点数勝負、いざ参る!!
時は五月中旬。
テストを終えた俺たちは一時の平穏に浸っていた。
雫の用意したパンを食べたりデートをしたり、さらに勉強地獄を生き抜き、俺は見事に会心の手応えで試練を潜り抜けた。
後は結果発表を待つのみ。
因みに隣の憲武は一限前から机に突っ伏している。
死んでいるのか。
「オイ、大志」
動かないと思ったら喋った。
こっちを見た瞳に光は無い。
「オレはゲーム合宿で忙しかったんだ。試験があるなんて一月前に言われて準備できるヤツいるか?」
「俺は二週間半前で出来たぞ」
「オレに出来るかどうかを聞いてるんだろうが!!」
「憲武は出来ないよな」
そもそも自主的な勉強が出来ない。
俺だって雫に尻を叩かれなければ動かない程には勉強へ積極的になれない。それこそゲームも飽きてやる事が勉強だけにならない限り。
この様子だと憲武は赤点必至か。
俺もまだ結果の可否は不明だが、他に回避の手応えを感じているヤツは…………みんな顔が輝いてる、清々しい表情をしている。
まさか、全員!?
憲武以外が赤点を回避したのか!?
「憲武、おまえ以外は皆が赤点回避してそうだ」
「馬鹿野郎。よく見てみろ、あの顔を」
「ん?」
「明らかに死後の世界に思い馳せてるだろ」
死後の世界か。
俺は地獄も天国も信じたり信じなかったりするのでよく分からない。
憲武の言に従うなら、みんなアウトって事か。
ここまで赤点が多いとなると、逆に学校側はどうやって対処するのだろう。
取り敢えず、この後のテスト返却にすべてが懸かっているな。
「小野大志はいるか?」
授業前の教室に俺の名を呼ぶ声がする。
入り口の方を見ると、厳しい顔の男子、それも生徒会の腕章をしている生徒がいた。
あれ確か購買でも買えるからって一時期ブームになって皆が付けたら本気で生徒会室に度々無関係な人間が入り浸ってもバレなくなって問題になったんだよな。
いや、そんな話はさておき。
なぜ俺が呼び出されたのだろうか。
朝礼などで生徒会役員が挨拶などをするのだが、俺は毎度のこと寝ているので顔を覚えていないから彼が生徒会所属かも分からない。
本物か? 偽物か?
「小野大志、返事をしろ!」
「はい! 俺ならトイレに行きました」
「君は馬鹿なのか??」
正直に伝えたら何故か罵られた。
腹立つなコイツ、雫でももう少しオブラートに包んで『病院行けば?』とか言ってくれるのに。
言葉って人を傷つけるんだぞ!
「おい、大志。アイツって」
「憲武、知ってるのか」
「ほら、夜柳雫と交際してるってデマを自分で流して痛い目見た後、暫く登校してこなかった誰かだ」
「誰だよマジで」
肝心な部分の情報が欠落している。
でも、確か雫と交際していると言っていたのは生徒会長か副会長か庶務か書紀か校長だったような気がする。
このいずれかの内か。
「私は生徒会長、三年の
「思い出したぞ大志、副会長だ!」
「いや、書紀って言ってたぞ」
「君らは馬鹿なのか?」
は?
俺だけでなく憲武まで罵倒しやがった。
これは許せないな。
一体どんな了見で俺を訪ねに来たかは知らないが、礼儀がなっていないようだ。
「何の用だ? 生徒会の、誰か」
「生徒会長だ。――君が夜柳さんの幼馴染で間違いないな?」
「ああ、昨日までそうだった」
「幼馴染というのは途中で辞められるような物ではないぞ。馬鹿なのか?」
息をするように人を貶しやがって。
コイツ、とっちめてやろうか。
「俺が雫の幼馴染だったら何だよ」
「君のせいで、私は酷い目に遭ったんだぞ!!」
「はあ?」
生徒会長を名乗る男が俺へと怒鳴り始める。
至近距離まで顔を寄せて睨んでいたので、唾で耳をやられてしまった。
「君がいるから、私は夜柳さんにフラレたんだぞ!」
「俺?」
「そうだ、君が幼馴染という特権を悪用し夜柳さんの貴重な時間を占有するせいで、私に割く時間がないのだ!」
「生徒会長さん、雫に告ったの?」
生徒会長が苦々しい顔で頷く。
「校門の前で待ち伏せし、彼女に告白したんだ」
「はあ」
「そしたら『好きでもないし、貴方よりも大志の面倒を見なくちゃいけないのでお断りします』……だと。君のせいで私は彼女と付き合えないんじゃないか!!」
「いや好きでもないって言われてるじゃん、バカなの?」
完全に正気を失っている。
好きでもない相手からの告白を受けるなんて、それこそ誠実さの欠けた人間のやる事だ。
雫はそういう意味で立派なヤツだな。
でも、俺の面倒を見なくちゃいけない、か――。
「だから君に勝負を持ち込む」
「はい?」
「テストの総合点で高かった方が、夜柳さんと交流し、敗者は今後彼女に近づかないことだ!」
「でも、俺は二年でアンタ三年でしょ。公平にならなくね?」
「うるさい!勝負ったら勝負だ!」
そう言って彼は教室前から走り去っていく。
いや、まだ勝負受けるとは言ってない。
逃げ帰るように消えた彼を見送り、俺はどうしたものかと途方に暮れた。
すると、背中をぽんと憲武が励ますように叩いてくる。
「大志、知ってるか?」
「何だ?」
「思い出したけど、あの生徒会長……赤点補習の常連で顔が通ってる有名人なんだぜ?」
「何で生徒会長やってんの?」
なるほど。
自分から負け戦を仕掛けてきたというわけか。
勇ましいものだな。
少しだけ見直したよ、大川何とかさん……。
その日の夕刻。
俺の家に帰って来た雫の下へ俺は向かった。
その手に、本日返却されたテストを抱えて。
「雫、学年トップだった」
「アンタ極端だからゲームを取り上げればそうなるわ」
「それでさ、生徒会長にテストの点数勝負を仕掛けられて……負けた方が雫とは一切の交流を断つって話になってるんだよ」
「そう」
雫はさして気に留める様子もなく、隣を過ぎてリビングへと向かっていく。
俺は慌ててその後ろを付いて行った。
俺の世話を趣味とする、それも阻害されると暴力も辞さない気勢でのめり込んでいる雫からすれば唾棄すべき提案だろう。
伝えるべきか悩んだし、俺も勝負を受けたつもりはないのだが相手が生徒会長だから何かあるかもしれない。ほら、こう、除籍、とか不当な減点、みたいな?
