その裏で/ガンガン攻めてやるぜ!
大志たちから距離を取った後、あたし――実河雲雀は物陰に隠れて作業着の中にあるスマホを取り出す。
本当はバイト中携帯は禁止だけど。
真っ先にメッセージアプリを起動し、夜柳の個人ルームを開いてメッセージを送信する。
『予定通り、接触完了。内容通り後輩と二人っきり』
『ご苦労さま』
『大志の顔はっきり見たの初めてだわ』
『なんのこと?』
『髪切って後輩ちゃんと水族館デート中』
既読マークが付いたが、あれだけ速かった返信が来ない。
恐らくかなり動揺しているのだろう。
あたしだって最初はびっくりさせられた。
昨晩、あたしは夜柳に頼まれた。
ちょうど週末働いている水族館に大志が後輩とデートに足を運ぶ。
その際に、他に怪しい影がいるだろうから、怪しい影とやらが接触しようと動いていた場合は指示通りに動いて欲しいとの内容だ。
偶然を装って接触するにしても、まず大志を探さなくてはならなかった。
それが、意外な形で見つかることになる。
ふざけた伊達眼鏡が特徴の男子だが、髪がさっぱりしていたからすれ違った瞬間に誰かと思って声と会話内容を聞けば大志だと判明した。
なるほど、身なりを整えればああなるってワケ。
ただ、これを夜柳が知らないはずがない。
彼女が意図的に隠したのだろう。
それを隣にいる後輩が露見させてしまった、という経緯が容易に想像できる。
「さてさて、あたしは――っと」
ちら、とあたしはスマホをしまう。
入館し、水槽を眺める客の中から大志たちを遠くから眺める視線が一つある。
可愛い女の子だ。
ある程度の変装はしているが、昨晩に夜柳から急遽送信されてきた写真の子と容姿が合致する…………アレが瀬良花実ね。
それで、隣にいる長身の男子が夜柳の言う『協力者』か。
「矢村くん。あの二人、楽しそうだね」
「……………」
大志を観察する瀬良花実の傍らで、その男子が深く被った帽子の下に隠した目で私の方を一瞥する。
あっちも把握してる系か。
おっけ、指示通りに動こう。
※ ※ ※
「先輩、シロイルカに餌あげられるそうですよ」
案内板を永守梓が指し示す。
シロイルカか、たしかにかわいいよな。
特に鬣とかフサフサしてるところ。
でも、爪とか牙とか鋭いし獰猛って聞くから餌やり許可されているのが意外だ。
「大丈夫? 噛まれない?」
「はい? 多分」
永守梓は危機感が無いようだ。
いざという時は俺が体を張って守ろう。
そういえば、前は俺に噛みつこうとした大型犬を雫が一瞥で停止させた事があったな。俺にもあれが出来るだろうか。
まあ、雫も陸上の生物だ。
今回は海の生き物だし、雫流は通じない。
俺独自の流派を編み出して対処せねば。
「先輩、早く行きましょう!」
「梓ちゃん、シロイルカ好きなの?」
「はい! シロイルカのあの優しそうな目が可愛くて可愛くて」
「優しそうな目……!?」
俺の知っているシロイルカは違う。
もっと獲物を狙う獰猛な目をしていた。
さては梓ちゃん、シロイルカを知らないな?
仕方ない、ここは俺がきっちり教えて――――。
「きゃあー!かーわいい!!」
「馬鹿な……これがシロイルカ、だと」
そう誓った数分後、俺は驚愕に打ち拉がれていた。
目の前にいるヤツは鬣も爪も牙も無い。
あるとすれば前頭部に大きく張り出した丸みのある部分と優しそうな目、イルカにしてはやや慎ましげな口先だ。
俺が手を出しても噛んで来ない。
まあ、俺の手渡しした餌は食べてくれないけど。
「先輩、シロイルカさんに好かれませんね」
「動物全般に襲われるか避けられるからな、俺。雫曰く『フェロモン』が出てるって言ってた……で調べたけど、アレって脇汗と一緒に出てくるんだよね?」
「それは違………あ」
俺に懐かないのにメチャメチャ梓ちゃんの手にはスリスリしたりする。
いや、コイツ好き嫌いというより女好きなのでは?
