二度目の再会らしい



 動物園内に設けられた休憩所は意外と広い。

 整然と並ぶ長椅子二つと方形の卓一組となるグループ席の一つを使い、雫を長椅子に横たえて頭を俺の膝に乗せる。

 まさか、動物園で失神するとは…………。

 ハグしただけで、こんなにも面白い反応が返って来るならデートなる物も追究のしがいがある。

 次は何をしようか。

 俺はアホだから周囲から考えを借りるのが良いかもしれない。


 俺は周りを見回した。

 やはりカップルが全体的に多い。

 男女一組で動物を眺めては写真撮影、何ならゾウの前でキスしまくってる二人組もいる。

 雫がムーモだ何だと言っていたが、実は条件なんて無視してああいう風に気軽にやれる物なのかもしれない。


「ん……大志?」


「おお、起きたか」


 意識を取り戻した雫が起き上がる。

 頭痛でもするのか、額を押さえていた。


「いきなり寝るから心配してないぞ」


「しなさいよ」


 雫は乱れた髪を整えつつ、俺に返答する。

 どうやらいつもの調子を取り戻したようだ。


「見苦しいところを見せた。ごめん」


「いつになく可愛かったぞ?」


「いつもの間違いでしょ」


「ええ?――ごふっ!」


 何故か腹に一撃を頂いた。

 いつもいいパンチ打つよな。

 体の芯に響いて腰が震えてしまった。

 可愛いと褒めたのにどうして殴られるのだろうか。アレか、世にいう照れ隠しなる化学反応なのだな?

 それにスマホ内には赤面したまま眠ってしまった雫の写真も保存してあるので、後で本人に見せたら面白い反応がまた見れそうだ。


 考え事中の俺を一瞥し、雫は溜息をつく。

 そうか、雫には俺の脳内が分かるんだったな。これではスマホの写真も奇襲にならないか。

 がっくり。


「大志、そろそろご飯にする?」


 雫が腕時計を確認して提案する。

 たしかに、そろそろお腹が空いてくる時間帯だ。

 休憩所周りに出ている露店の前にも列ができ始めている。


「じゃあ、何か食うか」


「分かった」


「さて、どれにするか。俺、あの焼そばにするかなぁ」


「大志、弁当作ってきたけれど」


「マジ?」


 俺は思わず雫を二度見した。

 ピクニックじゃないんだからというツッコミより先に喜びが湧き上がる。

 外食の気分だったので弁当が出てきてめちゃくちゃ嬉しい。


 グループ席の卓上に雫は弁当を展開した。

 うわお、彩り豊か!…………ではあるんだが、ここで何と問題が。


「ぱ、パンだと……………!?」


 あの禁断の雫特製パンがそこにあった。

 俺の興味関心意識魂がすべてそちらへと一瞬で傾注される。

 バカな、そんなバカな!

 あの日以来、パンが恋しいと密かに俺の舌は鳴いていた。

 ここで、それが叶うのか!


 思わず雫の方へ勢いよく振り向いた。

 すると、雫はパンの一つを手に取るなり俺の口元に運ぶ。



「はい、あー「がぶりッ」情緒」



 そんな至近距離で大人しく待ってられん!

 俺は電光石火の速さでパンへと齧りついた。雫が差し出したのはクロワッサンである。

 ああ!この焼き加減と表面をパリパリと覆う砂糖の食感、ってか中もカリフワで最高すぎる!!

 理性?さよなら!

 しかも、これ。


「中にチョコ入ってる?」


「単体で楽しみたいなら、別に用意してるから」


「や、やめろ! 雫無しで生きてけなくなる!」


「ほら、あー「がぶりッ!」ちょっとは辛抱して付き合ってよ」


 あーんがやりたいのか?

 すまん、余裕が無い!!


