やっぱり邪魔しかしない幼馴染
開いた口が開かないとは、まさにこの事。
予想だにしていなかった幼馴染の登場に、俺は十秒以上の完全停止を免れなかった。
あれだけ恋人作りに反対していた雫。
それが、今、目の前にいる!
直感で分かるが、あれは作り笑いだ。
見飽きた俺の大嫌いで美しい雫の仮面である。
ただ、普段は鈍感だの人の知能を捨てただの言われている俺でも、雫の微細な表情の変化から不機嫌な感情だけは読み取れる。
あれは――めちゃくちゃ怒ってる。
何なら殺意八割、軽蔑ニ割だ。
俺の命は無い上に、今後のパンも期待できない絶望的な未来が待っている!
何故だ。
何故ここに来た、雫!?
「大志、楽しそうね」
おまえが来るまではね!
せっかく赤依沙耶香との甘い時間を過ごしていたのに、今から先を想像するのが怖い。
足早に帰っていった相森梅雨が羨ましい。
奴め、これが分かっていたかのように迅速な離脱だった。俺も見習って同行しておけば、こんな事にはなっていなかったかもしれない。
あとは……。
「憲武、大丈夫か」
「ハハハハ、ナニガ?」
「いや。顔が蒼白いっていうより、もう白いぞ」
白粉をしたかと見紛うレベルで顔色が白くなっている憲武は、目に見えるほどバイブレーションしていた。
何がどうしたら人間そうなるのか。
後で店員に暖房入れて貰うか、暑いけど。
「よう、雫。何で怒ってんの?」
「そんなことないよ」
じゃあ、せめてその殺気だけ抑えてくれ。
しかし妙だな。あの雫が合コンとは……雫なら男なんて選び放題だろう。
いや、でも女子校だから出会いも無いのか。
だから合コンを利用しなくては男と接点も出来ない。
そんな不甲斐ない立場であることを幼馴染に見られてしまう恥ずかしさ、且つ相手に幼馴染がいることで選択肢が二つになる………悪いことしか無いな。
なるほど、怒るのも納得だ。
ごめんな、雫。
気遣って立ち去るべきなのだろうか。
「合コン初めてだから、少し緊張してるんだけど……大志はそんな感じしないね」
「ああ、緊張するのが勿体無いから全力で楽しんでる」
「ふうん。早速もう仲の良い子もできたみたいだし、満喫してるみたい」
ひぇ。
ちょ、今日の雫が並外れて怖い。
もはや声すら凶器なんだが……おい、憲武こういう時こそ、おまえが盛り上げるタイミングだろうが!
そう思って隣を見たら――。
「こんな事になると思ってなかったんだ。お、オレは悪くない、悪くないので明日も生きてる、よしよしよし!」
切迫した表情で俯き、小声で何かを訴えている。
いつもの調子は何処へ行ったんだ?
いよいよ合コン前に食べた悪い物が本領を発揮していて我慢の限界が近いのかもしれない。
たが――これは好機だ!
具合の悪い憲武を介抱するという名目で、俺も合コンから離脱すれば良い。
そうすれば、雫という脅威から逃げられる。
「憲武、具合が悪いなら家に帰るか」
「っ……そ、そそそそうだな! 今日は俺もお暇させて貰うかな!」
「じゃあ、俺が付き添って――」
「一人で帰りたいんだよ!!」
怒鳴りながら、足早に憲武が去っていく。
えー、ちょ、えー?
これじゃ余計に手薄になって、雫と密接に関わらなくてはならない状況に悪化したじゃん。
軽く周囲を見回すが、赤依沙耶香は何事か分からないままニコニコと微笑んでいるし、深山浅葱とかいう男子は雫に釘付けである。
数は丁度よく二対ニになった。
こうなったら、彼を雫に押し付けて赤依沙耶香と一緒にこの場を離れるよう事を運ぶだけだ。
「わあ、本当に夜柳さんだ」
「赤依さんは知り合いなの?」
「いい加減、さん付けは良いよ。赤依でも沙耶香でも好きに呼んで」
「あ、それじゃあ沙耶――」
下の名前で呼ぼうとした瞬間、左足の爪先が砕けたんじゃないかってレベルの甘い激痛が脳天を刺した。
「………………、香って呼ばせてもらう」
「何か凄い沙耶香の香を矯めたね」
「万感の思いを込めたら、そうなってた」
「え、あ、どうも」
何故か赤依沙耶香改め沙耶香が頬を赤らめる。
何が琴線に触れたのか知らんが、取り敢えず爪先が死んでないか今すぐ確認したい。
どうやら机の下に猛獣が放たれているらしい。
俺の爪先を踏み砕いて行きやがった。
「じゃあ、私も大志って呼ぶけど良いかな?」
「おう、そりゃ勿ッ……………………論!」
「また矯めたね」
「嬉しくて」
話している途中で右足も死んだ。
何で八本もある足の中で俺だけを的確に狙っていくんだ、この猛獣は?
