第29話 贈り物
必要なものを買い揃え終わった日、カイはディートに会いに保安官の事務所に行った。ディートもオーガ退治以来何かと忙しく、会うのは久しぶりだ。
保安官は仕事で留守らしく、事務所にはディートが一人きりで留守番をしていた。
「よう」
「おう、カイ」
挨拶を交わす間に、ディートは「おっ」とカイの足元に目を留めた。
「カイ、靴を変えたのか?」
ディートはカイが履いていた真新しい革の編上靴を指差した。
カイは照れくさそうに、以前によくしていたようなうすら笑いを顔に浮かべながら答えた。
「ああ、前のは随分と履き古していたからな」
「新品とは、思い切ったな」
「まあな」
新しい革はどうしても目立つ。以前からのギエリのお下がりのものを履いてこようかとも思ったのだが、新品を少しでも足に馴染ませておきたくて、こちらにしたのだ。
「金は十分にあるからな。お前の父さんが言ってくれたとおりにすることにした」
「いいんじゃないか。似合っているぞ」
「そうか。ありがとう」
思いもかけず褒められて、カイは顔を少し赤くして頭を掻いた。ディートはその様子を笑顔で見守っていたが、「まあ座れよ」と椅子をすすめ、友が腰を落ち着けるのを待っておもむろに尋ねた。
「で、今日はどうした?」
「ちょっと、お前に言っておきたいことがあって」
さりげない風を装った、それでも改まったカイの物言いに、ディートも姿勢を正してまっすぐに向き合った。
「何だ?」
「実は俺は、いつか王都へ行けないか、と思ってるんだ」
「王都へ? 俺も一度は行ってみたいと思っているが、随分と遠いぞ。何をしに行くんだ?」
ディートの問いにカイは少し躊躇った後に、静かな声で答えた。
「母さんと父さんのことを知りたいんだ」
「……」
ディートは口を閉ざして続きを待った。うなずいて促すと、カイは自分の思いを語り始めた。
「その、あれだ。お前が教えてくれたように、母さんは魔法使いだったんだろう。俺も魔法を使えるようになって、それで、お前と一緒にあのオーガと闘っている最中に思ったんだ。母さんは、どんな魔物とどんなふうに戦ったのか、そのとき、何を考えていたんだろうか、って。それで、その、魔物にやられる前に、少しでも父さんや俺のことを思ってくれただろうか、ってな。それで、母さんのことをもっと、少しでもいいから知りたくなったんだ。父さんのこともな。王都へ行けば、二人のことを知っている人がいるんじゃないかと思う。その、軍の中にとか。どう思う?」
ディートは真面目な面持ちを崩さず、首を縦に強く振って答えた。
「そうか。お前の気持ちは何となくわかる。だが、仮に王都へ行ったとしても、王軍の誰がお前の親父さん、おふくろさんの知り合いなのか、わかるのか? わかったとして、それが王軍のお偉いさんとかだったら、その人に会えるかどうかもわからないんじゃないか?」
「それはわからない。だけど、ここにいたんじゃ、どうしようもないと思うんだ」
「それはそうだな」
「それに、魔法使いの修行をするにしても、ここにいて自分で練習するだけじゃあ、限界がある。いろんな魔法を使えるようになるためには、いろんなことを経験して、いろんなことを知らなければならないと思うんだ。現に、ほら」
カイはそう言うと、右手の先に小さな火を浮かべて見せた。
「火魔法じゃないか! 使えるようになったのか?」
ディートがその揺れる小さな炎を見て目を輝かせて尋ねると、カイは嬉しそうに答えた。
「ああ。あのオーガの火球には苦しめられて、それこそ心に焼きつけられちゃったからな。あれを思い出しながら試したら、できるようになった。まだ、こんな小さい火種が出せるだけだけどな」
そう言うとすぐに手を振って火を消した。
ディートは勢い込んで友の努力の成果を称賛した。
「カイ、凄いじゃないか! やったな!」
「ありがとう。これもお前のおかげだ。お前が一緒じゃなきゃ、全速力であいつから逃げようとしただろうからな」
カイが片目をつぶってみせると、ディートも「違いない」と応じ、二人は「あはは」と声を揃えて笑った。
