫さんの視線がこちらに向いているのに気づきました。
ふわあ、顔が綺麗!
何かもう……語彙力が追いつかなくて悔しいくらい凄い!
この町に、こんな美人さんがいたんだ。
「矢村くんの妹さん?」
「はい、矢村扇です!」
「本当に妹? ……信じられない」
雫さんが怪訝な眼差しでお兄ちゃんを見ます。
雫さんは、お兄ちゃんと同じでほとんど無表情ですが、よく見ればちゃんと分かるところも似てますね。
その後、大志さんは雫さんに引きずられて何処かへ去っていった。
二人でこれから遊ぶのかもしれません。
今度もし会えたらお友達になりたいです。
「ん? ケータイ鳴ってる」
私のスマホが震動してます。誰かから電話がかかってきたのかも。
友だちからのお誘いだったら嬉しいな!
あ……お父さんからだ。
「もしもし」
『もしもし。……外が騒がしいようだが、何処かに出かけているのか?』
「う、うん。週末にお兄ちゃんとキャンプ行くから買い出しに……」
『そんな事をしないで勉強しろ。何よりおまえが近くにいると綺丞の迷惑なんだから、自重しなさい』
「っ……」
いつもこうだ。
我が家では、兄がとても大切にされる。
子供想いなんだと思ったけど、再婚してできた義理の妹である私に対しては冷たい人でした。
母も今やお兄ちゃんに夢中です。
お兄ちゃんと比較されて、成績が平均以上の域を出ない私を酷く呆れたように見て、お兄ちゃんと一緒にいると悪影響だと叱られる事も少なくありません。
でも、迷惑か……。
そ、そうだよね。
何だかんだ、前回も大いに呆れられていた気がします。
うん、確かに前回のテストの成績も平均くらいで良いわけではないので、勉強した方が良いかもしれません。
そうですね、キャンプは諦めよう。……行きたかったな。
でも、今回も勝手について行こうとしてるだけだし。お兄ちゃんも本当は嫌かもしれないしね。
ぽろっと、無意識に涙が落ちた。
自分を納得させようとしたけど、体は追いついていない。
泣いちゃ駄目だ。
泣いたって、何も変わらないんだから。
「ぐすっ――え?」
涙の溢れる目元を袖に押し付けて必死に堪えていたら、不意に横から伸ばされた手に私はスマホを取り上げられました。
「俺が扇と行きたいだけだから迷惑じゃない。――それじゃ、切るよ」
ぶつり、とお兄ちゃんが通話を切ります。
それから無言でスマホを手渡して、歩き始めました。
唐突な出来事に理解が追いつかない。
ぽかんとしている私の姿がお兄ちゃんの目に映っていました。
驚きすぎて涙も止まっています。
「お兄ちゃん……?」
「扇」
「え?」
「早く行くぞ。買い物」
振り返ったお兄ちゃんの顔を見て、また思わず涙が出そうになります。
自分がお父さんやお母さんと険悪になるかもしれないのに、私を庇ってあんな言い方をさせてしまった。
本当に自分が不甲斐なく感じます。
私がもっと賢ければ、こんな事も無いのに。
「ごめんなさい、いつも迷惑かけて」
「………」
「私、頑張るから」
「……そうか」
誓うように言葉を口にすると、お兄ちゃんはため息の後に優しく頭を撫でてくれました。
それからスーパーでは私と一緒に献立を考えてくれたし、夜には帰って来た両親の目につかないように私を自分の部屋に招いて遊んでくれました。
やっぱり、お兄ちゃんは最高のお兄ちゃんです。
「お兄ちゃん」
「……?」
「いつか私が今まで助けて貰った分と、それにお釣りができるくらいお兄ちゃんの事を助けるね!」
「…………」
「あだっ」
柔らかいチョップを頭に頂きました。
何故?
