隠れ魔王サマが家に来た!



 鎖は解かれ、俺は晴れて自由の身になった。

 人権も返して欲しかったが、雫曰く『私が預かっておけば安全』?らしいので任せよう!

 つまり、雫のお蔭で俺は人として在れるようだ! 感謝しないとな、コンチクショー。


 身支度を調えて、俺は学校に向かう。

 雫も一緒なのだが、時間的には間違いなく遅刻になるだろう。


「雫が縛ったせいで遅刻になっちまうな」


「文句ある?」


「帰ってパンが無かったら泣くぞ」


「はいはい。ゴールデンウィークを挟んで残り二週間だから、その間はパンをたらふく焼いてあげる」


「嘘だったら一生許さないからな。あ、でも四六時中雫のこと考えるのは疲れるから一分くらいにしとく」


「ほんとに減らない口だこと」


 電柱とぶつかる寸前に雫に耳を引っ張られて回避に成功する。

 俺も少しは危機察知能力が高くなってきた。あと少し修行すれば一人でも安全に学校へ行けるぜ!

 修行って何しよう。

 やり方が分からないので、後で雫と一緒に考える事にする。


 ともかく――花ちゃんとの予定はパンに変わった。

 その旨を花ちゃんに連絡しなくてはならない。

 俺は連絡帳の中にて登録された最新の連絡先の番号へと電話を掛ける。


「もしもし、花ちゃん?」


『うん。どうしたの大志くん』


「勉強する約束なんだけど、雫のパンで帳消しになった! ごめんな!」


『……………夜柳さんの、パン?』


 電話の先で花ちゃんの声が低くなる。

 俺にはそこから彼女の気分が急激に冷たい怒りに染まっていくのを感じ取った。

 まるで雫がキレた時並みの安心感がある。

 嘘笑いや優しくされる時よりも慣れているので、俺としては話しやすくて助かるのだ。


 しかし、雫のパンと聞くなり機嫌を悪くするなんて、もしかして耳にするのも嫌なくらいにパン嫌いのお米派なのか?

 安心しろ。

 俺も小学生までは白飯派だったが、今では立派な白飯派だ!

 だからいつか、俺と同じパン好きになれるさ!


