中学時代(3/3)




 中学三年になろうと大志との関係は変わらなかった。

 俺と唯一交流のある男子。

 夜柳に守られた唯一の男。

 そんな箔が付いた所為か、その目立ち様は去年の比ではなかった。一緒にいる瀬良も一時期は災難に遭ったが、幸か不幸かこういう時に大志の空気の読めなさは役に立つ。


 うるさい事には変わらない。

 ただただ、賑やかな年は続いた。


 そう、大志と関わる事で去年と変わらず俺は――。



「ハァッ――!」


 俺は余やな雫と何度目かの殺し合いをしている。

 炸裂音と共に夜柳がバレーボールを放つ。

 ネット上から斜線を描いて走るボールの落下地点にいる俺は、顔面めがけて迫る一撃をクロスに交差させた両腕で受け止めた。

 揃えた腕に着弾した球が真上に跳ね上がる。

 びりびりと皮膚が燃えるように痛い。


 前衛の俺へ直接撃ち下ろす軌道……!


 コートには、ボールを刺せるポイントは幾らでもあるのに、それらを排して俺だけを執拗に狙っている。

 あまりに露骨すぎて失笑すらした。

 それにしても……衝撃を吸収するように構える心得はあったのだが、桁違いの威力に俺の技術力が追いつかなかった。

 その証拠に体がわずかに後ろへ弾ける。

 サッカーやこれまでの様々な勝負で痛感したが、夜柳の華奢な肉体は外見に反した筋力を有している。

 加えて、有り余る才能のせいで力を余さず利用し、意図した方へ全力で叩き込める運動神経の良さも他人事なら羨ましいの一言に尽きるが、当事者としては災害でしかない。


「いくぜ、綺丞!」


 俺が止めた球を、大志がトスで上げる。

 ドジ体質のコイツにしては上手く、ネット付近の上空へと緩やかに上昇した。

 絶好の位置――ここだ。

 俺は夜柳の一撃で退いた事で生じた助走距離をこれ幸いにと活用し、球が中空で止まる瞬間に走り出した。


 ――決めるなら、今!


 俺は跳躍し、ネット上で落下運動を始める直前の球へと振り下ろした腕を叩き込む。

 渾身のスパイク。

 これなら、入る!!


