仲間外れになんてしないぞ



 ある金曜日。

 二日前に週末の動物園が決定してしまった俺は、仕方無く予定を早めることを余儀無くされた。

 学校から帰宅するなり、自室でゲーム機をカバンに入れて私服に着替える。スマホのメッセージアプリの通知を見ると、あの金髪女子――と俺が呼称する少女から連絡が入っていた。


『今日はバイト休みだから夜フリー』


『今から遊びに行っておk?』


『途中で銭湯行くけど』


『なら俺も付き合うわ』


『アパート待機中…………』


『至急現場へ向かいます』


 よし。

 金髪女子が今日は休日フリーで助かった。

 これで週末に予定していたゲーム交流会の埋め合わせができる。この前会ったばかりとはいえ、女子とゲームで遊ぶのは雫以外に初めてだ。

 この貴重な機会を逃したくはない。

 何たってカノジョ第二候補!


 カバンの中身にタオルと着替えを追加した。

 あのアパートは狭いので荷物は最小限にしつつ、行きの途中で土産でも買っていこう。あと前回は味噌カップ麺を置いたから、今度は秘蔵の塩豚骨にしてやる。

 雫に処分されそうになったのを俺が死守した虎の子だ。


 俺は準備が完了し、立ち上がって部屋を早速出る。



「何処に行くの」



 部屋の前にエネミーが出現した。

 違った、雫だった。

 俺が開けるより先に扉を開いて、出口を塞ぐように立っている。


「友だちの家に遊びに行くんだよ」


「男? 女?」


「女子。ホラ、あの夜に世話になった女の子だよ。あの子もゲームやってるからさ、夜まで一緒に――」


 めき。

 何かドアノブからすごい音がした。


「ゲーム……私といつもやってる?」


「それとは違うソフトだ」


「……晩御飯は?」


「その友だちの家で飯を――……あ」


 俺は思わず舌が固まる。

 飯も用意して貰って、夜もゲーム三昧で女子と遊び呆ける。

 字面としては至福でしかない。

 でも、俺はふと思い至った。

 目元のが消えない多忙な生活を送っているという金髪女子の体力的には厳しいかもしれない。

 狭い住居等の生活からも察せる通り、主に金銭面で追われている。

 ゲームソフトも、艱難辛苦を超えてやっと買えた数少ない私物と本人が語っていた。

 そんな生活だから、忙しくて碌に人付き合いも出来ず、友だちも作れなくて苦労してるとか。

 そんな彼女の家でまた飯を馳走になるのは気が引ける。

 俺だけ得するのはなぁ。

 相手に気持ちよく遊んで貰うなら、逆に俺がもてなす側になるとか。


「あのさ、雫」


「何?」


「これから遊ぶ子がさ、狭いアパートに住んでるんだよ。バイト尽くしで苦労してるっぽいんだけど、その家で遊ぶだけで飯も世話になるってどんな感じ?」


「至極迷惑」


「そっか」


 雫の物言いは直截で分かりやすい。

 俺が明らかに遊びで得る快感以上の負担を持ち込んでいるのだ。

 俺が相手側なら遊びたいとは言い難い。

 差し入れを更にグレードアップするか。

 或いは奇を衒ってグレードダウンかな。塩豚骨の格落ち……って何?


「雫ちゃん」


「ムカつくからその呼び方やめて」


「その子を家に呼んで、何なら俺らと一緒に晩飯を食べてもいい? ついでに風呂も貸したら、銭湯代も浮いてウハウハだと思うんだ」


 メリットを提示すれば相手も心置きなく遊べるだろう。俺としては痛痒が一切無いので、お互いにハピハピだ。いやハピハピじゃなくてキンキン、じゃなくて何だっけ……ロボットの駆動音みたいな……あ、ウィンウィンだ。