三人の様子から見るに、明らかに襲われていない。
俺だけを攻撃するなんて、よほど性根の腐った獣に違いない。
「大志、具合悪いの?」
戯けた感じで雫が尋ねて来る。
キミが来た瞬間から楽しめないし、足下で正体不明の獣に襲われるしで良いことが無い。具合じゃなくて運も人も何もかも悪い。
普段から天罰が降るようなことしてないのに、こんな事って有り得るのか!?
俺は思わず雫の方を見て、顔をまた伏せた。
「何?」
何?じゃないって。
怖いって。
「やっぱり体調悪そうだから、今日は帰ろうか大志」
「待ってくれ! 俺は君が来ると聞いて楽しみにしていたんだ!俺は深山――」
「ほら、立って」
いや、爪先が痛くて立てない。――と思ったら口の中に何かを突っ込まされた。
これは……パン!?
雫のパンだ!
一体何処から出したんだ。
そんな疑問もあるが、咀嚼しながら俺は気づいたら立ち上がっていた。
「あ、ちょっと待った!」
俺の背中を優しく導くように押しながら、俺分のドリンクサービス代だけ置いてその場を去ろうとする雫に、待ったをかける声が一つ。
「連絡先――」
「大志、辛そうだから私から後日渡すね。仲良くしてくれてありがとう」
「あ、そっか、ならお大事に」
雫が微笑むと、さっきよりも顔を赤くして沙耶香は俺たちを見送る。
雫の表情一つだけで何もかも上手くいく。
俺もその笑顔が欲しい。
しかし、深山くんはかなり強引に無視してたけど大丈夫か? 彼は悲しそうな目でこちらを見ている。
俺たちは無言でファミレスを出て、そのまま帰途に着く。
店を出てからも暫く雫の顔には胡散臭い笑みが貼り付いたままだが、住宅街になって人気が無くなると表情が消える。
やべ、ここからか。
「三日前に大志が合コンに参加するって風の噂で耳にしたから、昨日には元いた子と代わって貰った」
「本当に?」
「そんなに恋人作りに精を出すなら私も手伝ってあげようと思って」
そうか。
あれも雫なりの掩護だったのか。
爪先の痛みで合コンどころではないから家に帰そうとしただけで、本当は応援していてくれたらしい。
いやはや、幼馴染が敵対してるなんて考えたら手強すぎて心が一度だけ折れそうになる。
「ごめん、嘘」
「え」
え、嘘なの?
そう思って振り返った時、雫とばっちり視線が合う。
睨んではいる、のだが鋭いというよりどこか拗ねたような感じの眼差しだった。
「絶対、どんな人でも認めないから」
唇を尖らせて呟く雫に俺も面食らう。
え、恋人を作ることに一々許可が必要なのか。これが風の噂で聞く姑というヤツかな。
どちらにしろ俺には至難である。
雫のお眼鏡に適う恋人となると、もはや何が良いのかさっぱりだ。
だが、それが諦める理由にはならない!
「じゃあ、頑張って探すよ。雫に認められる素敵な恋人ってやつを!」
「一生迷走してろ」
「瞑想? 目を瞑って考えるだけじゃ恋人は出来ない。雫も素人なんだから、俺にアドバイスできる立場じゃないんだぜ?」
「………………」
「ふ、俺が先にリア充になり、雫に人生初の勝利を……ん? 雫、その右手どうしあだぁぁぁあああッッ――――――――――――!!」
素晴らしいアイアンクローを頂きました。
「……最後に笑うのは私だもん」
その不敵な雫の一言を受け、俺は改めて恋人作りに励むと決意した。
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