情緒って何??/許さないから
確かに外見の印象はガラリと変わった。
驚きはするが、美少女好きの憲武ほど過剰に反応することはない。
ただ若干の戸惑いはある。
瀬良花実こと花ちゃんは、進学と共に超瀬町から出てしまって以来、俺も連絡を取っていなかった。
そういえば卒業まで会話自体も減ったな。
むしろ避けられていた気がする。
告白されて、それを断って。
時期としてはその辺りだと見当は付いているが、一体何が原因であるかまでは分からない。
それにしても、隣町だというのに知り合いに二連続遭遇するとはな。
「花ちゃんは何で動物園に?」
「お兄ちゃんと一緒に来てるの」
「そういえば、花ちゃんは姉さんいるって言ってたもんな」
「お兄ちゃんね」
あれ、姉妹仲が大変よろしいと聞いていたんだが。
俺の聞き間違いだろうか。
まあ、夜中寝てる時に雫の声が聞こえたり、空耳で授業中の先生の言葉が寝ている俺を柔らかく注意する内容だったりと誤解する事が多い。
きっとそんな感じかもしれない。
「大志くんは、デート?」
「え?ああ、ちが――」
「久し振りね、瀬良さん。まあ、そんなところよ」
否定する前に雫が肯定してしまった。
まあ、前に雫が言っていたデートの予行練習?とかいうやつだろう。いつの間にそんなのを兼ねていたのかと驚かされるが、これから意識してやるか。
ぽけーっとしていた俺へと、憲武が体当たりするように肩を組んできておげぇっ!って声が出る。
「誰だよ、あの美少女!」
「知り合いの美少女」
「教えろよ!」
「瀬良花美って女の子で、俺の中学の時の同級生だった女の子。卒業前まで仲良くしてた女の子なんだけど、高校になって超瀬町の隣に行っちゃった女の子で、さっき会ったのが久しぶりなおばあちゃん」
「何度も言わんでも女の子なのは見て分かる。てか何で最後で老けた」
本当に懐かしいと思う。
かれこれ二年くらいは会っていない事になる。
卒業式でも遠目から姿を見たくらいだから、厳密にはそれ以上の空白を経た会話のように感じる。
それにしても可愛い服装だな。
お、肩が出ている。
うむ…………雫の肩の方が好みだな。
ちら、と雫の方を見る。
「雫」
「なに?」
「肩出して」
「何喋っても無駄な事しか言わないんだから口閉じてれば?」
「あはは! それじゃまるで俺がずっと下らないこと言ってるみたいじゃん!」
何故か本気で睨まれた。
俺は意外と楽しいんだが、雫にとっては無駄口だったらしい。少し悲しいが仕方ない、雫の言う通り口を閉じてよう。
「相変わらず仲が良いんだね、二人とも」
「腐れ縁だから」
「え、汚い」
「そういう意味じゃないから」
俺と雫を微笑ましげに見ていた花ちゃんの後ろから、一人の男性が近づいて来ていた。
おお、憲武以外に何度目か見るイケメンだ。
ファッション誌の表紙を飾っていそうな外見に気圧されて、俺は思わず欠伸してしまう。
「花実、どこに行ってたんだよ。お前が来たいって言ったんだろ」
「中学の同級生に会ってさ、ほら」
恐らく会話の流れから花ちゃんの姉さんと思われる男が俺たちの方を見て――さっとその場に跪いて雫の片手を取る。
「結婚して下さい」
「お断りしますね」
男からのプロポーズを雫が即答で断った。
本物のプロポーズって初めて見た。
「良いのか? 超絶イケメンだぞ、雫」
「不倫はしたくないから」
「不倫?」
「それじゃあ、私たちはこれで」
雫が俺の首根っこを掴んで引きずる。
よくわからないが、旧交を温める時間は終わってしまったらしい。
俺は遠くなる三人に手を振った。
「久し振りの花ちゃんなのに」
「告白断った相手に気まずくならないの?」
「え? 気まずくなるの、この状況?」
「………そうね。アンタにまともな情緒を求めてる私たちが愚かかもね」
何か物凄く褒められた気がする。
※ ※ ※ ※
去っていく仲良いんだか悪いんだが判然としない二人組を見送り、少女は微笑んでいた。
告白以来、交流自体を断っていた相手にも気後れせずに話しかける大志の姿は思い出の中の彼から全く変わっていなかった。
配慮を欠いた言動と度胸。
それでも不思議と好感を持ってしまう。
大志のそれは、常に親しみがこもっていた。
「相変わらずだなぁ、大志くん」
思わずこぼした独り言が甘い声であることを少女は自覚した。
中学三年の秋だった。
少女は大志に告白し、断られた。
その理由は。
『好きです、付き合って下さい!』
『ごめん、今ゲームで盛り上がってるから無理だ!』
『げ、ゲーム?』
『中間試験終わるまで雫に買うの禁じられてたゲームが漸く買えてさ。今宵それが解禁されたから集中したくて』
何とも身勝手である、正直ではあるが。
ゲームより優先順位が低いことに思わず泣きそうになるが、下手に取り繕われてズキズキと残る心の痛みを味わうよりも爽快だった。
いつだって正直で偽らない。
だからこそ、彼とは何の憂いもない関係になれると思って諦める事はできなかった。
――のだが。
翌日からも大志と関わろうとした少女を、『作られた環境』が許さなかった。
今まで話しかけて来なかったグループの女子やその他の男子が、自分たちを囲うようになる。自然な流れで趣味が合うことも判明し、遊ぶ機会も増えた。
消極的だった少女は、一気にがらりと変わった世界に驚きながらも受け入れ、頑張って慣れようとした。
その一方で大志とは話す機会が減るばかり。
そこで、ふと考える。
決定的な切欠は無かった。
どうして、自分と関わりないグループからの接触があったのか。それもお誂え向きに同じ趣味を抱えた相手でもある。
彼らとは趣味の話をした事も無い。
どうして――。
「大志、テスト結果見せなさい」
凛とした立ち居姿の夜柳雫が目に留まる。
そういえば――幼馴染であることは周知されているが、最近まで彼女は大志と校内で目立った交流はしていない。
クラスが違うのもあるし、必要以上は接触していなかった。
いつからだ、彼女がよく大志と話すようになったのは――。
――私が、告白した後……………?
少女の中で疑念の蟠った胸の内が騒めく。
それから自分なりに調べた。
最近交流の増えたグループの友だちに何故自分に話しかけたのか、と。
そうすれば、人伝に少女が同じ趣味の持ち主であると聞いたという。
では、次にそのグループに少女のことを教えた相手に問う。――また理由は人伝。
その情報源を探って、また問う。――人伝。
辿っていく内、最終的にまた同じグループに行き着いた。
――おかしい。
延々とループする情報源。
誰に聞いても彼に聞いた、彼女に聞いたと言って完結しない。
まさか。
まさか。
まさか。
「大志、一緒に帰るよ」
「帰りスーパー寄るけど、大志は何か食べたい物ある?」
「ほら、寝てないで次の問題を解く」
あの人なの?
結局、少女は大志に卒業まで近付けなかった。
大志が隣町の高校を受験し、合格したという情報で少女も同じようにした。
今は機会が無くとも、いずれはきっと。
そう信じて――卒業後に驚かされる事になる。
中学時代の同級生に聞けば、超瀬町の男子校に大志がいるという。
校内で彼と関わりある人間は皆がそう聞いていたので、誰もが驚いていたらしい。
ここでも、情報がまた変化している。
少女は、漸くこの不自然さの正体を確信した。
「夜柳さん、許さないから」
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