目を離さないでね!




「両親もいないから、ゆっくり寛いで」


 つまり、今日は自由に使えるのか。

 俺がいつも遊びに行くと嫌な顔をされるが、雫の前ではニコニコしている良い両親だ。会えないのは少し寂しく思う。

 雫に案内されてリビングに来た雲雀が絶句する。

 その視線は、壁にびっしりと飾られた雫の写真だ。

 まあ、どれも嘘笑いばかりだが。

 俺が写っているのもあるのだが、雫以外の人間は全て顔の部分は黒塗りにされている。


 俺も最初に見た時は驚いた。

 雫はここまで愛されているんだな、と。


 もうこの家の風物詩みたいな物だからあまり気にする事は少ないが、度々気にかけて見ると写真が増えている。

 子想いの良い親だ。


「雲雀さん、何か飲む?」


「え、お構いなく」


「じゃあ、大志にいつも出してる紅茶で良い?」


「うっス」


 俺はいつも夜柳家で紅茶を頂いている。

 雫が淹れるそれは、とても美味しいのだ。甘い物が好きではない俺が太鼓判を押すほどに味が良い。


「雫。じゃあ今日は俺コーヒーで!」


「大志、紅茶に砂糖は幾つ?」


「三つ!」


 キッチンにいる雫と会話した雲雀は、そわそわとしていつまでも座る様子が無い。

 リビングの床に寝転がっている俺くらいに寛いでも良いんだが。

 ゲーム機を既に用意して準備万端の俺が隣を叩いて誘うと、その位置に紅茶を運んで来た雫が座った。いや、雫じゃなくて雲雀を呼んだのだが座る位置くらいでどうこう言うものじゃないな。


 雲雀が遠慮がちに雫の反対側――また俺の隣に腰を下ろす。


「あ、あのさ」


「ん?」


「何か近くない?」


 雲雀が質問したのは、恐らく俺と雫の距離だろう。

 隣というより、やや後ろから俺の背中に半身だけ預けて肩に顎を乗せた体勢だ。確かにいつもより近いが、ゲーム中に仲間外れにされないようゲーム画面を覗く工夫だろう。

 背中に柔らかい物が当たっているが、これは何だろう。クッション………にしてはしっとりとした感触、上着の下に何か隠しているな。


「雫、俺の背中に何か乗ってる?」


「何かしらね」


「もしかして俺の背中に何か入ってる? 悪いけどこれから手が離せないから代わりに取ってくれ」


「……………」


 さて、気を取り直して。

 俺は雲雀とのゲームを開始した。

 じっ、と背後から感じる視線を受けてから背中にぴりぴりする物を感じる。痒いな、え、本当に俺と雫の間で何が挟まっているんだろうか。


 暫く二人でゲームをしていると、雫が耳に息を吹きかけてきた。

 ふ、だが残念。

 この前の耳朶を潰されかけた痛みがまだ引いていないので、左耳は未だに感覚が戻っておらず、あまり吐息を感じなかった。


「それ、どういうゲームなの?」


「基本的に個人プレーのRPGだけど、オンラインモードにすれば他人とも遊べるぞ」


「ふうん」


「夜柳はゲームとかしないの?」


 おもむろに雲雀が雫に対して質問する。


「雫はゲーム嫌いだから、オンラインとか尚更嫌だもんな。でも対戦形式のヤツだと基本操作を教えたらムチャクチャ強くて勝てなくなるぞ」


「大志としかしたこと無いから、客観的に自分が強いかも分からないけれど」


 俺は雫と対戦して勝てた例がない。

 知識が少ない故に自身の実力を客観的に評価できないと言うが、同じ対戦ゲームを何回も友達の家でやっている俺からすれば、少なくとも強いと断言できる。

 ノーダメージで完封された時、俺は悲しくなって三分間だけ口を利かないなんて拗ね方をしてしまった。

 勿論、その後も雫は手加減なんてしてくれなかったが。


「雫って何でゲーム嫌いなんだ?」


「………正直、ゲームで操作できるキャラが私よりも出来ること少なかったり、私が敵だったなら相手を滅ぼせるのにそれを十分に発揮しないキャラの力不足とかを考えるとイライラする」