「止めろ!」


「夜柳様の為に……とぉ!!」


 そう考えた俺の慢心を否定するように、夜柳のいるコートの後衛の男子が滑るように身を低く屈めながら、片足をボールと落下地点の間に割り込ませた。

 彼の臑でボールが跳ねる。

 また止められたか……。

 ネットの向こう側で歓声が上がり、再び夜柳へとボールを運ぶ流れが作られる。


「綺丞、まだまだ行け――ゴブっ!!?」


「!?」


 俺を隣から叱咤する大志の顔面を、夜柳のスパイクが撃ち抜いた。

 奇声と共に大志の体が後ろへと飛んでいく。

 数歩後方でばたり、と宙を舞って倒れた。


「大志、鼻血が出てる。これ以上は危険だから休んで」


「……(おまえが撃ち込んだんだが)!?」


 倒れて痙攣している大志に夜柳が嘆息する。

 どっ、とコート外で歓声が湧いた。

 期せずして夜柳の寵愛を享受する立場にいる気に入らない大志の負傷と退場で、もはや体育館全体が震撼している。いや心配しろよ。


「き、綺丞と雫が……川の向こうで手を振ってる……」


「どっちもまだ生きてる」


 仕切り直し、位置の入れ替えで次は俺がサーブを打つ番である。


 だが、正直もうやめたい。

 夜柳の眼光に射竦められて、もう戦意喪失の寸前だった。

 何故、こんな事になったか。

 それは去年から続く、俺と夜柳の因縁にある。

 いや、一方的な物なのでこっちに非は無い。

 大志と交流するようになった俺を羨んだ夜柳が、よく勝負を仕掛けるようになったのだ。

 今のところ四十八戦二十三勝二十三敗二分。

 ある時は一騎打ち、ある時は大志を含めて勝負した……のだが、今回と同じく大志はよく俺の味方をするので毎度の事ながら悲惨な目に遭っている。


『矢村くん。少し、いい?』


 夜柳の蠱惑的な誘いに俺はいつも鳥肌が立つ。

 こういう時は、決まって血戦の開始だ。

 俺が幾度断って逃げようにも、夜柳に煽動された人々の輪で退路を塞がれ、何故か大志が俺の意思を介さず勝負を受諾する。

 そんなこんなで、一度も回避できた例がない。

 なお、勝利すれば暫く関わらないという交換条件があるので勝利は全力で獲りに行くのだが、如何せん一騎打ちだと実力が拮抗するので困難だ。

 手抜きをして故意に負けようとしたが、それも侮辱と受け取った夜柳に一度だけ殺されかけたので手加減もできない。


 そして今回の勝負はバレー対決だ。

 コートにいるのは、夜柳と彼女が勧誘したバレー部の精鋭対俺と大志含めたサッカー部員たち……最初から意味不明だ。

 今のところ、得点は二〇―二十一である。


「さあ――さっきまで眼の前で小動物みたいにちょこちょこ動く大志に気を取られてたけど、これで心置きなく殺れる」


「大志、気を取られるほど可愛いか?」


「は? いつ転ばないか気が気でなかったって言ってるの。変な解釈しないでね、矢村綺丞」


 取り繕っているつもりだろうが、もう言動に半分以上は彼女の素と思しき凶暴な面が現れ始めている。

 周囲は美しさに目が眩んで気付いていない。タチが悪いな……!

 ちら、と肩越しに後ろを確認すると必死の形相の瀬良の手によって大志が運び出されていた。

 二人がコート外へ出ると、夜柳の纏う空気がまた鋭さを増した。

 なるほど、これが殺意百パーセントか。



「面倒見るのは、私一人で充分なのよ」



 夜柳が俺にだけ聞こえる声量で告げる。

 俺はボール片手にエンドラインまで歩く。


 ………………帰りたい。






「カッコ良かったぞ、綺丞!」


 下校中、笑う大志に肩を叩かれる。

 今日の勝負は俺が勝った。

 代償として腕は痛いが、これで暫くは夜柳の毒牙も遠ざかることだろう。腕が回復する頃にはまた別の勝負に発展しそうな予感はあるが。

 頼むから、勘弁して欲しい。

 原因となる隣の男は全くそこを察してくれない。


「俺、今まで雫に勝てる人間なんか見た事無かったぜ」


 あれに勝てる人間がいるのか微妙だ。

 そもそも人間かと疑ってしまう。


「よっしゃ、勝利の宴をファミレスで開こうぜ! ついでに花ちゃんとか呼ぼうぜ」


「……やめておけ」


「ん?」


「折角、他にも友だちができた時期だ」


「そっか。……そだな!」


 大志が寂しげに笑ってスマホをしまう。

 多分、一時間後には忘れてまた連絡しているだろうが。


 瀬良は、最近別のクラスメイトとも交流を深めている。

 極度の引っ込み思案が災いして今まで俺や大志のみだったが、ここに来て彼女と共通する趣味や、以前から彼女に興味を持った人間が近付いてきて一気に友情の輪が広がっている。