「大志にしては知恵を回したけど、言い方を悪くすれば、相手が生活格差なんかを感じたりしないか不安。だけど……」


「けど?」


「……まあ、大志を見てたらそんな意図は無いって察するか。……はあ、アンタって普段はイラッとさせるくせにこういうのは敏感よね…………好き」


「雫? 何か言った?」


「別に。でも聞こえてたら始末してたわ」


「悪かったな、耳が悪くて。……何で嫌そうな顔してんの?」


「……だって」


 雫が珍しく表情を曇らせる。

 怒っているのではなく、困っている。

 滅多に見れない顔だから思わずニヤけてしまい、そのまま貴重な表情をじっと眺めていたら頬を抓られた。


「私と大志以外をこの家に呼ぶんでしょ?」


 何だろう、俺と雫以外がいると困る理由があるのだろうか。

 よく分からない。


「駄目か?」


 ここは必殺、『真剣に頼み込む』だ!


 必殺技発動後、雫は少し俯きがちになって悲しげに目を伏せる。

 あ、アレ?まさか本気でダメなのか?

 俺と雫以外を家に入れる事が、そんなに??



「どうしても?」



 雫がこちらを見る。

 顔の角度から上目遣いだった。


「おお、可愛い……じゃなくて勿論」


 俺も珍しく邪悪さの無い雫の愛らしい表情に困ってしまって声が上擦ってしまった。

 急にしおらしくなった雫を見ると、爪先がぴりぴりする。そんな顔をさせた自分への不快感と同時に、珍しく弱々しい彼女に嗜虐心を唆られるというか、色々と欲望が欲望を呼ぶ。


