中学時代(2/3)



 中学時代によく遊んだ友だちは一人。

 正直、俺はソイツ以外に友だちと言える自信が無かった。

 原因は単純である。

 俺――矢村綺丞が人見知りなのもあった。

 人付き合いが苦手というよりも面倒くさい節があったので、極力無関与でいたいという願望で行動していたのだが、それを見事に打ち破ってくれたのが隣の男。


「綺丞、今日のテスト終わったら何処か行こうぜ。午前中で終わるしさ」


「…………」


「行きたそうな顔してるな、よし!」


 このポジティブ怪物の小野大志だ。

 いくら言葉を黙殺し、視線すら合わせないようにしても些細な表情の変化でもあるのか、それとも独特の空気を読む術でもあるのか、勝手に何かを受信して本人の中だけで会話として成立させている。

 何ならコイツ独りでずっと喋っている。

 鬱陶しい上に騒音だ。

 最初ほどは思っていないにしても、かなり面倒くさい。


 だが、コイツの厄介さはそれだけではない。

 最たる物として挙げるならば。


「じゃあ、ここ行こうぜ」


「……?」


「リニューアルしたショッピングモールの屋上!」


 ショッピングモール……の屋上?

 バカは高い所が好きだというが、あんな戯言は信じていない。

 でも、コイツを見ると強ち間違いでない気もする。

 スマホで検索して調べるが、そのショッピングモールの屋上で特別な催しがあるわけでもなく、況してや露店が展開されている事も無し。

 憩いの場として、自販機とテラス席が設置されているだけだ。

 