「雫も食べろよ、このパン旨いぞ! これを食ったらおまえも雫無しじゃ生きられなくなるぜ!?」


「私が作ったんだけど」


 呆れる雫が俺の口元に手を伸ばす。

 口端についていたらしい砂糖を指で拭くと、それを自分の口の中に入れる

 ぺろり、と何か艶めいた仕草で舌なめずりした。


「ん、美味しい」


 俺は暫く、そんな彼女を凝視する。


「雫」


「なに?」


「何か、エモいな!!」


「うるさ」


 取り敢えずパンに集中した。

 用意されたサンドイッチなども食し、恐らく十個以上は平らげたところで俺の脳が満腹だと訴える。

 うるせえ!

 まだ食わなきゃいけねぇんだ!


「大志、ごちそうさま?」


「ぐ、まだ……まだだ……! 俺はお腹いっぱいだがまだ食える!」


「言ってること矛盾してるから。無理しないのバカ」


 雫がさっとパンを片付けていく。

 ああ……そんな悲しい声が思わず口から漏れた。


「残りは家でね」


 まるで焦らすような、意地悪するような微笑みで雫が告げた。


「この魔女め!!」


「急に何?」


「俺をパンで肉抜きにしてどうするつもりなんだ!」


「骨抜きね。……大志が私から離れようなんて余計なことを考えなければ、一生食べられるけど」


「オッケー! 未来永劫よろしくな!」


 人生契約を即決で結ぶ。

 お互いが結婚した場合に、将来は離婚が難しくなるなんて複雑な状況になりそうだが、万難を排してでも雫のパンを取る!

 何なら命よりパン!

 友だちよりもパン!

 人生よりもパンだ!



 昼食を終えて、俺たちは動物園観覧を再開していた。

 あれから色々と巡ったが、やはり動物園は凄い。

 日本じゃ会えないような生き物が多く園内に存在しているとあって、見ていて飽きない。動物たちは入れ替わる人間たちを退屈そうに見ているけど。


 今度はオウムやらフクロウ、タカとかモーモーキング類がいる所を見て回っている。


「猛禽類ね」


 そう、菌類。

 あれ、鳥類じゃねえの?