笑い終わるとカイは真顔に戻った。
「だから、王都に出て母さんと父さんのことを調べる。それが終わったら、あちらこちらを旅して、色々なものを見て、経験して、学んで、魔法に活かせるようにする」
「なるほどな。そしていつかは国に名をとどろかせる大魔法使いになるわけだ」
「茶化すなよ」
「いや、本気だ。お前なら大丈夫だ。絶対にそうなれると俺は信じている」
「……ありがとう」
いつもどおりに大真面目な顔に戻って言葉を励ますディートに、カイは照れ臭そうにする。ディートは真顔のままで尋ねた。
「で、いつ行くんだ?」
「それは決めてない。……すぐにというわけでもないし。……まあ、そのうち、準備ができたらだ。それまでは、魔法の練習をしながら、今までどおり真面目に畑仕事をするよ」
短く強い問いに横を向き、視線を宙にさまよわせて考えながら一つ一つの言葉を確かめて答える。ディートはそんな友の顔を見つめながら短く応じた。
「そうか」
そして二度、三度とうなずく。カイは気恥ずかしそうに顔を赤らめて声の調子を明るく変えた。
「それと、もう一つあるんだ。これを受け取ってくれないか」
そう言って、カイは持ってきた長い布包みを差し出した。丁寧に巻かれていた布がほどかれるのを見てディートは驚いた。包みから出てきたのは、剣だった。
濃褐色の革張りの鞘から、棒状のガードを持った長めの柄が突き出ている。
「剣じゃないか。この剣を俺に?」
「ああ。これは父さんが持っていたものなんだ」
カイの言葉を聞いて、ディートは慌てて両方の掌を突き出した。
「それじゃあ、形見じゃないか。自分で大切に持っていないとだめだろう」
親友の家族の数少ないだろう思い出の品を受け取るわけには行かない。
だが、カイは「いや」と首を強く横に振って続けた。
「形見と言っても、俺が憶えているのは父さんがこれを見ながら酒を飲んでいたことだけだからな。いい思い出じゃない。それに、俺はこれからずっと魔法で生きていくつもりだ。剣を使うことはないからな。精々、例のナイフで十分だ。よかったら、お前が使ってくれないか。お前の剣、曲がって鞘に納まらなくなってただろ?」
「いや、あれはしばらく置いておいたら、曲がりが元に戻って納まるようになった。念のため鍛冶師に見てもらったが、問題なく使えるそうだ。
「そうか、よかったな。でも、やっぱり受け取ってくれよ。お前に持っていてもらいたいんだ。予備にしてくれても構わないから」
そう言って剣の鞘を持って横ざまに友に向かって突き出す。
ディートはどうすべきか迷ったが、カイの訴えるような濃銀色の瞳を見て心を決めた。
「……そうか。わかった。そこまで言ってくれるのなら、受け取ろう。大切にするよ」
「ああ、そうしてくれ」
差し出した剣をディートが受け取るとカイは嬉しそうに笑った。そして言った。
「用事はそれだけだ」
カイは椅子から立ち上がると別れを告げた。
「じゃあ、またな」
「おう」
歩きながらディートの返事に軽く手を振り返し、扉を開けて外に出る。
通りを数歩行ったところで立ち止まって事務所を振り返った。
「ディート、今までたくさんありがとうな。元気で、良い保安官になれよ」
そう声に出して言うと、心の中に描いたディートの姿に向かって右の拳を突き出した。親友が笑顔で拳を合わせてくれる感触を確かに感じる。
カイは淋しそうに笑うと歩き出した。何か熱いものが目からこぼれてしまわないように、上を、青い空を向いて、白い雲を見つめて。
もう、振り返ることはしなかった。
一方、ディートはカイが出て行った後に、しばらくの間、考えに沈んでいた。
そして、「別れはいつか来るもの、か」とつぶやきながら、カイに渡された剣を手に取った。
「軽いな」
鞘を持って上下に二、三度動かしながらまたつぶやく。カイから受け取ったときにも思ったことだ。
「少し細身なのかもしれないな」と言いながら慎重に丁寧に抜いてみた。
そして驚いた。
「これは……」
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