 俺はううん、と考え込む。

 俺の家が駄目なのか……………じゃあ。


「雫の家とか!」


「ぶっ殺すよ」


 あ、元に戻った。


「だって、ここは俺と雫だけの場所なんだろう? だったら、他に遊べて風呂と飯が解決できる所なんて」


「……私以外の女でしょ、遊び相手は」


 お、まさかこのリアクションは。


「女とかじゃなくて名前で呼んでやれよ。俺も別れた後に連絡先見て知ったけどさ……名前、何だったか」


「……………」


「安心しろ。もし寂しくなったら、雫も入れて一緒に遊んでやるからさ!」


 雫は暫く俺を視線だけで殺すかのような眼光の鋭さで睨んで来た後、力が抜けたように溜息をつく。

 それから。



「仲間外れにしたら怒るから」



 バン、と扉を強めに閉めて去っていった。

 どうやら了承してくれたらしい。

 ついでにドアノブが壊れたので、俺はこの後に部屋を出るだけで十五分かかった。





 追加の連絡を入れて、俺は金髪女子を迎えに行った。

 二人の家の中間距離にあるコンビニを待ち合わせ場所にしたので、取り敢えず向かう。

 雫は家で色々と準備があるらしい。最近は感情の起伏が激しくて、俺も彼女に由来する生傷が増えてきたな。

 思えば、雫に守られるようになってから体に出来る傷は彼女から受ける物だけになった。

 幼馴染って結構過激なんだよな、ラノベとかで見る可愛いヒロインより体に刺激的でゾクゾクする。


 コンビニが見えると、入口前に待機していた彼女の姿が目に入る。

 やはり制服にスカジャン姿だった。

 同い年だとは分かるのだが、落ち着きを払った立ち居姿は大人びた空気感がある。


「お、来たじゃん」


「オッス、お待たー」


 軽い挨拶を交わして合流する。


「面と向かっての自己紹介を忘れてたよな。アタシは実河さねかわ雲雀ひばりな」


「小野大志。大きい野って書いて、小さい志と書く」


「逆でしょ絶対」


 そうだったかもしれない。

 俺は金髪女子こと雲雀ひばりを連れて夜柳家へと向かう前にコンビニで雫に頼まれた菓子とジュースを買う。

 店内へと入り、二人でわいわい言いながらカゴに目的物を入れていく作業は、何だか愉しかった。

 ついでにリンゴジュース買っていこう。

 招いた雲雀に対する晩飯も、俺ではなく雫が作るんだし、せめてもの彼女への労いを用意しなくてはならない。


 昔、俺が一人でシチューに挑戦したら何故か焦げて黒くなってしまった事がある。

 それを見た雫が心底呆れた顔で。


『なに、カレーでも作ろうとしたわけ?』


 と、そんな事を言っていた。

 何処からどう見ても焦げたシチューだろうに。

 結局、その晩は雫が作り直してくれた白いカレーを食べた。それが凄く甘くて美味しかったのだが、わざわざ俺の為に一から作り直させて苦労をかけたのは今でも憶えている。

 雫には常々感謝を伝えないと駄目なのだ。


「でも、良いわけ?」


「何が?」


 思い出に浸っていた俺の意識を雲雀の声が呼び戻す。

 気付いたら頼まれた物が全てカゴに入っていた。


「アタシ、幼馴染の家で世話になるんでしょ」


「でも俺の家じゃ駄目だって言われたからな。提案したら了承してくれたぞ」


「何それ、意味不明イミフなんだけど」


 会計を済ませてコンビニを出る。

 無論、俺の自費で負担した。

 そのまま二人で改めて夜柳家へと向かう。


「幼馴染ってどんな人?」


「頭も良くて、スポーツ万能、超美人、あと………何年も俺の世話をしてくれてるくらいには根は優しいぞ、分かりにくいけど」


「え、マジで。VR過ぎない? そんな幼馴染がリアルで存在するの?」


「俺も最初は驚いたよ。そんな完璧な幼馴染いるわけないじゃんって…………でも話を聞いてる内に、俺の幼馴染じゃんってなった」


「そこまでお世話になってて他人事みたいに思えるところが余計に理解不能だわ」


 何故か雲雀にも呆れられてしまった。

 俺は確かに間が悪いとか建付けが悪いとか言われるが、別にそこまでアホではないと思う。

 少し何も考えずに行動してしまうだけだ。


「あ、ここだぞ」


 談笑している内に歩く道はすぐに終わり、夜柳家の前に辿り着く。

 やや緊張する雲雀の前で俺はインターホンを押し、雫が出迎えてくれるのを待った。

 連絡では既に準備は終わっているらしいが………。

 そわそわする俺たちが待つこと数秒、玄関の扉が開いて雫が現れた。



「いらっしゃい、ふたりとも」



 ラフな格好の雫が俺たちを迎える。

 よく見れば俺の名前が刺繍された学校指定のジャージを着ていた。

 なぜ俺の物に着替えたのだろうか。

 お世辞にもお洒落とは言えない。…………まあ、美人は何をしても美人らしいのが救いようがあるとは言える。

 何だかアイドルのオフショットを見ている気分だ。

 あと、フレームが色違いなだけの俺と同じ眼鏡をしている。多分、度は入っていない。


 その姿を見た瞬間、隣の雲雀が何故か目を見開いて固まった。


「どったの?」


「ぶ、ぶ…………VRじゃない!?」


「雫はVRじゃないぞ。だって殴られると普通に痛いし」


「え、待って。ツッコミ所が多すぎなんだけど…………え、幼馴染の服着るとか含め諸々存在がアウトじゃない? てか、超瀬の美姫じゃん」


 動揺する雲雀の前で、雫はにこやかに微笑む。


「こんにちは、この前の大志を助けてくれた人って貴女だったのね。――実河さん」


「ん?知り合い?」


 俺が尋ねると、実河が首肯する。

 確かに、よく見ればスカジャンの下に着ている制服は雫の学校が指定された物だ。

 質問する俺に、雫が代わりに答える。


「よく風紀委員と服装チェックで逸話を作っている人」


「逸話?」


「スカジャンで登校してるから、風紀委員からは良い目で見られないの。それでも堂々としてるから一部で有名になってる」


「スカジャンはカッコいいのに?」


「この前は大志がお世話になりました。彼の幼馴染の夜柳雫です、今日はゆっくりしていって下さい」


 俺を無視して雫が挨拶する。

 雲雀はようやく立ち直ったのか、ぎこちないながらも頭を下げた。


「えっ。あー、実河雲雀っス。よろしく」


「よろしく」


「小野大志だ、よろしくな雫」 


「はいはい」


 雫に促されて、俺たちは夜柳家へと入った。

 今日は楽しい一日になりそうだ!








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