チョップされた理由はよく分からないけど、私はこの時に決意したのです。お兄ちゃんに守られるだけの妹ではだめなのだと。
だから、このキャンプの後からいつも以上に勉強に取り組みました。
暇を持て余しているお兄ちゃんの力も借りつつ、高校は絶対に良いところに入って親を見返し、お兄ちゃんと遊んだって問題ないと証明します!
たまに本当に難しくて理解できないから泣きそうになるけど、あの日の決意を無駄にしない為にも頑張らなくてはと自身を叱咤し、私は勉強に打ち込みました。
そして、一年後の私は遂にあの聖志女子高等学校に合格しました。
雫さんも通う進学校です!
親には怒られたりはしませんでしたが、褒められもしなかったのは残念……。
でも、お兄ちゃんが短期バイトでプレゼントを買ってくれたのでもう何でもいいです! 超嬉しいです!
でも、油断しちゃ駄目だぞ扇!
またお父さん達にお小言を言われないように、お兄ちゃんの隣に立ってもおかしくないように頑張り続けるのだ!
――と、意気込んではいたけど。
「うー、分かんないよぉ」
現在、学校の図書室で試験勉強に励んでおります!
ただし、苦労して入った学校なので私もかなり危うい。入ったはいいものの、本当に授業内容は中学校までとは比較になりません。
結局、またいつもの如く人に助けられてます……不甲斐ない。
今日だって、人に教えを乞うています。
いつもは優秀な級友である永守梓ちゃんに頼んでいますが、彼女が用事という事で実は別の人に教えて貰っています!
それが――。
「扇さん、ここの問題の答えは?」
「えーと、うーんと……2ax²……までなら分かります!」
「じゃあ、まずここから考えて行こうね」
同じ学校に入ってから、よく面倒を見てくれる先輩――夜柳雫さんが私をサポートしてくれています。
大志先輩の幼馴染で、お兄ちゃんの同級生。
私がこの高校に入って一週間した時に廊下で遭遇して以来、凄く可愛がって貰っていました。
こうして、放課後に勉強に付き合ってくれる程に。
「解けたっ」
「よくできました」
「えへへ」
頭を撫でられて思わず力の抜けた声が出てしまう。
お兄ちゃんはここまでしてくれませんが、雰囲気も彼に似ていて私としてはとても接しやすい方です。
「七十四パーセントくらいか……クラス平均や学年平均を考えると、もっと欲しいところね」
「でも、夜柳先輩のお蔭で十三パーセントも成長しました! このまま頑張って、教えてくれた夜柳先輩に褒めて貰える結果をプレゼントしますね!」
「……本当に勿体ない」
「ふぇ?」
沁沁と、何か感じ入るように私の頭を撫でて夜柳先輩が呟きます。
勿体ないというのは、時間のことでしょうか。もっと早い人は早いし、独力で私よりも習得速度の優れた人はいるので意外と遅い私の相手に疲れているのかな……というより妹とは?
「そういえば、扇さん。家ではお兄さんが教えてくれるの?」
「いえ。お兄ちゃんも最近忙しいみたいで」
「この子を放置しておくなんて、救いようのない人間」
「普段から助けて貰ってるので、寧ろ私が助けにならなくちゃいけないんです! あと、良い結果を見せると褒めてくれるのでお兄ちゃんのお蔭で勉強頑張れてるんです。えへへ」
「……はあ」
「…………?」
ため息をつきながら、また夜柳先輩に撫でられました。
何故だ。
でも、こんな感じかな。
親の再婚前は小さい頃から一人っ子で、お兄ちゃんが初めての兄妹という感じです。……雫さんは、お姉ちゃんみたいなのかな?
ちょっと姉を持つ人が羨ましくなりました。
それから雫さんとの勉強会を終えて帰宅後、私はお兄ちゃんの部屋で勉強させて貰っています。
あまり父母が関与してこない安全圏、勉強する私の傍らで兄は本を読んでいます。
「お兄ちゃん」
「どうした」
「私、お姉ちゃんが欲しい」
「……」
「ご、ごめんってお兄ちゃんっ!? よくわからないけど、無言で部屋を出ていこうとしないで!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます