俺はやるぞーー!!/羨ましい



 結局、アニメは不可能となったので洋画を観る事になった。

 雲雀としては、映画もまた最近は触れていない娯楽の類らしいので、興味津々で見入っている。俺は左足首から伝わる快感に酔いしれていて内容は覚えていないが。

 それより紅茶ではなくてコーヒーが欲しい。


「あのシーン中々良かった」


「どの辺り?」


「ヨハンがあそこで犯行の証拠隠滅やってたって最後で種明かししてたじゃん?今見返したらバリやってたよね…………流れが自然過ぎて違和感無かった」


「私は後半の刑事ジョバンニがヨハンに家族と事件解決を迫られた瞬間の感情の描写が良かったけど」


「あそこもパないよね」


 雫と雲雀は随分と仲良くなったようだ。

 俺抜きで会話がとても成立している。態度は素面とも言い難いが、雫もあまり警戒していないようだ。

 うん、というか内容を覚えてないから会話に付いていけない。今日の献立の話かな?


「大志はどの辺がよかった?」


「俺?」


 そうだなぁ。

 取り敢えず適当に答えておくか。


「序盤の怪獣には驚いたな」


「予告じゃん」


「中盤辺りは足首の痛みのピークだったな」


「え、まさか痛くて見れなかった感じ?」


「今は痛くないぞ。雫がちゃんと処置してくれたし、雲雀が映画を楽しんでくれてるからな。今は足首が気持ちいい」


「いや、それニューワールドの扉を開いちゃっただけだから」


「大志、明日は病院に行こうか」


 やはり病院に行かないと駄目な損傷か。

 でも、俺は病院が嫌いだ。

 何故なら昔、俺はあの病院の滑りやすい床のせいで転んで骨折したことがある。怪我のケアをする為の場所で負傷するなんて事態が容易く発生する魔境なのだ。

 あれ以来、病院が怖くて仕方がない。

 入院とかは特に嫌だ。


「雫、病院に行かなきゃ駄目?」


「でも、痛いんでしょう?」


「……明日風邪引くかもしれないから、病院には行けないかも」


「なおさら連れて行くわ」


 なぜだ、風邪になったら病院はアウトだろ。

 体調の悪い人間を病院に連れて行くなんて、それこそ危険じゃないのか!?


「アンタ、玄関先で転んでそれって……もう家から出ない方が良いんじゃね?」


「そんな事したら雫としか会えないじゃん」


 そう言うと、雫に足首の包帯をキツめに縛り直された。

 思案顔で俺を見つめる雲雀だが、相変わらず雫は無表情。果たして本当に俺を心配してくれているのだろうか……………はっ!

 まさか。

 まさか。

 まさか。

 楽しい時間に水を差したから怒っているのではないだろうか。

 雲雀という友達と談笑していたのに、俺への対応で時間が奪われている。

 

 なるほど、察しの良い幼馴染で良かったな雫。

 これが普通の幼馴染だったら幼馴染だったぞ。


「雫、俺のことはいい。次は何する?」


「時間的にはちょうど十八時半………」


「実河さん、お風呂入る?」


「そこまで世話になって良いの?アタシ、これでもかなり充分に楽しかったケド」


「良いのよ。普段から大志と一緒だから、映画をこうして他の人と楽しむなんて初めてだったし」


「でも、夜柳って友達何人もいるじゃん」


「そうかもしれないけれど、校外での交流は無いの」


 その一言に俺は愕然とした。

 そうか、俺の世話でそんなに時間を取られているから友だちと放課後を楽しめていないのか。

 青春時代を、雫は俺に費やしている。

 これは――いけない。

 マジで改善を要する。


 この『俺の自立』という目標は最早、俺個人の成長のみでは収まらない。雫の解放と輝かしい未来という物まで懸かっている!!


 変わらなければ。

 俺はそう決意した――まずは体を鍛え、勉強し、家事も自分でやりくりできるようにせねば。



「雫、俺が風呂掃除してくる!」


「急にどうしたの? それに、その怪我した状態じゃ」


「雫は座ってろ、俺が絶対にやる!」


「……………」


 俺は片足跳びで風呂場まで向かった。

 使命感で今は心身が燃え上がっている、痛みも快楽も気にしない。

 やるぞ、俺はやるぞ――――――――!









 ※  ※  ※  ※







 風呂場へと急ぐ大志の背中を見送り、私――夜柳雫はその胸中を見透かして嘆息する。

 恐らく勘違いしたのだろう。

 私が大志によって生活を束縛されていると。


 でも、それは大いに誤解している。


 私は好んで彼に費やしているのだ。

 むしろ、それ以外が煩わしい。

 確かに映画を楽しみ、他人と共有しているが――そんな物は醍醐味ではない。


 私はいつも、キラキラした目でテレビを見る大志の横顔や、途中で寝てしまった時に見せる無防備さが楽しみなのだ。

 実河雲雀はあまり有害で無いとしても、この女の為に大志が動くこと自体が不快で堪らなかった。


「夜柳はいい幼馴染を持ったね」


「え?」


「確かに危なっかしいし、たまに日本語って知ってる?ってレベルで会話が通じてない時があるけど根はいいヤツだって分かる」


「……………」


「あと可愛いじゃん」


「は?」


 いけない、思わず低い声が出た。


「だって、アタシと夜柳が映画感想会してる時なんか寂しそうな顔でアタシの方を見てたよ。幼馴染を取られてちょっとジェラってたんじゃない?」


「……………!?」


 寂し、そうな顔…………?

 み、見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい!!

 見たかった、見たかった!


 この女、大志のそんな表情を独占していたのか。

 敢えて普段からの遊び相手である幼馴染を自身に注意させるという敵ポジションを選択する事で、私の意識の隙を作って大志の貴重なリアクションを盗み見るなんて。

 意図していないのだとしても、羨ましい。


 この女…………まさか私より上手?

 やはり、油断ならない。


「実河さん」


「なに?」


「これからも大志と遊んであげてね」


「ウケるくらい声と台詞が合ってないんだど」






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