「ちょいちょいちょい待ち。ゲームキャラ以上のスペックって何。言ってる事が怖すぎ」


 完璧超人なのも難儀だな。

 俺がやる物によってはファンタジー物もあって、魔法を使う人間もいるけど雫なら簡単に倒せるかもしれない。

 魔法のある世界線に雫が存在していたら、もう雫がラスボスだよ。


「雲雀は?」


「アタシ? …………生活が厳しいと、やっぱり何処か現実とは違う場所に解放感を求めちゃうじゃん。だからゲームとか好きなんだよね、ジャンルを問わず」


「コスプレとか?」


「いや、ゲームっつったでしょ」


「じゃあ、雲雀はアニメとか好きか?」


「あー、あんま見た事無いかな」


 そうか。

 確かに、雲雀のアパートにテレビは無かった。

 バイトを掛け持ちして忙しい雲雀がテレビという娯楽に興じる暇が無いのも当然か。 

 そう考えると、雲雀にはアニメという娯楽をめちゃめちゃ教えたい。


「じゃあ、今俺の家から持ってきて観る?」


「…………血湧き肉躍るタイプのチョイスで」


 血湧き肉躍るって事は、臓物が飛び出たり血飛沫のシーン多めの奴って事かな。

 割と濃い目のダークファンタジーをご所望、と。

 雲雀のリクエストに応える前に雫へと許可を取る。


「雫、テレビって使って良い?」


「好きにして」


「雫はどんなの観たい?」


「別に何も」


「そっか」


 俺は一旦自宅へ戻ろうと腰を上げた。

 さて、雲雀の期待にしかと応えてやろうじゃないか!


 雫と雲雀は問題なく仲が良さそうだ。

 振り返れば、二人で何やら話している。雲雀の顔がやや引き攣っているように見えるのは気のせいだな。

 俺と違って女子同士だから話しやすい事もあるだろう。

 俺も女子に生まれてたら、もっと雫と仲良くなれてたかもしれない。


 あれ、今もしかして俺が仲間外れにされてる?


 俺は玄関まで小走りで向かい、玄関の扉を開けて敷地を出る。

 ――と。


「いたっ」


 道に出た途端に誰かと激突した。

 相手が尻餅を突き、俺は後ろに弾ける。勢い余って再び敷地の中へと転がり戻った。

 相手を見ると、女の子である。

 小柄なのに、あちらは少し蹈鞴を踏んだだけで、ぶつかって俺の方が弾かれるとは…………。


「だ、大丈夫ですか!?」


「男のプライドが傷ついた」


「え?」


「いや、何でもない。あっちの話だ」


「あっち? こっちではなく??」


 何やら混乱している女の子に、俺は笑顔で対応した。

 相手に怪我をさせたのではないかと憂慮している彼女がこれ以上の心配をしないようにしなくてはならない。

 俺は立ち上がろうとして、ずきりと右足首が痛んで思わず倒れる。


「ちょ、ちょっと!?」


「ごめん。足挫いたみたいで歩けそうにない」


 このままでは雲雀とアニメを視聴する予定に支障が出てしまう。

 痛む足は冷やさなくてはいけないが、それよりも優先したい。


「どどど、どうすれば」


「すまないけど、家まで肩を貸してくれないか?」


「は、はい! ……あれ、でもここから出てきたような」


「俺のは隣の家なんだ」


「すぐそこ!? じゃあ、ここには…………」


「友達がいる」


 女の子が慌ててインターホンを押す。

 何て事をするんだ、それではあの二人まで来て心配する人間が余計に増えるではないか。

 それを何としても避けたかったが、時既に遅く後ろの玄関扉が開いて雫が現れる。


「え?」


 雫は俺と女の子を見て一瞬だけ固まったが、足首を押さえている俺の傍へとすぐ駆け寄って来る。


「どうしたの? やられたの?」


「転んで足首を傷めた。彼女は動けない俺を心配して家にいる雫をインターホンで呼んだだけだ」


「………そう。大志、立てる?」


「歩けそうにない」


「分かった」


 雫が一呼吸だけ矯めて、両腕で俺を横に抱き上げる。

 さっきの女の子との衝突結果といい、この状態といい、俺の体って羽のように軽いのかもしれない。足が治ったら空を飛ぶ練習でもしようか。

 雫はそのまま家に戻る前に、インターホンを押した女の子に振り向く。


「すみません、彼がご迷惑をおかけしました」


「い、いえ」


「後の事はこちらでやりますので。それでは失礼します」


 雫は言うや即座に玄関扉を閉めた。



「目を離した隙に、また別の女」



 その台詞の意味が分からず、彼女の腕の中で俺は小首を傾げるしかなかった。





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