 悪いことではない。

 悪い事ではないが、俺には不自然に思えた。用意されたレールへと、まるで瀬良が乗せられているようである。

 ただ傍から見たら違和感を違和感として捉えられないほど些細で、恐らく当事者の瀬良と勘の鋭い者しか分からない状況だろう。

 俺としては、セッティングしたのは夜柳だと睨んでいるが。


「なあ、綺丞」


「……?」


「綺丞も他に友だち作りたいなら良いぞ。最近は俺の相手しかしてないし、中学校生活大丈夫か?」


 おまえと会うまで友だちもいないし、去年からそうさせてるのおまえの所為だから。


 大志はいつの間にか何処で買ったかも分からないアイスバーを口にしている。

 溶けてもう手が半分は濡れていた。

 不注意にも程がある。

 喋らないで食え。


「俺も結局、三年間費やして綺丞以外に特別仲の良い男子とか出来なかったなー」


「…………」


「俺の何が悪いと思う?」


「気付いたって次の日には忘れてるだろ」


 とりあえず、俺は拾った石で大志の足下に転がっている糞を進路から弾き出す。

 大志に飛びかかってきた野良猫の首根っこを宙で掴み、少し離れた塀の上に置いた。

 全く……コイツの近くは苦労しかしないな。

 瀬良もいなくなって、余計にやることが増えた気がする。よくコイツと一年以上も一緒にいられた物だと我が事ながら感心してしまう。

 本気で拒絶しても良かったのに。

 夜柳のように、俺も何か大志に感化されているのだろうか。


「そういえば、綺丞って兄弟とかいる?」


「……妹」


「そっかぁ。俺一人っ子だけど妹がいる感覚は分かるぜ! 雫っていう妹分がいるからな!」


 世話されてるのに兄貴面か。

 コイツの厚顔っぷりは並の物ではない。

 ほとんどブレーキの無い幼少期の状態から面倒を見ている夜柳の苦労は、俺の想像を絶するだろう。

 だが、どうして許してしまうのかだけは少しだけ共感できる。

 それは、きっと。



「今度、家に遊びに行かせてくれ! 菓子いっぱい持ってくからさ!」



 コイツの裏表の無いところに、救われたんだろうな。

 人の注目を浴びて、特に知りもしないのに無条件で慕ってくる人間ばかりで何もかも疑って辟易してしまう俺や夜柳のような面倒くさいヤツには。


「……うるさくしないなら」


 もう暫く、中学を卒業する辺りまでなら……世話してやってもいいか。






 そして、高校二年。

 隣町の進学校に通う俺は、一人で登校していた。

 中学時代の騒々しさは遠い過去だ。

 一年時から穏やかで静かな日々を送っている。

 瀬良と同じ学校だったのは意外だったが、知り合いはそれくらいなので後は無視している内に遠目で見つめられるくらいで他人が直接関わってくる事はほとんど無くなった。


「見て、矢村様よ」


「今日も神々しい」


 何故か中学時代より神格化されているが、実害が無いので放置はしている。


「矢村くん」


 隣からかかった声に視線だけ向ける。

 中学時代とは全く雰囲気の異なる瀬良がそこで微笑んでいた。

 最近になって何処と無く夜柳に近い気配を漂わせ始めた彼女とは、極力関わりたくない。

 一体、三人で遊んでいた時期の慎ましくもその場が華やぐような柔らかい笑みを浮かべる彼女はどこへ消えてしまったのだろう。


「最近ね、大志くんに会ったの」


「……」


「いまテスト期間で夜柳さんもあまり協力してくれないから凄く苦労してるみたいで、勉強会もしたんだよ」


 何故、その話を俺に振る?


「矢村くんって、大志くんと特別仲が良かったけど……あの後に交流とかあるの?」


「……」


「答えて」


 瀬良が迫力のある顔で距離を詰めてきた。

 外見の変化以上に内面も俺の知る瀬良ではないようだ。

 明らかに別人……こんなキャラだったか?


「別に」


「そっか。えへへ……じゃあ独り占めだ」


 こんなキャラだったか?


 内心で戦々恐々としていると、俺のスマホが震動する。

 通知には一件のメッセージ。

 開くと、差出人は……『夜柳雫』。



『協力しなさい』



 ………………………………………………………………嫌な予感。


 こうして俺は、再び大志を取り巻く悪意の渦に飲み込まれていく事になるのだった。




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