「そういうワケで、この話はあったような無かったようなことに――」


『ねえ、大志くん』


「ん?」


『引っ越しとかしてないなら、住所も昔のままだよね?』


「ああ、もちろん」


『わかった。それじゃあ、


 ぶつり、と電話が切れた。

 住所なんて聞いてきたけど、どうするつもりなんだろうか。

 俺は隣の雫を見ると、雫は難しい顔をしている。どうした、そんな表情したって可愛くて綺麗なだけだぞ。


「私と歩いてるのに他の女と電話」


「え? 何? 雫と歩いてると女性との通話時の電波に何か影響出んの?」


「私の心に影響する」


「雫って変な電波出してそうな方だけど」


「逆にアンタの脳は何処からか妨害電波を受けてるせいでバカなのかもね」


「それなら雫も変な電波出てるらしいから、一緒にいればジャグリング効果とかで相殺とか期待できるかな」


「ジャミング。……皮肉で言ったんだけど」


 皮肉って、漢字で書くと美味しそうだよな。考えただけで食欲が唆られる。

 本当に皮肉って、意味だけが非常に残念だ。


 俺と雫とはもはや遅刻の事なんて一切考えず、二人でゆっくりと歩いて校門前に着く。

 雫から今日の弁当を渡され、俺はそれを大事にカバンに突っ込んだ。これでお昼時が楽しみで仕方が無い。


「大志。ちょっといい?」


 雫が俺を手招きする。

 既に至近距離にいるのに、わざわざ近付いて来いという要求に従い、俺は腰を折って雫に顔を近づける。

 すると、雫が俺のネクタイを緩めるやシャツの第一ボタンを外し、開いた襟元に口付けてきた。

 軽く歯を立てながら強く吸われて、俺は背筋に鳥肌が立つ。


「え、どした急に。俺の首から何を吸い出したんだよ」


「別に。ただ、これは保険だから」


「保険?」


「そ。虫が寄り付かないお呪い」


 虫が寄り付かないお呪い、か。

 たしかに、これから蚊とか羽虫も増えてくる季節だから必要かもしれない。雫の口付けって虫除け効果があるのか。

 益々人間離れした能力があると知って、我が幼馴染ながら神秘の塊だと感慨深く思う。


「放課後、気をつけてよ」


「何で?」


「私は友だちの勉強会に出席しなきゃいけないから。その間、無防備なアンタを守るのも難しいし……本当は一緒に帰りたいけど下校も付き合わないといけない用事があるから」


「そっか。俺の事は気にせず地の果てまで行ってこいよ、家で待ってるからさ」


「そこは迎えに来てよ。空の彼方まで吹っ飛ばすよ?」


 雫と軽口を叩きながら校門で別れる。

 今日は一人での下校か。

 物凄く心配されていたが、まあ帰り道が反対の憲武に頼んで一緒に帰れば怪我なんてしないだろ。

 流石に自分が目を離した隙に大怪我を負ったなんて知ったら、今度こそ鎖で雁字搦めにされて学校に行かせてもらえないだろう。

 やれやれ、手のかかる幼馴染である。







「――というわけで放課後だな」


 俺は無事に帰宅していた。

 憲武は無理だったが、友だちが家まで送ってくれた。やっぱり持つべきものは友だよな。

 因みに、その後に彼らは何故か俺の隣の家に祈りを捧げてから帰っていった。そっちは幼い頃から付き合いのある婆さんの家なんだけども。


「何はともあれ、無事帰還だ」


 一応、ちゃんと帰れたと雫に連絡しとこう。

 きっと心配していないバズだ。

 メッセージアプリで連絡しようとして――不意に背後から伸びた手によって、スマホを奪われた。

 何奴ッ!?



「こんにちは。――大志くん」



 後ろに、いつの間にか人が立っていた。

 しかもそれが予想外な人物で、俺は暫く固まってしまう。

 

「なぜ花ちゃんがあっちに」


「何故ここに、でしょ。朝の話でちょっとね」


 花ちゃんがにこりと笑う。

 何だろう、雫と違って何か――怖い。

 雫は物理的に怖いが、花ちゃんは精神的な部分に訴えかけてくる恐ろしさが滲み出ている。これならいつもの雫の方がまだ可愛いと言える。


「大志くん。パンで誤魔化されちゃってるけど勉強は大丈夫なの?」


「え、あ、いや、大丈夫じゃない」


「なら、私が見てあげる。場所は、丁度良いから大志くんの家でやろうよ」


「え? でも雫に怒られるし」


「大丈夫、夜柳さんが来る前には帰るから気付かれないよ」


「うーん?そう、なのか?」


「大志くんは、私と勉強したくない?」


 勉強したくない?

 そもそも勉強自体をしたくない。

 それは雫が一緒であろうが花ちゃんであろうが変わることはない。

 相手によって勉強のグラデーションが変わる事なんてあるのか。間違えた、モチベーションだっけ。

 でも、雲雀を連れて来た時も猛反対されたしなぁ。

 これで雫の機嫌まで損ねたら、今朝の事もあるので先の展開を軽視するのは危険かもしれない。


「うーん」


「……ごめんね、嫌だったよね」


「雫が嫌がるからどうなのかと思って――」


「大志くん」


 俺の言葉を遮って花ちゃんに呼ばれる。

 強い語気に気圧されて思わず俺は口を噤んだ。


「大志くん、夜柳さんに支配されちゃってるんだよ」


「支配って…………胃袋掴まれてスケジュール管理されて登下校一緒にして将来結婚する約束結んでるだけだよ。何も支配されてないって」


「大志くん! 本来はそういうのが普通じゃないの。夜柳さんもそこの辺りの常識が無いから過激になってるの」


「雫の存在自体が非常識なのは昔からだって」


「だからこそ、大志くんがしっかりと示さなきゃ。自分のことは自分でできるぞ、って」


 そう言われて――なるほど、と思った。

 雫のする俺の扱いは、趣味とはいえどまるで幼子のような扱い方だ。

 まだ雫の中で俺は小さい頃の危うい俺の印象が強いのかもしれない。今朝の虫除けも然り、自己管理が出来ていると普段から印象付けておけばやる必要も無かった話だ。……というか、逆に雫が吸った部分が虫刺されみたいに痒い。


「なるほど」


「うん。だから、まずは身近なところから変えていこう」


「例えば?」


「自分以外の友だちが大志くんの家で遊ぶことは何も悪いことじゃない、ってことを」


「ほう?」


「だから今日は、私と勉強会しない?」


 なるほど、雫の意識改革の為にも花ちゃんは勉強会を提案してくれたわけか。


「よし、じゃあ行こうぜ」


「うん――楽しみ」


 俺は花ちゃんを伴って、家の中へと入った。
















―――――――――――――――――――


ここまで読んで頂き、誠に有り難うございます。

宜しければ暇潰しに他に書いている作品もどうぞ。



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