「何で屋上かって?」


 含みのある笑顔。

 俺は知っている――こういう表情の時が、一番アホくさい事を考えている時だ。



「改装前まで無かった屋上が遂に解禁されたんだぜ!? 行くっきゃ無いだろ!」



 一人で行け。

 そんな俺の無言の圧にすら気づかない。

 友だちではあるが放課後まで遊ぶほど親密になったとは思っていない。

 度々こうして休日にも連れ出されるが、どれも疲れた記憶しかない。

 連れて行くなら例の幼馴染でも連れて行けば良い物を……そんな指摘を発することすら面倒でため息しか出ない。

 既に行く気満々の大志。

 まあいい、無視して帰ればいいだけ――。








「来たぞ、超瀬マオンショッピングモール!」


「……」


 無駄だった。

 帰りのホームルームが終わるや俺は大志によってここまで引っ張られていた。

 途中で振り払う事もできたが、溝に落ちそうになったり、走行中の車のサイドミラーに殴られそうになったりするコイツを放っておけず、ここまで来てしまった。

 俺がいなければ五回は死んでいただろう。


「ワクワクするな、綺丞!」


「……」


「ところで、ここで何するんだっけ?」


 コイツ……………………。

 度し難いほどに愚かだな、何故本来の目的を忘れるんだよ。

 人を巻き込むなら、せめて自分がしっかりしていてくれ。

 帰りたい。


「とにかく入ろうぜ」


「……………はあ」


「綺丞は何が見たい?」


「……屋上」


「アハハハハ!! 何だよ屋上って! リニューアルされて増えたんだっけ? 何でそんなとこ行きたいんだよ」


「(おまえが言ったんだよ)……なら映画」


 観念して付き合うしかないのか。

 たしか、このショッピングモールは映画館も含んでいた筈である。

 適当に時間の潰れる選択をしておこう。

 ついでにコイツが興味を引かれない映画だ。

 今回はそれで良しとなっても、今後は俺と放課後まで時間を共有しなくても良い気分になるように仕向ける。

 徒労に終える気はするが。


「ふふ、そう言うと思って」


「……!?」


 大志がブレザーの懐から取り出したスマホの画面には、二席の映画チケットの予約番号が表示されている。

 何故ここショッピングモールに来た目的は忘れているのにチケットの予約だけ済ませてあるんだ。


「いやあ、忘れてたぜ! リニューアルされて追加された映画を観に来たんだった!」


 本来の目的は映画だったのか。

 でも、忘れてたからといって何故それが屋上とすり変わるのかは甚だ疑問ではある。


「行こうぜ、この映画観たこと無いんだけど無茶苦茶面白いんだよ!」


 言ってる意味がわからん。


「十七時から上映だってよ」


 今から五時間以上の無駄な空白。


「とりま昼飯食うか!」


 仕方なくショッピングモール一階にあるフードコートへと向かう。

 腹は空いていないが、隣から空腹を訴える音が鳴る。


「何だよ、綺丞も腹空いてたのかよ」


「おまえの腹の音だよ」


 二人で適当な席を選んでどれを食べるか選ぶ。

 俺と大志が選んだのはうどんだった。


「何か綺丞って雫に似てるよな」


「……?」


「物静かなところとか、俺の相手をしてる時は目つきが悪いところとか、後は口で嫌だとか言いながら一緒に来てくれるところとか」


 ……………。

 俺が、アレに似ているか。


 一度会ったが、アレから感じたのは神秘的なオーラ以外にどことなく邪悪な感じも覚えた。

 本人が無意識なのか知らないが、大志の隣にいる俺を見て、手の中の空き缶を握り潰していた。見間違いにしたかったが、拉げた缶を俺の方へと高速で投げ放った辺りから悲しいことに現実だと思い知らされた。

 しかも、投げた後には犯人が誰かさえ悟らせない迅速且つ自然な離脱。

 本当にアレは人の皮を被った何かなのではないだろうか。

 それに、夜柳雫の相当な独占欲が発揮する眼光の鋭さ。

 大志も厄介な物に好かれたな。……大志本人も充分に似た類だが。


「ん?――なあ、綺丞」


「…………」


「あそこにいるのって、同じクラスの花ちゃんじゃね?」


 花ちゃん?