俺の危惧が伝わっているのか否か、雫は極めて冷静である。
いや、流石に関心持ってくれても良くない?
下手したら俺の卒業すら危うくなるんだぞ。
「これで負けても、パンだけは作ってくれるよな!?」
「……そうね。万が一、アンタが負けるようなら消すだけ」
「何を?」
「誰かを、ね」
やはり、俺の憂慮を察することもない様子で雫は台所の流し場で手を洗う。
誰かを消すのか。
人間一人を消すなんてそう出来る事じゃない。
つくづく雫は冗談が上手なもんだぜ。
「大志、おいで」
手を洗い終えた彼女は、すたすたと居間に移動して床に座るや俺を手招きで傍へと呼び寄せる。
え、行かなきゃ駄目?
まあ、仕方ないか。
テスト用紙を抱えたまま、俺は隣に座った。
「……私とも勝負しない?」
「ん?」
「テストの点数、平均点の高かった方が勝利」
「いや、俺と雫の高校じゃテスト内容も違うだろ」
「でも環境の違いなんて些末な物。出された問題を如何にこなしているか、それが平均点に出るし、平均点で学校のレベルにどれだけ対応できているかも判明する」
「ほ、ほう?」
「問題の難易度や数は留意点にならない、だから勝負しない?」
「その言い方、勝ったら何かあるの?」
雫の目が細められる。
あ、ようやく本題に入れた感じなのかな。
でも雫相手にテストの点数で勝てるだろうか。小学生から雫の成績はよく知っているが、誰かに心配されたり雫自身が落ち込んでいるところは見たことも無い。
稀に綺丞が勝利したぐらいで、それ以外で他人と比較して敗北したなんて戦歴は皆無。
明らかに俺が負ける前提で勝負を仕掛けている――つまり、生徒会長とは逆で勝ち戦だから挑んでいるんだ。
何て卑劣で勇敢なんだ。
「大志が勝ったら、何でも言うこと一つ聞いてあげる」
「何でも?」
「そう、何でも」
そう言って、雫が唇から胸元まですっと指で撫で下ろす。
痒かったのかな?
「逆に、雫が勝ったら?」
「……そうね、私が勝ったら――」
雫は俺の方を見遣って口元を隠した。
俺でも分かる――それ、笑ってるな?
「大志の夏休み、全部私が貰うから」
その提案に、俺は息を呑んだ。――それは、予想してなかった。
破格の要求に、すぐには答えられず固まる。夏休みを全て雫に捧げる、そういう風に聞こえたんだが。
「雫、それって」
「言葉通りの意味」
「……そ、そんな」
「その代わり、勝てば私の予定も全部あげ――」
「それは要らないから良いんだけど、俺の予定が……」
「………………………」
「俺が勝ったら雫の両親にも頼んで、雫と夏休みにどっか旅行に行くつもりだったけど、これだと俺も要求の内容を変えないとなー」
「私と旅行?」
そうだよ?
以前から計画していたのである。
通称、『幼馴染慰安旅行』。
毎日俺の世話をしている雫に感謝し、労って彼女に心ゆくまで楽しんで頂く旅だ。
だが、雫に夏休みを全てを取られるとなるとそれも潰れる。
「仕方ない、旅行は諦め――」
「行くから」
「ん?」
「それ、却下したら怒るから」
「いやでもおま「行くから」…………あ、そうですか」
そこまで強く言われたら仕方ない。
いや、要求する前に叶ってしまったので結果的にまた勝利した際の願いを考えなくてはいけなくなったな。
「じゃあ、俺が勝ったら女子校の友だち一人紹介してくれ。つまり彼女作りの協力だ」
「良いよ――勝てるならね」
びきり、と雫のこめかみで何かが鳴る。
うわ凄いくらい血管が浮き出てる。
取り敢えず、俺はその勝負条件を呑むことにした。
今日から三日間をかけて返却されるテストの全てを見て、平均点を計算し、その点数で競う。
だが、今回の俺は自信がある。
学年トップになれた男の実力は伊達じゃないって事を証明して―――――。
三日後、俺は夏休みすべてを彼女に捧げる旨の契約書を書かされていた。
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