さっきもカップルの女性側にすり寄ってたし。
特にあの目つき――優しいとか言うけど、憲武にそっくりだ。
なるほど、海の中にも憲武はいるのか。
確かイソギンチャクの中に隠れる腰巾着みたいな名前のヤツも、途中で性別を変える生態があると聞いた。
俺も女子になってみたいかも。
そしたらシロイルカや憲武に好かれるかもな。
「先輩、そろそろ行きましょうか」
「そっか」
どうやら次の人の番らしい。
俺と梓ちゃんは最後の挨拶としてシロイルカの鼻先を撫でてやった後に、そのまま出口へと向かった。
シロイルカと触れ合う前に水族館をほぼ一周してしまったので、かなりの満足感である。
だが――まだ時間は十三時過ぎ。
ううむ、そういえば昼食がまだだったな。
心做しか腹が空いた気がする。
「梓ちゃん、何か食べない?」
「そうですね。時間もそんな感じですし、近くのファミレスに入りましょうか!」
道路を挟んで向こう側にあるファミレスへと向かい、俺たちは歩き出す。
そう言えば、水族館を歩き回っている間に感じていた視線が無くなっていた。
いや、あれは俺をずっと見てた永守梓のかもしれん。
「先輩?」
「ん?」
「ひょっとして、視線が無くなった事ですか?」
「すごいな、何で分かったの?」
「私も何か、ずっと見られてる感じがして……知らぬ間に誰かから恨みでも買ったんでしょうか」
心配そうにオロオロと周囲を見回す永守梓。
この子に恨み、か。
なに可愛く生まれてきてんだありがとうございますチクショウ、じゃね?
なに真面目ちゃんぶってんだよ目と心の保養にしかならねぇから存分に生きろバーカ、じゃね?
「梓ちゃんは可愛いから勘違いじゃね?」
「せ、先輩っ、そういう世辞じゃなくて」
「世辞だったら世辞って言うぞ? まあ、俺世辞が言えるほど頭の回ってる時が無いって雫に言われたけどな」
思ったことが口に出るか、顔に書いてあると言われるし。
永守梓にそう言うと、何故か顔を赤くした。
ああ、なるほどな。
本音だというのに世辞と勘違いした事を恥ずかしがってんのか、真面目だなぁ。
「気にするなって。勘違いの一つや二つ、三つ四つとあるさ」
「先輩って、やっぱり天然ですよね」
「え? 人工物じゃないぞ俺。ちゃんと受精卵からっていう自然の摂理で成り立ってるから」
「そうではなくて……やっぱ何でもないです」
ぷい、と永守梓が顔を背ける。
どうやら気を損ねたらしい、面白いからしばらくこのままにするか。
「先輩と話してると女の子が勘違いしますよ」
「俺が人造人間じゃないかって……?」
「もうっ!」
永守梓はちょっと頬を膨らませて俺を見上げる。
「先輩、今日から私をドキドキさせるの禁止です!」
謎の宣告を受けた。
ほう、意図は分からんが被嗜虐心が擽られる。
この子をドキドキさせたら、一体どんな仕打ちを受けるのだろうか。どんなオシオキをしてくれるのか少し興味が湧いた。
「ドキドキさせたらどうなんの?」
「え、ええ!? そ、それは考えてない……というか普通は訊かないと思いますけど」
「なるほど」
「え、今ので何を理解したんですか??」
秘密にしておく事で実行時に効力が上がる、か。
一体どんなオシオキだろうか。
「じゃあ、ガンガン攻めるか」
「せ、攻め!?」
しばらく永守梓を誂いながら、俺たちはファミレスへの入っていった。
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