 俺が大志の指さした方を見ると、そこでフードコートの一画で一人席に腰掛ける女子生徒がいた。

 前髪で目元が隠れ、顔を俯かせた姿勢は明らかに他人と視線を合わせるのも苦手な性格なのが窺い知れる。

 ……コイツを絡ませるのは可哀想だな。


「友だちか?」


「いや、話したこと無いけど」


「…………無いのに花ちゃん呼びか」


 俺が呆れていると、その花ちゃんという少女の傍に大学生と思しき男二人組が現れた。

 何やら話し込んでおり、遠目でも少女が困惑しているのが見える。

 あれはナンパか。

 中学生に手を出すとは危ない連中だな。

 関わりたくないと思うのが普通だが、そういう常識が通じないヤツが行けば余計に混乱するのは自明の理だ。

 ここは手遅れになる前に、大志と一緒に離脱する事にしよう。


「大志、あっちの席が――」


「君、同じクラスの花ちゃんだよな! 良かったら、これから綺丞と映画観るんだけど一緒に来ない!?」


 どうやら俺の作戦も空振りのようだ。

 いつの間にか男と花ちゃんの間に立ち、彼女に話しかけていた。後ろで男たちが睨んでいることにすら気付いていない様子だ。

 どうして至近距離の敵意にも気付かないんだよ。


「え、でも」


「綺丞も喜ぶと思うぞ」


「おいキミ、僕らが話してるんだけどー?」


「え、そうだったんスか。てっきりナンパしてるだけだと思ったんで、俺もエントリーしていいかなって。俺の方が誘える自信あったから」


 火に油を注ぐな。

 男たちの顔がみるみる険悪になっていく。

 まあ、中学生に手を出す良識のない連中だ。大志も失礼とはいえ、短気なのだろう。

 このままでは拳の一つ飛びかねない。

 暴力沙汰ならば尚更関わりたくないが……仕方ない。

 俺は男たちの背後から近付いて、大志の隣に立つ。


「そこまでにしておけ。――小野大志」


「おお、綺丞。何だ、急にフルネームで」


 俺は最後の策に打って出た。

 超瀬町限定で効果を発揮し、場を平和的に収める力のある言葉だ。

 その理由として、最近知ったがこの町で大志の名を知る者は多いという。

 何故なら――――。


「え、ま、まままままさか、小野大志!?」


「あの、夜柳様お気に入りの!?」


 そう、これだ。

 夜柳雫の影響力は、一般的な中学生どころか一個人として有り得ない規模と効果を有する。その所為で町の裏で暗躍し派閥まで存在する非公式のファンクラブさえある。

 そんな邪悪な下地があるこの町で、夜柳雫が大切にしている大志に傷害すればどうなるかなど、想像に難くない。


 みるみる男たちが顔面蒼白になり、大志から後退りしていく。

 大志は事情が分からず、呑気に小首を傾げていた。


「「お、俺らは何て恐れ多いことを!」」


 二人が一斉に駆け出してその場から逃げていった。

 その後ろ姿に大志は手を振り、再び花ちゃんに向き直る。


「それで花ちゃん! 映画一緒にどうだ!?」


「え…………」


「実は俺一人だからか綺丞もずっと退屈そうな顔しててさ、整っててカッコいいんだよ。……あれ、何が言いたいんだっけ?」


「え、映画……って、何見るんですか?」


「『異星の侵略者、それが目覚めたら終わり3』でさ、『1』も『2』も観てないけど面白いよ!」


 誘い方の上手下手以前に、大志は何がしたいのか理解できない内容を口にした。

 待て、シリーズ物だったのか。

 初見の人間でも楽しめる内容ならいいが、よく『3』から手を付けたな。あと、面白いという根拠は何処からか気になる。


 こんな提案で付いてくるわけが無い。

 それに、俺個人としては大志一人も面倒だが、知らないヤツが増えて相手をするのは余計に疲れ――。



「い、行きます!私、『1』と『2』も観てるんです!」



 来るのかよ。

 いや、前のシリーズを知るヤツがいるのは救いだが、逆に俺たちがその感動を共有できるか否かが不安になってくる。

 怪我なく救出できた事はほっとしたが、また面倒な事になったのではないだろうか。


「ようし、まず三人で昼飯を食ったらショッピングモール回るぞ!」


「お、おー」


「…………(帰りたい)」



 その日、俺はかつてない程の疲労感で快眠だった。

 テスト週間が終わり、夏休みも大志に連れ回されて散々な目に遭った。懸念はあったが瀬良花実も加わり、大志の面倒を見る人間が増えて負担は減ったと思う。

 今年の夏休みは、人と過ごす時間が多い。

 夏祭で誰かと花火を見たのは初めての経験だ。


 ……まあ、こんな日々も悪くない。












 そう思っていたのが、間違いだった。


「最近、よく大志と遊んでくれて調子に乗ってるそうですね」


 俺の目の前にバケモノ――夜柳雫が数メートル先で直立している。

 その足下にはサッカーボールが一球。

 俺の背後にはゴールが一基……これは正しく、一騎打ち――サッカー形式で言うPK対決に他ならない。

 夜柳雫がボールの傍の虚空でキックのシュミレーションとして足を振っているが、風切りの音やキレが明らかにシュートというよりも殺人武術の剣呑さを孕んでいる。

 これは、ただの勝負ではない……殺し合いだ。

 俺と夜柳雫の間に緊張感が走る。


「いけー、綺丞!!」


 外野の大志の声だけがうるさい。

 その声を聞いた途端。


「チッ……気に入らない。気に入らない。大志に友だちが出来たって別に良い。別にあんなアホを独り占めしたいわけじゃない気に入らない。あくまで幼馴染として気に入らない親友って呼ばれる人間気に入らないがどういう本性してるか気に入らない見定め気に入らない、この胸のモヤモヤが煩わしい……!」


 夜柳は大きな舌打ちを鳴らし、ぶつぶつと何かを呟いている。

 ああ、最悪だ。











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