 それはともかく、彼らは飛行の為に胸筋や肩周りの筋肉がめちゃくちゃ発達している。鳥の胸肉っていうのがあるが、アレに歯応えを感じるのは鍛えられているからなのだろう。

 ガイド用に設置されている説明プレートを見ると、羽根の形もまた種類によって異なるらしい。

 フクロウなんかは、羽根の形状で飛行時の音を消して獲物に気付かれずに忍び寄る事ができ、そのまま捕獲できるようになっているとか。

 なんと異名が『森の人』らしい。


「それはオラウータン」


 違ったらしい。

 じゃあ何なんだよ。


「『森の忍者』だとか『森の哲学者』って言われているのを何かで読んだ」


「じゃあ羽は手裏剣になるのか」


「そんな攻撃機能は無いから」


「じゃあ、何で攻撃するんだよ」


「猛禽類は握力が凄いのよ。獲物を捕まえた時、足で掴んだ首の骨を折って無力化させたりするとか」


「首の骨を折る、か。……いくら雫でもそんなことはしないのに」


「次に私を比較対象にするなら同じ目に遭わせるけど」


「やっぱりするのか!」


 何故か雫に怒られたが、それはさておき鳥たちに別れを告げて次のスペースに行く。

 すると。


『間もなく、閉園の時間となります』


 園内にアナウンスが入る。

 雫が腕時計を見ると、十七時前になっていた。

 そうか、そろそろ終わりか。


「大志、早く出るよ」


「待て、せめてタカと握手してから」


「そんなサービスしてないし、潰れるから」


 雫に耳を引っ張られて、渋々と従う。

 動物園の出入り口まで向かいながら、今日一日を思い返していた。


「結構楽しかったな。雫は?」


「楽しかった」


「そっか。じゃあ、次は水族館に行こうぜ」


「梓さんと行くんじゃないの?」


「あれ、そんな約束してたっけ」


「最低」


「じゃあ、水族館は梓ちゃんと行くか」


「私とは、別の場所ね」


「どんなところ?」


「遊園地、アスレチックのある自然公園、たまにはゲームセンターとか色々」


 おお、聞くと行ける場所はまだまだ沢山ありそうだ。

 その度にパンが食えるかもしれない。

 ていうか、もう家でパン作って貰う方がいいかもしれん。


 雫と俺でひたすら今日の動物について語っていると、出入り口に辿り着いた。

 そこで、見覚えのある顔を見つける。


「あ、大志くん」


「あれ、花ちゃん。二年振りだな、元気してた?」


「途中で会ったよ」


 あれ、久し振りの再会だと思ったがどうやら既に園内で会っていたらしい。

 俺の記憶力にも問題があるのかもしれん。最近は何かと雫の不興を買って殴られる事が多いからな。

 猛禽類のスペースでの雫の口振りから察するに、俺はいつもタカとかフクロウみたいな尋常じゃない握力を発揮できる力で躾けられているみたいだし。

脳に外因的な異常があってもおかしくない。


「大志くん、せっかく会えたけど今日は何も出来なかったし……今度遊びに行かない?」


「いや、雫と色んな所に行く予定だから無理だ!」


「……………そう。二人きりで?」


 目を細めて、花ちゃんが尋ねてくる。


「そうしないとパンの取り分が減るからさ」


「基本的に大志の面倒を見ないといけないから、基本二人きりの方が助かるの」


「そうらしい! 何でか知らんけど!」


 そういえば趣味だったか。

 俺の世話なんて趣味を公然と口にして良いものかと思ったが、まあ帰ったらパンが食えるから何でも良い。

 パンの為に外聞も捨てた!

 悪いのは雫だから俺に問題なし。


「……そっか」


 花ちゃんは依然として雫に笑顔で――目が笑ってないって、ああいうのだよな確か。


「じゃあ、夜柳さん。同級生の誼で良かったら連絡先交換しない?」


「……そういうことね」


「どういうこと?」


「大志には難しい話」


 本当に扱いが幼い子供だ。


「良いわ、仲良くしましょう。……瀬良さん?」


「はい、こちらこそ!」


 仲良く連絡先を交換する二人を見ていると、いつの間にか後ろから花ちゃんの隣にいた男が話しかけてくる。


「キミが小野大志くんだよね」


「そうらしいです」


「記憶喪失キャラみたいな反応だな。…………これから大変だろうけど頑張れ。あと夜柳さんの連絡先頂戴」


「いいですよ」


 取り敢えずお兄ちゃんには俺の連絡先を渡しておいた。

 満足げな彼と、雫と連絡先交換を完了した二人が並んで帰っていく。二年振りだから名残惜しくもあるが、雫の嘘笑いがそろそろ限界を迎えそうだ。

 これ以上、花ちゃんたちの前で外面を装う事になればかなりの疲労で雫が倒れてしまう。


「雫、お疲れ様」


「本当にね。アンタの周りって、厄介な事ばかり」


「そうか?」


「それじゃ、大志」


「ん?」


 雫が体の正面をこちらに向けて、両腕を大きく広げた。

 何だ、この構えは。

 まさか、高い高いして欲しいのだろうか。



「ハグ……もう一回。今度は気絶しないから」



 少し顔を赤らめて雫がハグを催促する。

 意外なリクエストに俺は面食らいつつも、今日は珍しく可愛らしい幼馴染の要望に応えるべく全力で抱きしめた。

 数秒後には痛いと言って雫から渾身のリバーブローを食らうとは思いもせずに。

 やっぱり、雫は猛禽類だったか。

 

 そして後日、花ちゃんのお兄ちゃんから「夜柳さんの連絡先は!?」とのお怒りのメールが来たので、謝罪のメールと共に改めて憲武の連絡先を教えておいた。

 仲良くなれるといいね。





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